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冷血公爵は仮面の裏で溺愛を隠す〜「愛するつもりはない」と突き放す旦那様は、初恋の私への重すぎる贖罪と執着を抱えていました〜  作者: 黒崎 隼人


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エピローグ「陽光の温室と永遠の香り」

 長く厳しかった冬が終わりを告げ、王都に柔らかな春の風が吹き始めてから数度目の季節が巡っていた。

 エヴァリントン公爵邸の裏庭にそびえ立つ巨大なガラスの温室は、外の陽光をたっぷりと取り込み、眩いほどの緑と色彩にあふれている。

 リリアーナは袖をまくった薄手のドレス姿で、作業台の上のガラスビーカーに慎重にスポイトで精油を落としていた。

 ラベンダーの穏やかな香りに、少量のベルガモットの爽やかさが混ざり合い、空気をまろやかに彩っていく。

 指先の感覚はあの頃のままだが、彼女の表情を覆っていた不安の影はとうの昔に消え去り、そこにあるのはただ満ち足りた穏やかな光だけだった。


「だめよ、シエル。その鉢植えはまだ根が張っていないから、強く引っ張らないで」


 リリアーナが視線を下げて声をかけると、足元で土遊びをしていた小さな影がビクッと肩を揺らした。


 三歳になる息子、シエルだった。

 クロードから受け継いだ銀糸のような髪と、リリアーナと同じ色合いの亜麻色が混ざった柔らかい癖毛が、動くたびに光を反射している。

 彼は小さなスコップを握りしめたまま、少し申し訳なさそうに見上げてきた。

 その瞳は、父親と寸分違わぬ透明な琥珀色をしている。

 リリアーナは作業を止め、しゃがみ込んで息子の泥だらけの頬を指先で優しく拭った。

 温かい肌の感触に、命の重みと確かな愛の連鎖を感じる。

 シエルが土の中から小さな青い花を見つけ出し、誇らしげに彼女へ差し出した。


「おはな、あげる」


「ありがとう、シエル。とても綺麗に咲いているわね」


 彼女が花を受け取ろうとしたそのとき、背後の重厚な真鍮の扉が軋む音を立てて開かれた。


 流れ込んでくる風と共に、見慣れた高い人影が温室の中へ足を踏み入れる。

 漆黒の執務服をまとったクロードだった。

 ネクタイはすでに緩められており、以前のような周囲を凍らせる威圧感はまったくない。

 シエルが父親の姿を認めるなり、短い足で駆け出していった。

 クロードは膝を突き、飛び込んでくる小さな体を大きな腕でしっかりと受け止める。


「泥だらけじゃないか」


 口では呆れたように言いながらも、その声は甘く、金褐色の瞳は目尻に深い皺を寄せて柔らかく細められていた。


 彼はシエルを軽々と抱き上げると、リリアーナの元へと歩み寄る。


「仕事はもうよろしいのですか?」


 リリアーナが微笑みながら尋ねると、クロードは彼女の髪に落ちていた枯れ葉を空いた片手でそっと払い落とした。


「今日の分の決裁はすべて終わらせてきた。これ以上あの冷たい部屋に閉じこもっている理由はないからな。君たちの声がここまで聞こえてきた」


 彼から漂う、冷たい雨の匂いと白檀の甘い香り。


 かつては冷徹な公爵の孤独を象徴していたその香りは、今ではリリアーナにとって世界で一番安らぐ温もりそのものに変わっている。

 クロードの視線が、リリアーナの手の中にある青い花に留まった。

 十年前の事故の引き金となり、長いすれ違いの原因でもあったあの花は、今や温室の片隅で他の植物たちと調和し、力強く根を張って咲き乱れている。

 過去の深い傷跡は、すでにこの温室の中で美しい思い出の一部として昇華されていた。


「新しい香水を作っていたのか」


 クロードが作業台の上のビーカーを見て尋ねる。


 リリアーナはうなずき、調合を終えたばかりの小瓶を手に取った。


「ええ。以前作った針葉樹の香りに、ほんの少しだけ甘い花々の香りを足してみたんです。あの頃よりもずっと、空気が暖かくなりましたから」


 彼女の言葉の裏にある意味を察し、クロードは抱いていたシエルを静かに地面に下ろした。


 シエルが再び土いじりに戻るのを見届けてから、彼はリリアーナの腰に手を回し、自分の方へと引き寄せる。

 驚くほど自然で、ためらいのない動作だった。

 至近距離で交わる視線。

 琥珀色の瞳の奥に宿る熱情は、十年前のあの日から何一つ変わっていない。

 ただ、そこに罪悪感という鎖がなくなったことで、彼の愛情はより深く、静かな海のようにリリアーナを包み込んでいる。


「どんな香りが増えようとも、私の帰る場所は君の隣だけだ」


 低く甘い声が鼓膜を震わせ、彼がゆっくりと顔を寄せてくる。


 リリアーナは目を閉じ、彼から伝わる確かな体温と、かすかな吐息を唇に受け止めた。

 温室を満たす土の匂い、色とりどりの花々の香り、そして二人の間にだけ存在する静謐な熱。

 冷たい契約から始まり、幾度もの誤解と傷みを経て手に入れたこの幸せは、もう二度と失われることはない。

 春の陽光がガラス屋根を透過し、寄り添い合う二人のシルエットと、足元で無邪気に笑う子供の姿を黄金色に縁取っていた。

 すべてを溶かした愛の温もりの中で、彼らの時間はどこまでも穏やかに続いていく。

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