11、鼓動
王都の巨大な門が、ゆっくりと開いた。
先頭を進むのは、一人の少女。
純白の軍服に身を包んだセシリアは、馬上から北の街道を見つめていた。
腰には聖剣。
けれど、その刀身はまだ眠ったままだ。
「……静かですね」
セシリアが呟く。
返事はない。
聞こえるのは、馬の蹄が石畳を叩く音と、後ろに続く騎士たちの足音だけだった。
昨日、北方の要塞都市が一夜で陥落した。
その報せを受け、王都から討伐軍が編成された。
そして、その先頭に立つのが勇者セシリアだった。
セシリアは手綱を握り直した。
指先に力が入る。
「勇者様」
隣を進む騎士が声をかける。
「はい」
「前方の森林まで、あと少しです」
「……分かりました」
セシリアは前を向いた。
街道の先。
深い森が、口を開けるように広がっている。
そのときだった。
「――止まれ!」
先頭の騎士が叫んだ。
馬が嘶く。
列が一斉に止まった。
「どうした!」
「森を……!」
騎士が震える指を向ける。
木々の隙間。
そこに、赤い光が浮かんでいた。
やがて森一面を埋め尽くすほどの赤い瞳が、闇の中に浮かび上がった。
「魔物だ!」
「陣形を組め!」
「勇者様を守れ!」
直後。
森が弾けた。
「グルァァァァッ!」
黒い魔獣が飛び出してくる。
騎士の盾と爪が激突した。
ガキィンッ!
「ぐっ!」
盾が大きくへこむ。
「押し返せ!」
次々と魔獣が襲いかかる。
セシリアは馬から飛び降りた。
「下がって!」
腰の聖剣を抜く。
白銀の刃が朝の森を照らした。
「――はあっ!」
一閃。
迫っていた魔獣の爪が弾かれ、黒い毛皮が裂ける。
「今です!」
「おおおおっ!」
騎士たちが一斉に踏み込む。
だが――
横から別の魔獣が飛び出した。
「っ!」
セシリアが振り返る。
間に合わない。
ドンッ!
「きゃあっ!」
小さな身体が宙を舞った。
泥の上を転がり、聖剣が地面を擦る。
「勇者様!」
「来ないで!」
セシリアは片手を地面につき、立ち上がった。
膝が震えている。
それでも、聖剣を拾う。
「……まだ、終わってません」
口元についた泥を袖で拭う。
「私たちが……ここで退いたら、後ろにいる人たちはどうなるんですか」
騎士たちが顔を上げる。
セシリアは剣を構えた。
「行きましょう!」
「――はい!」
再び、戦場が動き出した。
剣が閃く。
盾が砕ける。
魔獣の咆哮が森を揺らす。
セシリアは何度も斬り込み、何度も地面を踏みしめた。
最後の一頭が倒れたのは、それからしばらくしてのことだった。
「……はぁ……」
セシリアは剣を地面に突き立てた。
肩が上下する。
「終わった……?」
周囲を見回す。
倒れた魔獣。
傷を負った騎士たち。
荒れ果てた街道。
「……みんな、生きてますか?」
「はい。重傷者はいますが、命に別状はありません!」
「そう……」
セシリアが小さく息を吐いた。
そのとき。
ふわり。
「……え?」
地面から、光が浮かび上がった。
淡い光の粒。
無数の光が、倒れた魔獣や騎士たちの周囲からゆっくりと立ち上っていく。
「なに、これ……」
セシリアが手を伸ばす。
光は指先をすり抜けた。
そして――
すべての光が、同じ場所へ向かって動き始めた。
「……聖剣?」
セシリアの手元へ集まっていく。
淡い光が、白銀の刀身へ吸い込まれる。
光が、次々と消えていく。
「ちょっと……待って」
セシリアが剣を離そうとする。
だが。
ドクン。
「――っ!」
聖剣が震えた。
まるで、生き物のように。
もう一度。
ドクン。
セシリアの指が止まる。
「今……」
耳を澄ます。
静かな森。
荒い騎士たちの呼吸。
風に揺れる木々。
その中で――
ドクン。
ドクン。
聖剣だけが、確かに脈打っている。
「……何を、してるの?」
刀身を見る。
先ほどまで眠っていた白銀の刃に、細い筋が走った。
「……え?」
セシリアが一歩下がる。
細い筋は、ゆっくりと刀身の奥へ沈んでいく。
「勇者様?」
騎士の声が飛んできた。
「……なんでも、ありません」
セシリアは剣を見つめたまま答えた。
「ただ……」
鞘に収める。
カチン。
乾いた音が森に響いた。
「少し、変なんです」
誰も答えない。
セシリアは鞘を握ったまま、北の森を見つめた。
木々の向こう。
何かがいる。
そんな気配だけが、消えずに残っていた。
そして夜。
討伐軍が野営地を築いた頃。
誰もいない森の奥で――
また一度。
ドクン。
聖剣が、脈打った。
変更後です




