82 特攻前夜
「ふ、ぉおおおおおああッ!」
咆哮し、黒剣を幾度も打ち付ける。
目の前の、僅かに透き通る全く同じ形状の剣に当たる度、辺りに仄白いスパークが弾ける。
「まだまだ眠たいぞ。そんな剣筋じゃな」
黒髪で、瑠璃の目を持つ男が、そう言いながら易々と攻撃を返してくる。
「ぐっ……!」
しかし、こちらもこの数日、闇雲に身体を動かしてきただけでは無い。
俺は自らの手を閃かせ、ヴルヘリットさん周辺に三連撃を浴びせた。それにより、左右と上に次元の狭間が生まれる。
「くっ……」
チャンスだ。
そう悟ると同時に踏み込むと、相手の剣が瞬いた。
「……“展開”」
彼がそう言うと同時に、正三角形の次元の狭間があちこちに現れ、元の裂け目を描き消してしまう。
それだけに留まらず、男は裂け目のひとつに身を乗り出し、瞬間、全く別の狭間から弾丸の如く飛び出してきた。
「まじかっ」
辛くも避けるが、彼はまた直ぐに別の裂け目に入り、跳弾するように辺りの空気を切り裂いていく。
どこから来る。という迷い、焦りを何とか沈め、俺はただ相手が攻撃してくるその瞬間を待った。
まだ。まだだ。まだ来ない……。
心の水面を完全に凪らせ、空気の振動、僅かな掠音、培ってきた戦闘勘。全てをフルに使い、その瞬間を待つ。
そして、後方の水面が僅かに揺れーー。
「……そこだッ」
瞬間、俺は振り向き、剣を打ち込んだ。
剣と剣が有り得ない速度で衝突し、かなりの大音響が周囲を震えさせる。
「ほう」
男は一瞬、僅かに頬を緩めた。
それに対し、俺は思わず心中でよし、と達成感に浸る。
相手はそれを見抜いたのだろう。
「……ふっ」
一息の間に俺の目の前から消え、それを認知した頃には、背後より剣の鍔で頭を穿たれた。
「いでっ!」
無様に転がる俺に対し、夢世界の住人、ヴルヘリットさんは苦笑を浮かべる。
「油断大敵だ」
彼はそれだけ口にして、剣先を向けてきた。
「う、すみません」
「謝るのはいいが、戦場では容赦なく首が吹き飛ぶぞ」
「……肝に銘じときます」
上半身だけ起こし、両手を上げたところで、ヴルヘリットさんが剣を引いてれる。
「特に、次の戦場は難関なんだろう」
「らしいですね。十年近く突破出来てないとか……」
記憶を辿って情報を伝えるが、俺が見聞きしたものは彼も知っているのか、極薄い反応だけ示した。
「……おっと、目覚めが近いな。今日はこれくらいか」
「ですね。今回もありがとうございました」
今日は“展開”を完成させる修行を早々に諦め、単純な戦闘技術を磨かせて貰ったのだ。そのお礼を素直に言い、俺は目覚めを待つ。
徐々に薄れてく意識そのままに、目の前の景色が緩やかにフェードアウトして行った。
「……ふご」
鼻を鳴らしながらの起床に、目の前の顔が苦笑を浮かべる。
「……みんな仮眠に留めてたのに……あなただけよ。熟睡してたの……」
俺は身体に巻いている薄い毛布をかき寄せつつ、眼前の少女の目を見て微笑んだ。
「あ、マクロちゃん。おはよ」
「…………おはよ」
この前あんな事件があったにも関わらず、普通に接してくれる事に内面感謝する。
それと同時に、辺りの人気が無いことに気づいた。辺りを見回しても、黒髪の少女以外は姿が見えない。
「あれ、他のみんなは?」
「……もうとっくに準備終わってる。あなただけなかなか来ないから……わたしが態々駆り出されたわけ」
まじか! と心の中で叫ぶ。
「やべぇ。じゃあ急がなきゃ。来てくれてありがとう。……くぅ、それにしても、今日だけはイクスの水風船食らっても良かったな」
出遅れるくらいなら、という意味合いだったが、何故かマクロちゃんは軽蔑の目を向けた。
「……もしかして、あなたマゾ……」
「違うしここにもそんな言葉がある事に驚きだよ!」
俺は思い切りツッコんだ後、迅速に集合場所に向かうべく、もうずっと使っているブーツの靴紐を固く結んだ。
この前電車乗ったら、隣の人が友人に対し「俺の友達の職場、クラスターになっちゃってさ〜」とか話してるのを横耳に聞いてめちゃくちゃビビりました。作者です。
皆さんも体調には充分気をつけてください。
それでは、次回もよろしくお願いします!




