14、世間
「……それで?」
重い声が、執務室に落ちた。
セシリアは顔を上げられなかった。
「魔王を討ち取るどころか、また取り逃がしたそうだな」
「…………はい」
返事は、かすれていた。
目の前には王国の高官たちが並んでいる。
誰も笑っていない。
誰も、彼女を見ようとはしない。
ただ、値踏みするような視線だけが向けられていた。
「勇者ともあろう者が、二度も魔王を取り逃がすとはな」
「申し訳、ありません……」
「謝罪など聞いていない」
ぴしゃりと言われ、セシリアの肩が跳ねた。
「我々が民衆に何と説明すればいい?」
「……」
「聖剣すら満足に扱えない。魔王を前にしても決定打を与えられない。それでもお前は、本当に勇者なのか?」
セシリアの指が、スカートを強く握った。
爪が掌に食い込む。
「……はい」
「何?」
「私は……勇者です」
ようやく顔を上げる。
けれど、声は震えていた。
「ならば、勇者としての責務を果たせ」
その一言で、また視線が床へ落ちる。
「民衆はお前を信じている」
「…………」
「いや」
高官は少し間を置いた。
「信じていた、が正しいかもしれんな」
胸の奥が、ずきりと痛んだ。
「最近、城下でも不満の声が増えている。『本当に魔王を倒せるのか』『勇者は大丈夫なのか』とな」
「……」
「期待されていることを忘れるな」
期待。
その言葉を聞くたび、息が苦しくなる。
「以上だ。下がれ」
「……失礼、します」
深く頭を下げる。
踵を返す。
扉を開ける。
閉じる。
その瞬間だった。
「……っ」
セシリアは、唇を噛んだ。
廊下を歩く。
誰もいない。
それなのに、背中へ視線が突き刺さっているような気がした。
城下町へ続く窓の外から、声が聞こえてくる。
「勇者様、また魔王に負けたらしいぞ」
「本当に勝てるのか?」
「まだ子供だろ? 無理なんじゃないか」
「でも、勇者なんだろ?」
足が止まった。
セシリアは窓の外を見る。
通りを歩く人々。
以前なら、彼女を見つけるだけで歓声が上がった。
『勇者様!』
『頑張ってください!』
『私たちを守ってください!』
そんな声が、今は聞こえない。
人々は彼女を見る。
けれど、目が合うとすぐに逸らす。
「…………」
セシリアは窓から離れた。
早く。
早くここから離れたい。
廊下の角を曲がる。
誰もいないことを確認する。
そして――
「……ぅ」
膝から力が抜けた。
壁に背中を預け、その場にしゃがみ込む。
「……なんで……」
両手で顔を覆う。
「なんで……」
声が震える。
涙が、指の隙間から落ちた。
「私だって……」
誰もいない廊下に、小さな声が響く。
「私だって……怖いよ……」
魔王と戦うのが怖い。
死ぬのが怖い。
聖剣を握っても何もできない自分が怖い。
それでも――。
「勇者だから……」
そう呟いた瞬間、涙がまた溢れた。
「勇者だからって……」
拳を握る。
「なんで……私じゃなきゃ駄目なの……」
返事はない。
石造りの廊下は、ただ静まり返っている。
セシリアは膝を抱えた。
誰かに見つかるのが怖くて、声を殺す。
「……ごめんなさい」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。
「ごめんなさい……」
何度も繰り返す。
けれど、涙は止まらない。
そのときだった。
遠くから、足音が聞こえた。
コツ。
コツ。
誰かがこちらへ歩いてくる。
「……っ」
セシリアは慌てて涙を拭った。
立ち上がろうとする。
けれど、足に力が入らない。
足音が近づいてくる。
セシリアは壁際へ身を寄せた。
そして――
ぎゅっと目を閉じた。
誰にも、今の自分を見られたくなかった。
変更後です




