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勇者の君へ —— 魔王になった僕が君を救う物語——  作者: R.R.
第一章 勇者

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14/42

14、世間


「……それで?」


 重い声が、執務室に落ちた。


 セシリアは顔を上げられなかった。


「魔王を討ち取るどころか、また取り逃がしたそうだな」


「…………はい」


 返事は、かすれていた。


 目の前には王国の高官たちが並んでいる。


 誰も笑っていない。


 誰も、彼女を見ようとはしない。


 ただ、値踏みするような視線だけが向けられていた。


「勇者ともあろう者が、二度も魔王を取り逃がすとはな」


「申し訳、ありません……」


「謝罪など聞いていない」


 ぴしゃりと言われ、セシリアの肩が跳ねた。


「我々が民衆に何と説明すればいい?」


「……」


「聖剣すら満足に扱えない。魔王を前にしても決定打を与えられない。それでもお前は、本当に勇者なのか?」


 セシリアの指が、スカートを強く握った。


 爪が掌に食い込む。


「……はい」


「何?」


「私は……勇者です」


 ようやく顔を上げる。


 けれど、声は震えていた。


「ならば、勇者としての責務を果たせ」


 その一言で、また視線が床へ落ちる。


「民衆はお前を信じている」


「…………」


「いや」


 高官は少し間を置いた。


「信じていた、が正しいかもしれんな」


 胸の奥が、ずきりと痛んだ。


「最近、城下でも不満の声が増えている。『本当に魔王を倒せるのか』『勇者は大丈夫なのか』とな」


「……」


「期待されていることを忘れるな」


 期待。


 その言葉を聞くたび、息が苦しくなる。


「以上だ。下がれ」


「……失礼、します」


 深く頭を下げる。


 踵を返す。


 扉を開ける。


 閉じる。


 その瞬間だった。


「……っ」


 セシリアは、唇を噛んだ。


 廊下を歩く。


 誰もいない。


 それなのに、背中へ視線が突き刺さっているような気がした。


 城下町へ続く窓の外から、声が聞こえてくる。


「勇者様、また魔王に負けたらしいぞ」


「本当に勝てるのか?」


「まだ子供だろ? 無理なんじゃないか」


「でも、勇者なんだろ?」


 足が止まった。


 セシリアは窓の外を見る。


 通りを歩く人々。


 以前なら、彼女を見つけるだけで歓声が上がった。


『勇者様!』


『頑張ってください!』


『私たちを守ってください!』


 そんな声が、今は聞こえない。


 人々は彼女を見る。


 けれど、目が合うとすぐに逸らす。


「…………」


 セシリアは窓から離れた。


 早く。


 早くここから離れたい。


 廊下の角を曲がる。


 誰もいないことを確認する。


 そして――


「……ぅ」


 膝から力が抜けた。


 壁に背中を預け、その場にしゃがみ込む。


「……なんで……」


 両手で顔を覆う。


「なんで……」


 声が震える。


 涙が、指の隙間から落ちた。


「私だって……」


 誰もいない廊下に、小さな声が響く。


「私だって……怖いよ……」


 魔王と戦うのが怖い。


 死ぬのが怖い。


 聖剣を握っても何もできない自分が怖い。


 それでも――。


「勇者だから……」


 そう呟いた瞬間、涙がまた溢れた。


「勇者だからって……」


 拳を握る。


「なんで……私じゃなきゃ駄目なの……」


 返事はない。


 石造りの廊下は、ただ静まり返っている。


 セシリアは膝を抱えた。


 誰かに見つかるのが怖くて、声を殺す。


「……ごめんなさい」


 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。


「ごめんなさい……」


 何度も繰り返す。


 けれど、涙は止まらない。


 そのときだった。


 遠くから、足音が聞こえた。


 コツ。


 コツ。


 誰かがこちらへ歩いてくる。


「……っ」


 セシリアは慌てて涙を拭った。


 立ち上がろうとする。


 けれど、足に力が入らない。


 足音が近づいてくる。


 セシリアは壁際へ身を寄せた。


 そして――


 ぎゅっと目を閉じた。


 誰にも、今の自分を見られたくなかった。

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