1. 誕生
確か、生物には物心がついていない頃というものが存在したと思う。
不思議だ。
何もできないほど幼いのに、意識だけははっきりとしている。
[……どうでしょう?]
脳内に直接声が響く。
レオか?
[はい]
どうやらテレパシーはこっちでも使えるらしい。
しかし、どうと言われても、今は何も見えない。
体は少し動かせる。
が、少し動けばすぐ柔らかいものに当たる。
どうやらずいぶんと狭い場所にいるらしい。
自分と同じくらいの大きさだ。
兄弟たちだろうか。
そっちはどうだ?
[私も同じです。お揃いですね、ふふ]
楽しそうだ。
[さっきまで応答がありませんでしたから、実は少し不安だったのです。お声が聞けて良かった。まだその声には慣れませんが]
レオの声も、前とは違って聞こえる。
[おや、気づきました?]
まあ、俺は別にもともとの声にも慣れていないわけだが。
[私も体を作り直してみようと思いまして。今度は母体を用意してみたのです]
もしかして猫じゃないのか?
[はい。あなたが魔獣を選択されましたから、サポートに回ろうかと思い、人間を選んでみました]
選択肢を奪ってしまったな。申し訳ない。
[いえいえ、今度は私があなたを守ってみせますよ]
なんだか頼もしいな。
あの日震えていた痩せこけた猫の姿が懐かしく思える。
それにしても人間のレオか……想像がつかない。
再会したとき、一目で気づけるだろうか。
[そのときは私から声をかけますね]
テレパシーが使えて良かったな。
時間はかかるだろう。
しかし、体が成長してしまえば、案外簡単に再会できるのかもしれない。
[……おや、何だか外側から押されています? 外が騒がしくなってきました]
声から、レオに少しの動揺が見える。
[水が抜けてから時間が経ちましたが、そろそろなのでしょうか]
……水?
もしかして俺の周りにあるこれも水か?
そう、ずっと何か温かいものに包まれているような気がしていた。
レオのところで水が抜けたというのは……破水……?
つまり、今は、レオの母親が陣痛に苦しんでいるということだろう。
え!? 俺たちまだ生まれてない…ってコト!?
[みたいですね。何もかもが新鮮で面白いです]
何だか感動してきた。
今、世界のどこかでひとつの生命が生まれようとしているんだ……。
[これから、また始まるのですね。今度は、あなたと生きるための生が。]
ああ、忙しくなるぞ。覚悟しておけ。
[お先に世界を見てきますね]
ふふ、とレオが笑う。
それからしばらく、レオはテレパシーを送って来なかった。
出産って大変なんだな。
―――――――――――――――
レオから声がかかったのはそれからかなりの時間が過ぎてから。
破水も陣痛もレオの方が先だったはずなのに、俺の方が先に生まれていた。
そういえば、人間の出産って動物より時間がかかるんだったか。
なるほど、確かに、レオの声が聞こえないというのは不安だった。
白い毛に覆われた両親が、俺たち兄弟にかかった膜を丁寧に剥がしていく。
ふわふわで、ときどき当たる肉球はぷにぷにで……素晴らしいな!
[……あの、今、お父様にお尻を叩かれています。痛いです……。どうすればいいのでしょう……]
おぎゃあと泣いておけ。
[声を上げてみたのですが、どうやら何か間違えたようです。おぎゃあの次に話しておくことはありますか?]
おぎゃあと、ひとこと言ってやめてしまったらしい。
俺の説明が悪かったな。
そうだよな。
わからないよな。
俺の助言で、不気味な赤子になってしまった。
仕方ない。
「ふぇ……」で誤魔化せばいける……と思う。
たぶん。
[……お母様、少し落ち着いたようです。ありがとうございます]
いや、いいんだ。
分からないことがある度に、気軽に頼ってくれ。
絶対に。
[? ……はい!]
それで、今はどんな感じだ?
[抱きかかえられています。温かくて、心地良いです。お腹の中よりは肌寒いですが。人の手とは、やはりいいものですね]
両親が揃っていて、どちらからも愛されている。
異世界がどんなところかはわからないが、少なくともその家はいい環境なんだろう。
……優しい両親だといいな。
[そちらはどうですか?]
そう、そうだ、俺、まだ毛がないんだ。
毛がないんだよ、レオ。
ふわふわではないんだ。
[あら……きっと、すぐ生えてきますよ!]
ああ、じっくり待つことにする、よ……。
意識を上手く保てなくなってきた。
これが赤子の体力か。
後で鍛えないとなあ……。
「あら、ねえ、見て。寝てる」
「ああ、かわいいな」
人間の母親とライゴンの母親、それぞれの傍で、
すやすやと小さな生命が寝息を立てていた。
―――――――――――――――
[……あの、起きてますか?]
脳内に響く、その声に意識を引かれた。
ぼんやりとした頭で一生懸命に声を拾う。
[先程、お母様から名前を授かりました]
やけに弾んだ声だった。
[私、レオニスというそうです]




