動き出す情勢(2)
ユリアの部屋は荒らしつくされ、所々血が飛び散っている。
「大層な肩書きを持っている割には、口ほどにもないですね」
「うぅ……くっそ……!!」
部屋の中では、地面に倒れ伏し、血だらけになった体を抱えてうずくまる女を、もう一人の女が冷たい目で見下ろしていた。
「化け物め……!」
「あなた方にそう言われる筋合いはないとおもうんですけれど」
憎々しげにつぶやくアルナスに、ユリアは嗜虐的な笑みを浮かべながら近づいていく。
「ふざけるなぁっ! アイシクルランス!」
怒声をあげながらユリアへとアルナスが魔法を放つ。
魔力で生み出された氷の槍が華奢な体をを貫こうと迫るが、ユリアはそれを避けようともしない。
再び部屋に血が飛び散り、槍はユリアの胸を貫く。
「狙い方が悪いですよ? 学習をしない人ですね」
ユリアが胸に刺さった氷に触れると、一瞬でヒビが入り粉々に砕け散った。
その跡には、衣服は破れているものの傷一つ残っていない。
「私はエリスほどの破壊力は持っていませんが、それでも回復力だけには相当自信がありまして」
絶望的な表情を浮かべるアルナスに、ユリアはにっこりと笑いかける。
「なんなんですか、その力は……!」
「これですか? 魔王と戦ったときに見せてもらった回復魔法です。一度しか目にしてなかったので再現できるか不安だったのですが、やればできるものですね」
何の気なしに言ってのけるユリアを、アルナスは恐怖に支配された目で見つめた。
「あなたは喧嘩を売る相手を間違えました」
近くにあった椅子に腰かけ、未だ地面に這いつくばるアルナスを楽しそうにあざ笑う。
「今あなたの目の前にいるのは聖女である前に、歴代最強と呼ばれた勇者パーティのパーティメンバーです。たかだが魔族一匹程度が、手に負える相手なわけがないでしょう?」
ユリアはある程度この魔族の素性について見当をつけていた。
エリスは自分の力をあまり誇示しなかったため、魔族の中でも彼女の力を知らないものは多いときいている。
そのため、エリスは一部の武闘派魔族から嘗められているとも。
「所詮、口だけの魔王を倒した、口だけ勇者パーティだとでも思いましたか?」
ユリアに自分の思惑を当てられ、アルナスは自分がどれだけ見当違いだったか、どれだけ無謀な相手に戦いを挑んだのかをようやく理解する。
「イグニッション!」
「カーズドペイン」
それでも悪あがきとばかりに魔法を打つアルナスに、ユリアは呪詛魔法で迎え撃つ。
「その程度では勝負にすらなりません」
呪いによる激痛で悶え苦しむアルナスを眺めながら、飽きたとばかりにため息を吐くと、ゆっくり立ち上がった。
「カーズドクルシフィクション」
磔の呪いをかけられたアルナスは、両腕が吊られたように不自然に宙へ浮かぶ。
痛みで顔を歪めるアルナスの頬にそっと手を添え、ユリアは聖女と呼ばれるにふさわしい、満面の笑みで笑いかけた。
「心配しなくても、殺したりはしません。私は寛容ですから、泳がせるだけ泳がせてあげます。ただ、今後の身の振り方はよく考えたほうがいいですよ?」
耳元でそう呟かれたアルナスは、がくりとうなだれ、戦意を完全に喪失したようだった。
その様子を見届け、用はすんだとばかりにユリアはアルナスから目線をそらす。
「で、いるのでしょうイグルツ。全く、見ていたなら助けてくれても良かったんじゃないでしょうか?」
ユリアが誰もいない空間に話しかけると、その景色がぐにゃりと歪んだ。
「おやおや、貴様は他人の助けを期待するような殊勝な性格だったのか。それは知らなかった、すまなかったな」
相変わらず皮肉ばかり言うイグルツに、ユリアは呆れた眼差しを向ける。
「これだからあなたには会いたくなかったんですよ」
「ふははは、だか俺様を呼んだのはお前自身だろう?」
ユリアは教皇の企みを耳にしてから、ある事を確認するためにイグルツと会う約束をしていた。
「仕方なく、です。できるならば二度と顔をあわせたくありませんでした」
「俺様も随分と嫌われたものだな。それにしても、仮にも聖女とよばれている貴様が呪詛魔法で相手をいたぶるというのもいかがなものかとおもうぞ?」
そういうイグルツの言葉を、ユリアはフッと鼻で笑う。
「教皇だって呪詛魔法つかってましたしね。それに、呪詛魔法は使い勝手がいいんですよ」
ユリアの聖女という通り名は、勇者パーティの一員として魔族軍と戦っているときからついたものだ。
ただ通り名はそれだけでなく、魔族軍の一部からは恐れを込めて、呪詛使いとも呼ばれていた。
「さて、それでは本題に入りましょう」
雑談はここまでだとばかりに、ユリアは結界魔法で磔にされたアルナスに話が聞こえないよう、二人だけの空間を作り出す。
「エリスと女神アイリスの関係、そして初代魔王について、教えていただけますか?」
その質問に、イグルツはニヤリとその口元を歪ませた。




