15、旧友
魔導都市を、漆黒の夜が包んでいた。
月は厚い雲に隠れ、街灯の魔導ランプも、路地裏までは十分に照らしてくれない。
――タッ、タッ、タッ。
石畳を叩く足音が、静かな夜に響いていた。
「はぁ……っ、はぁ……!」
一人の男が、何度も後ろを振り返りながら走ってくる。
豪華だったはずの魔導服は泥にまみれ、袖は裂けていた。
額から流れた汗が頬を伝い、荒い息が止まらない。
「くそ……っ。なんで……なんで俺が……!」
男――レオンは、路地の角を曲がった。
そして。
「……っ!」
足を止めた。
路地の出口。
そこに、一人の少年が立っていた。
闇の中でも、その顔だけははっきりと見える。
「……シト」
レオンの唇が震えた。
シトは何も言わない。
ただ、静かにレオンを見つめている。
「シト……!」
レオンは駆け寄ると、その場に膝をついた。
「頼む! 助けてくれ!」
両手でシトの足に縋りつく。
「俺は何も悪くない! あいつらが勝手に追ってきたんだ! 俺はただ、生き残ろうとしただけで――」
「……」
「お前なら分かるだろ!?」
返事はない。
「俺たち、昔は一緒に戦ったじゃないか!」
レオンは必死に顔を上げた。
「あの訓練場を覚えてるだろ? 何日も寝ずに剣を振った。焚き火を囲んで、いつか一緒に大きな仕事をしようって話したじゃないか!」
シトの瞳は動かなかった。
「お前が敵に囲まれたとき、俺が助けたことだってある!」
「……そうだったね」
初めて、シトが口を開いた。
レオンの顔に、わずかな希望が浮かぶ。
「なら――!」
「だから?」
「……え?」
「だから、どうしたの?」
レオンの笑顔が固まった。
シトは一歩、近づいた。
「昔、一緒に戦った。それだけだよ」
「シト……」
「今の君を助ける理由にはならない」
レオンの顔から血の気が引いていく。
「……冷たいな」
震えていた声が、次第に低くなる。
「昔からそうだった。何を考えてるのか分からない。人間のくせに、人間らしいところがない……!」
レオンは立ち上がった。
「だったら――!」
腰の魔導剣を抜く。
「お前を殺して、俺だけでも生き残る!」
赤黒い魔力が、剣を包んだ。
レオンが踏み込む。
「死ねぇぇぇっ!」
剣が横薙ぎに振り抜かれた。
――しかし。
「なっ……!?」
そこに、シトはいなかった。
「どこだ!?」
背後。
振り返るより早く、腹部に衝撃が走った。
「ぐっ……!」
レオンの身体がくの字に折れる。
シトの拳が、みぞおちにめり込んでいた。
「が、はっ……!」
レオンが膝をつく。
シトは追撃しなかった。
ただ、右手をゆっくりと上げる。
空気が震えた。
「……何だ?」
レオンが顔を上げる。
シトの周囲に、無数の光が生まれていた。
魔力が形を作っていく
そして、数え切れないほどの魔力の刃が、夜空に浮かび上がる。
「ま、待て……」
レオンの声が震えた。
「その魔法は……」
魔力が刃へと変わる。
「物質変化……?」
レオンの瞳が見開かれた。
「馬鹿な……! 魔力の固定、ましてや実体化させるなんて……そんなことが――」
シトが指を弾いた。
――ヒュンッ!
無数の刃が、一斉に飛んだ。
「ぐぁっ――!」
レオンの身体が大きく弾かれる。
剣が石畳を転がった。
膝から力が抜け、そのまま地面へ倒れ込む。
「……シ、ト……」
レオンは震える手を伸ばした。
「俺たち……友達、だっただろ……」
シトは答えなかった。
ただ、倒れたレオンを見下ろす。
「……さようなら」
その一言だけを残した。
静寂が戻る。
石畳に倒れたレオンの身体から、淡い光が一つ、浮かび上がった。
魂の残滓。
数えきれない光が夜空へ昇る。
シトはそれを見届けると、ゆっくりと踵を返した。
レオンには、もう一度も振り返らない。
黒い影が路地の奥へ消えていく。
残されたのは、冷たい石畳と、誰もいなくなった夜だけだった。
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