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勇者の君へ —— 魔王になった僕が君を救う物語——  作者: R.R.
第一章 勇者

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12/42

12、対面


 暗雲が月を覆い、北方の森は闇に沈んでいた。


 討伐軍の野営地では、いくつもの焚き火が揺れている。


 騎士たちは武器を手に周囲を警戒し、交代で夜の森を睨んでいた。


 その一角。


 セシリアは焚き火の前に座り、砥石を滑らせていた。


 ――ギィ……ギィ……。


 昼間の戦いで傷ついた剣を、黙々と研いでいく。


「……」


 刃を傾ける。


 炎が映り込んだ。


 セシリアの手が、ほんの少し止まる。


 昼間。


 聖剣を振るった瞬間に感じた、あの奇妙な感覚。


 光の粒が吸い込まれていった。


「……気のせい、よね」


 再び砥石を動かす。


「戦いの疲れで、変なことを考えてるだけ……」


 そのときだった。


 ――パキッ。


「っ!」


 小枝が折れる音。


 セシリアが顔を上げる。


「誰だ!」


 夜警の騎士が叫び、槍を構えた。


 森の奥。


 焚き火の届かない暗闇から、ひとつの影が歩いてくる。


 漆黒の外套。


 深く被ったフード。


 その姿が一歩、また一歩と近づくたび、周囲の騎士たちが後ずさった。


「な、なんだ……あれ……」


「魔族か?」


「違う……あの気配は……」


 セシリアが立ち上がる。


 腰の聖剣へ手を伸ばした。


 指先が柄に触れる。


「……まさか」


 聞いたことがある。


 たった一夜で要塞を落とした存在。


 魔王軍の兵士ですら、その名を口にすることを恐れる者。


 姿なき魔王。


 目の前の影が、足を止めた。


「退け」


 低い声だった。


 次の瞬間。


 地面が爆ぜた。


「ぐあっ!」


「うわぁっ!」


 無数の黒い槍が地面から突き出し、騎士たちを吹き飛ばす。


「みんな、下がって!」


 セシリアが飛び出した。


 聖剣を抜く。


 白銀の刀身が炎を反射し、闇の中で鋭く輝いた。


「私が相手よ!」


 踏み込む。


「あなたを……ここで討つ!」


 一閃。


 渾身の突きが魔王の胸元へ迫る。


 ――キンッ!


「……え?」


 魔王が指先を動かした。


 たった、それだけだった。


 セシリアの剣は弾かれ、身体が大きく流れる。


「嘘……!」


 姿が消えた。


「どこに――」


 背後。


 冷たい風が首筋を撫でた。


「っ!」


 振り向くより早く、衝撃が腹部を貫いた。


「か……はっ!」


 身体が宙に浮く。


 数メートル先まで吹き飛ばされ、地面を転がった。


「勇者様!」


「セシリア!」


 聖剣が手から離れる。


 土の上を滑り、彼女の手が届かない場所で止まった。


「う……」


 身体を起こそうとする。


 腕に力が入らない。


「まだ……」


 指を伸ばす。


 その前に、騎士たちが立ちはだかった。


「勇者様には近づけさせん!」


「全員で囲め!」


 数人の騎士が一斉に斬りかかる。


 だが――。


 魔王は動いた。


 一歩。


 それだけで剣をかわす。


 拳が一つ。


 騎士が倒れる。


 足が一つ。


 別の騎士が地面を転がった。


「なっ……!」


「速すぎる……!」


 剣は届かない。


 魔王の姿を捉えることすらできない。


 やがて、森に静寂が戻った。


「……みんな……」


 セシリアは泥に手をつき、身体を引きずった。


 目の前に落ちた聖剣。


 震える指先が柄に触れる。


「まだ……私は……」


 立たなければ。


 勇者なのだから。


 そう思って身体を起こした瞬間――。


 黒い靴が、目の前で止まった。


「……っ」


 見上げる。


 フードの奥にある顔は見えない。


 ただ、黒い影だけが彼女を見下ろしていた。


「それが、王国の救世主か」


「……」


「随分と無力だな」


 セシリアの指が、聖剣の柄を強く握る。


「私は……まだ……」


「そんな剣で、誰を救う?」


「……っ」


 返す言葉が出てこない。


 魔王はそれ以上、何も言わなかった。


 踵を返す。


「待って……!」


 セシリアが手を伸ばす。


「待ちなさい……!」


 立ち上がろうとする。


 膝が崩れた。


「くっ……!」


 それでも聖剣を杖代わりにして、身体を起こそうとする。


「私、は……」


 魔王の背中が遠ざかっていく。


「……勇者、だから……」


 返事はない。


 黒い外套が木々の向こうへ消える。


 セシリアは聖剣を握ったまま、その場に崩れ落ちた。


 消えかけた焚き火が、ぱちりと音を立てる。


 誰も動かなかった。


 誰も、何も言えなかった。


 ただ一人。


 森の奥へ消えていった魔王だけが、最初から最後まで、一度も振り返らなかった。

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