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勇者の君へ —— 魔王になった僕が君を救う物語——  作者: R.R.
第一章 勇者

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16/42

16、料理


放課後の鐘が鳴った。


夕暮れの校舎を、生徒たちが足早に駆けていく。


「――疲れた……」


廊下の端を歩くセシリアの足取りは重かった。


俯いたまま、一歩。


また一歩。


誰かとすれ違うたび、セシリアは小さく頭を下げる。


「……」


返ってくる視線から逃げるように、足を速めた。


やがて、見慣れた扉の前にたどり着く。


セシリアは一度だけ息を整えた。


そして、そっと扉を開ける。


「おかえり、セシリア」


聞き慣れた声がした。


「……シト」


調理室の中には、温かな湯気が漂っている。


コンロの前に立っていたシトが振り返った。


エプロン姿で、木べらを片手に持っている。


「遅かったね」


「……うん」


「今日はずいぶん静かだね」


「……そう?」


セシリアは靴を脱いだ。


そのまま椅子へ向かおうとして――


ふらり、と身体が揺れた。


「おっと」


シトがすぐに近づく。


「大丈夫?」


「……大丈夫」


「その台詞、今日は何回目?」


「……知らない」


セシリアは顔を逸らした。


シトは少しだけ眉を下げる。


そして、何も言わずにセシリアの頭へ手を置いた。


ぽん。


「……」


セシリアの肩が小さく跳ねる。


「よしよし」


「子供じゃないんだけど」


「知ってるよ」


「ならやめて」


「嫌?」


「……嫌とは言ってない」


シトの手が、もう一度セシリアの髪を撫でた。


セシリアは何も言わなかった。


ただ、俯いたまま動かなくなる。


「……今日も大変だった?」


「……うん」


「そっか」


それだけだった。


詳しく聞こうとはしない。


セシリアは唇を噛んだ。


「……シト」


「うん?」


「私……」


声が震える。


「……ごめん」


「何が?」


「……分からない」


セシリアの瞳から、一粒の涙が落ちた。


シトは驚いた様子もなく、その涙を指先で拭った。


「謝らなくていいよ」


「でも……」


「今日はもう、頑張ったんでしょ?」


「……」


「なら、それで十分」


セシリアは顔を上げた。


シトはいつものように笑っていた。


「……ずるい」


「何が?」


「そういうこと言うの」


「褒め言葉として受け取っておくね」


「褒めてない」


そう言いながら、セシリアの口元がほんの少し緩んだ。


シトはそれを見て、満足そうに頷く。


「よし。少し元気になった」


「なってない」


「じゃあ、これを食べればもっと元気になるよ」


シトが鍋の蓋を開ける。


ふわっ、と湯気が立ち上った。


「……いい匂い」


「今日はシチュー」


「シチュー?」


「それとパン」


テーブルには、焼きたてのパンと温かなシチューが並べられていた。


セシリアは椅子に座る。


「……私の好きなやつ?」


「そう」


「覚えてたの?」


「もちろん」


「……そっか」


セシリアはスプーンを手に取った。


すくったシチューを、恐る恐る口へ運ぶ。


「……」


ぱく。


数秒、無言。


「どう?」


セシリアはもう一口食べた。


「……美味しい」


「本当?」


「うん」


もう一口。


今度はさっきより大きい。


「……美味しい」


「二回言った」


「大事なことだから」


「そっか」


セシリアは黙々と食べ始めた。


スプーンが皿に当たる音だけが、静かな調理室に響く。


シトは向かいの席に座り、温かいお茶を一口飲んだ。


「ゆっくりでいいよ」


「……うん」


「誰も取らないから」


「分かってる」


「パンもあるよ」


「分かってるってば」


セシリアはパンを一つ取った。


「……これも美味しい」


「それ、焼いたばっかりだからね」


「シト」


「うん?」


「……ありがとう」


シトは少しだけ目を細めた。


「どういたしまして」


セシリアはシチューを食べる。


パンを食べる。


そして、またシチューを食べる。


さっきまで俯いていた顔は、いつの間にか少しだけ上を向いていた。


「……ねえ、シト」


「何?」


「明日も作ってくれる?」


「もちろん」


「……毎日?」


「毎日?」


「……駄目?」


「いいよ」


「本当?」


「その代わり」


シトが人差し指を立てる。


「ちゃんと食べに来ること」


「……分かった」


「約束ね」


「うん」


セシリアは小さく頷いた。


そして、残ったシチューを一口すくう。


「……明日も来る」


「待ってるよ」


窓の外では、夕日がゆっくりと沈んでいく。


今日一日、セシリアの周りにあった冷たいものは、今だけは扉の向こう側だった。


目の前にあるのは、温かな料理と。


それを作ってくれた少年だけ。


「……美味しい」


今度の声は、さっきより少しだけ明るかった。

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