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動き出す情勢(1)


 コンコン、とユリアの居室にノック音が響く。


「っと、来ましたか」


 教皇から情報を盗み聞いた後、ユリアはとある人物と連絡をとっていた。

だがユリアの知る限り、その人物は部屋に入る前にノックをするような常識を持ち合わせているとは思えないので、少し怪訝な顔をする。


「どちら様でしょうか」


 念のため、と思いユリアが声をかけると、ドアの外からは予想に反して女性の声が返ってきた。


「私、フォルナ教教皇補佐のアルナスと申します。この度、アドベンの調査任務の責任者に任命されたため、ユリア様に直接お話しを伺いたくて訪ねました」


 教皇、という言葉にユリアはぴくりと眉を動かす。

このタイミングで教皇の手の者が来るということは、何かしら胡散臭い者を感じる。

とはいえ、彼女の言っていることに不自然さは感じない。


「今開けますので少しお待ちを」


 警戒しながらも、このまま放置するわけにもいかないと扉を開けた。


「……え?」


 扉を開けたユリアは、何が起こったか理解できず気の抜けた声をあげてしまう。


「聖女といえども所詮は人間、あっけないものですね」


 目の前に佇む神官とみられる女性は、冷めた声でそう吐き捨てる。


「あなた……!……ごほっ」


 まるで熱した棒を突っ込まれたかのように、燃えるような熱を感じる腹部にユリアが目をやると、そこは剣に貫かれ真っ赤な血で服が染まっていた。

咳き込むと、口からは血が溢れ出てきて、手を真っ赤に染めあげる。


「大人しくしていれば、命までは奪われなかったというのに。身の程をわきまえないからこういうことになるのです」


 体から力が抜け、崩れ落ちそうになりながらも、ユリアは必死に足に力をいれて耐える。

そんな彼女を見下すかのように、アルナスは冷たい目で苦しむユリアを見ていた。


「あなたは一体、何者なのですか……!」


 ユリアは、自分を貫いている剣がただの剣ではないことを察していた。

この剣には間違いなく守護魔法を食い破る呪いがかけられている。

そしてこの呪いは、ユリアの知る限り魔族軍が使用していた物だった。


「先ほど申した通りですよ。付け加えるならば、新生魔族軍幹部、という肩書きくらいでしょうかね」


 新生魔族軍という言葉に、ユリアは思わず笑みを浮かべる。


「教皇は魔族とつながっていたと、そういうわけですか。全く、あのおっさんも救いようがありませんね」

「愚かなあなたよりは賢い方だと思いますよ? さて、それでは私も忙しいので、これでおわりにしましょうか」


 そう言ってアルナスは、自らが握る剣に力を込めた。





「ヴァンよ、ご苦労だったな」


王城の謁見室で、国王イグデルドの前にヴァンは膝間付いていた。


「礼を言うのは俺の方だイグデルド。予算を回してくれたおかげでアドベンの治安向上もうまくいきそうだしな」


 今回、ヴァンはアドベンの街灯導入、及び伝送線という技術についての報告、そしてイグデルドとヴァン、二人だけが知っているとある任務について話すためにやってきている。

そのため、現在この謁見室にはヴァンとイグデルドの二人しかいない。


「何、普段いろいろ無茶を通してもらっている以上、この程度は任せておけ。本来ならもっと予算を回してやりたいところだが、他の町もどこも今金に困っていてなかなか回せないのが実情でな」

「そっちの苦労は理解してるさ。それにこっちの秘蔵っ子のおかげで当面の問題は解決しそうだしよ」


 ヴァンの言葉に、イグデルドはそうかと頷く。


「エリス殿の存在は、どうやら随分と良い方向に働いているようだな」

「ありゃあ天才だぜ。いろんな意味でな。あれと戦争やってたのかと思うと本当にぞっとする」


 無邪気ながらも末恐ろしい力を持つエリスを思い出し、ヴァンはやれやれと首をふる。


「全くだな。それゆえに、これからもエリス殿と刃を交えるような事態には決してなってはならぬ」


 エリスの正体を知る数少ない人間であるイグデルドは、エリスという脅威に対し恐れを持ちつつも、正しく応じようと尽力していた。


「この平和は、魔王エリスという歪みによってもたらされた、奇跡とも言える代物だ。しかし、それゆえにこの平和は、少し衝撃を与えれば簡単に割れる薄氷のように脆い」


 重々しく述べる国王の言葉に、ヴァンもゴクリと唾を飲み込む。


「魔族と人間族の共存。この奇跡を支えているのはエリス殿の存在そのものだ。我々は決して彼女を失ってはならない」

「あぁわかってる。だから今回の件、絶対にあいつらの思い通りにさせるわけにはいかねえ」


 ヴァンの言葉に、イグデルドも小さく頷いた。


「フォルナ教の影響力は絶大。とはいえ、好き勝手にやらせるつもりもない。何よりあそこも一枚岩ではないしな」


 そう言いながらイグデルドは、頼もしい勇者パーティの一人、ユリアの姿を思い浮かべる。


「我々には、戦争終結後の一年というアドバンテージがある。こちらに理解を示してくれた魔族の方や、再び強く生きていこうと立ち上がった我が民たち、なにより、勇者達とエリス殿含めた魔族軍幹部の者達。決して交わることのなかった二つが力を合わせ、培ってきたこの一年、そう簡単に崩させはしない」


 決意を秘めた声で、イグデルドは力強く宣言した。


「この一年でエリスの存在はアドベンにちゃんと馴染んできてる。たとえ、エリスの存在が露呈しようとも、俺たちアドベンの民が彼女を同胞として迎え入れる準備はそろそろ整うはずだ」

「そこがきっとスタートラインになるのだろうな。エリス殿を我らの友として迎え入れるためにも、今ここで教皇達に好き勝手させるわけにはいかない」


 二人が教皇への抗戦の意思を固める中、突如謁見室ドン、ドンという鈍い音が響き渡った。


「何事だ、入って参れ」


 イグデルドがそう声をかけると、謁見室の扉が開かれ慌てたように衛兵が駆け込んでくる。


「大変です、たった今ユリア様が襲撃されたという報告が入ってきました! 生死は不明とのことですが、部屋は荒らされ、ユリア様の物とみられる血痕もあり、生存は絶望的とのことです……!」


 唐突に告げられた仲間の凶報に、ヴァンとイグデルドは驚愕の表情を浮かべた。


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