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ゾルの願い


 ゾルが担当する喫茶店は、エリスの魔道具店と違い開店当初からそれなりにお客が入っている。

最初の一年はほぼゾルの収入だけで生活していたと言っても間違いはない。

最近になってようやくエリスの店も人が立ち寄るようになったが、未だに稼ぎはゾルの方が上だ。


「ゾルさん、珈琲を貰いたいな」

「あ、ウチは紅茶で。あとこのパイシューっての一つ!」


 今日も、ノワールでは暇そうに魔道具をいじっているエリスとは対照的に、ゾルは常連のお客様を相手にしていた。


「承った。ところで、ヒューリとヴェインは今日はお休みなのか?」


 背の中程まで伸びた黒の髪と、紫がかった目が特徴的なヒューリと、くすんだ金の髪と男らしい逞しい体が印象的なヴェインは、ノワールの常連客だ。

普段は冒険者として稼ぎを得ている二人だが、今日は武器を携えていない。

いつもは喫茶店によった後街の外に出ているようなので、今日のように携帯すらしていないというのは珍しかった。


「そうそう、きいてよゾルさん。なんでも街の外に危険なモンスターがでたから、調査が終わるまで依頼を受けるのは禁止になっちゃって。仕方なくウチらも数日間お休みってわけ」

「本当は魔王討伐祭の前になるべく稼いでおきたいんだけどね。まぁギルドが危険だってい言うんだから破るワケにもいかないし」


 二人の話をきいてゾルはなるほどと納得する。

おそらく先日の件で、ヴァンが冒険者たちの安全を考慮してとった行動だろう。


「それは災難だったな。まあそういうことなら今日はゆっくりして行ってくれ。エルメナさん、お願いできるかな」


 ゾルの声に、はい! と元気よく返事をして、エルメナが注文された品を二人の前へ届ける。


「エルメナさんもずいぶん慣れてきたね。最初のおっかなびっくりだったころからは想像つかないくらい」


 ヒューリがそう言ってエルメナの成長を褒めた。

褒められたエルメナは恥ずかしそうに頬を染めながらも、目線をそらすことなく礼を言う。


「はぁ、ゾルさんの入れる紅茶は相変わらず美味しいわ。さすが秘密の名店と呼ばれるだけのことはあるね」


 この店は女性冒険者の間で密かに流行っており、冒険に行く前や帰りに少し寄って雑談していくものが多い。

ヒューリとヴェインも普段は冒険に行く前に、英気を養うためによくここに通っている。


「そういってもらえると嬉しいな。ぜひ知り合いにもノワールを紹介しておいてくれ」


 店として大々的に宣伝などは行っていないが、こうしてゾルが紹介を頼むことで、ひっそりと口コミでその存在が広まっていた。


「そういえばエルメナさん。その肩の物はなんなんだい?」


 ヴェインの言葉にこれですか? と肩に座っているノワールを指差す。


「この子はお店のマスコットのノワールちゃんです。ほら、挨拶してください」


 エルメナの言葉に従うように、ノワールは腕をあげてヴェインの方を見つめる。


「おぉ、すごいなぁこれは。エリスさんが作ったのか?」

「えっ、あっ、はい! 私が作りました!」


 暇すぎてうとうとしていたエリスが、急に話を振られて慌ててヴェインの言葉に答えた。


「一応、簡単な手伝いならしてくれる。ノワール、頼めるか?」


 ゾルがノワールに布巾を差し出すと、エルメナの肩からぴょんと降りて布巾を受け取り、机の上を拭き始める。


「可愛いなぁこの子! ウチ持って帰りたいんだけど!」


 ヒューリは目を輝かせながらのそのそと机を拭いているノワールを眺め、ちょんちょんとその体をつつく。


「持って帰られるのは困るが、ノワールを見たくなったらまたいつでもきてくれ」


 そういうゾルに商売上手だなーとヒューリは呟き、ふたたびノワールを観察する作業に戻った。


「どうやらノワールの評判はなかなかいいようですね」


 苦労して作った分、ノワールに対する愛着も人一倍強いのか、エリスが愛でられるノワールを見ながらその表情をだらしなく崩す。


「これだけ愛らしいですし、それは人気もですよ!」


 ノワールにぞっこんのエルメナも、胸を張ってそう口にした。


「こりゃまた店が繁盛しそうだね。あんまり混むと俺たちがきた時に席がなくなっちゃいそうだな」

「何、そうなったらヴェイン達の席くらい別に用意するさ。売り上げが多くなれば、お店を大きくすることもできるしな」


 ゾルの言葉に、ヴェインもそりゃ心強いと返す。


「みんなにもこの店をしって欲しいけど、自分だけの秘密の店にしておきたいような、そんな魅力があるよねノワールは」

「だから、ゆっくり店の名前が広まっていっている今が理想なんじゃないかと思っている。急に人気の店になるってのも、この店の雰囲気にはあってないように感じるしな」

「いずれアドベンでも有名なお店になるまで、ウチもこのゆったりした雰囲気を楽しんでおかないとなぁ」


ギルドの酒場と違って喧騒から離れた所も魅力的だし、とヒューリは続けた。


「極力、そういう雰囲気を保つ努力をしていかせてもらう」


ゾルさんがいうなら安心だと、ヒューリは紅茶を飲みながら笑う。


「ゾルさんは、この店の将来の目標とかあるのかい?」


ヴェインの言葉に、ゾルは少し考えるそぶりをみせる。


「……そうだな、今は訳あって昔の友人を気軽に店に招待できないから、気楽にあいつらが訪れられるような店にしたいと思っているよ」


魔族と人間族が共に尋ね、楽しく時間を過ごせる店。

その実現は困難だらけだが、それでもゆっくりとその夢へ近づいている実感をゾルは持っていた。

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