第9話【菜々・保育園時代の事故】
女子高校生の朝寅菜々は、数字と会話が出来る能力を持っていた。
【キャラと数字の紹介】
渋谷大河・菜々の幼馴染の男子。高校時代に身長一八〇㎝。特性がある。
35・菜々のお気に入りラグランTシャツの胸のプリント。世代的感覚が菜々と近い。
●毎日夜11時台か、日付が変わった0時台に上げられるように頑張ります。
物心ついた頃から菜々の周りには、数字達の言葉が溢れていた。
自宅の茶の間で留守番をしている時や、トイレに座っている時にも、数字同士の会話が途切れる事は無かった。
人懐こい性格が多い数字達は、菜々にその能力があると知ると、積極的に話しかけている。
乱暴な言葉遣いの数字もいたのだが、基本的に人間に優しく、会話から学びもあった。
個性溢れる数字達のキャラクターは、菜々の人格形成に良い方向に働いている。
通っていた保育園のお絵描きの時間で菜々は、好んで数字の絵を描いていた。
「お数字さん達とねえ、お喋りするの」
「あらあ、菜々ちゃんは面白いお話を考えるわねえ」
実際に菜々は、お絵描き帳に自ら描いた数字達と会話をしていた。
それを保育園の先生達は、ごっこ遊びであると解釈する。
ただ、幼児のごっこ遊びにしては妙に会話の辻褄が合っていて、先生達には不思議がられてはいたのだが……。
園の先生達は、そんな菜々の振る舞いを否定はしなかったが、当然のように『数字と会話が出来る』などという事を本気にはしなかった。
情操的にも通常の範囲内とみなされ、問題視もされていない。
(あれえ、お数字さん達のお声って、あたしにしか聞こえてない……!?)
奇妙な事だな、と菜々は思った。
ただ、数字と会話出来る事を周囲にアピールし続けるのは何かまずい予感はしていた。
(これ、黙ってた方がいいのかも……)
勘の良い菜々はこうして、数字の声について周囲に語らなくなっていく。
それは、保育園のお散歩の時間での出来事だった。
付き添いの先生達数人と、園の近所の広場まで出掛けるお散歩は、大半の子供達が大好きだった。
広場までのお散歩列の先頭は、一歳前後の幼児が乗ったカートで、その後ろの列では、菜々達年長の子が二人一組で手を繋いでいた。
お揃いの、ライトグリーンの日除け付き帽子をかぶった子供達の可愛い行列は、すれ違う通行人やドライバー達の目を癒している。
菜々は列の最後尾で、幼馴染の大河と手を繋いでいた。
大河は嬉しそうに何度も菜々の顔を確認して、繋いだ手の腕を大きく振っている。
(……大河君、あたしと手を繋ぐのが、嬉しいんだ)
菜々は、恥かしいような嬉しいような、くすぐったい気持ちで大河の表情を横目で見ていた。
大河は、余り喋らない子だった。
精密な身体検査が行われたが、それぞれの身体の機能は全て正常で、心配する大河の両親に担当医は
「そのうち喋り出します」
と楽観的な診断を突き付けている。
言葉が少ないので、大河の気持ちが分からない時もあったが、菜々の話を楽しそうに聞く、気持ちが穏やかな男の子だった。
広場まで半分の距離に来た時、寝起きのような声が菜々の耳に届く。
「……ああ、今は散歩の時間かあ、眩しいのう……」
声の主は、付き添いのリナ先生が持っている懐中時計から聞こえていた。
先生達が使用している懐中時計の数字達は眠っている事が多く、あまり喋らない。
いつものんびりしていて『おじいちゃんやおばあちゃんみだいだな』と菜々は思っていた。
リナ先生のポケットから懐中時計の上半分が出ていて、菜々は文字盤の『12』と目が合う。
「おお、今日は菜々ちゃんと一緒の班じゃったか。これは良かった」
のんびりな時計の数字達の中でも、一際のんびりな12は、しきりに「良かった良かった」と頷いている。
保育園のお散歩は大きな二つのグループに分かれて行われていて「12はあたしと一緒のグループになれて嬉しかったんだな」と、その時の菜々は解釈した。
それでも、お散歩の時間に先生の時計の数字が喋り出すのは珍しいなあ、と思っていた菜々に12は、妙なお願いを言い出す。
「菜々ちゃん、お腹が痛いって、言ってくれんかのう」
「……!?」
「お腹が痛い!! 歩けない!! ……じゃ。大きな声で、言えるかな!?」
12の言っている意味が分からず、菜々は徒歩列の前に見える12に向けて首を傾げた。
「ああ……菜々ちゃん……そうだ、しゃがみ込んでお腹が痛いと叫べば……菜々ちゃん頼む……」
いつものんびりしている12にしては珍しく緊迫感のある声だった。
「何か様子が変だなあ……」
その次の瞬間だった。
菜々の背中を寒気に似た感覚が突き抜けた。
視界が広がって目に映るモノの明るさが増す。
そして菜々は、12の意図を唐突に理解したのだ。
「お腹痛い!! 歩けない!!」
菜々はアスファルトの歩道に直接座り込んだ。
「どうしたの菜々ちゃん!?」
「お腹痛いの!?」
徒歩列の子供達が立ち止まり一斉に振り返った。
大河は笑顔に驚きの表情を重ね、菜々の表情を覗き込んだ。
「菜々ちゃん、大丈夫!?」
リナ先生が菜々の元へ駆け寄る。
「みんなはここを動かないで待っててね」
と他の子供へ指示を出す。
「さっきのおやつが駄目だったのかしら……菜々ちゃん立てなさそう!?」
菜々は質問に答えずお腹を押さえて「痛い痛い」とだけ繰り返し、今度は地面に大の字に手足を伸ばし広がった。
「リナ先生ー、僕らはどうしましょう!?」
最前列のお散歩カートを先導する男性のカツヤマ先生が声を掛けた。
カートに満載された一歳前後の幼児が数人、後方の菜々達の様子を覗き込んでいる。
「そうね、カツヤマ先生達は先に広場に行ってて貰えますかー」
「わかりましたー、そうしますー」
というリナ先生の返事が言い終わらないうちに12が
「カツヤマ先生に診てほしいって言って!!」
と鋭く叫んだ。
今迄聞いた事が無い緊迫感のある12の声だった。
菜々は間髪入れず、その台詞を大声で復唱する。
その声が届いたカツヤマ先生は、フッと笑い
「そうかあ、仕方ないなあ」
と言いながら足を止めた。
カツヤマ先生は中々のイケメンで、子供達や園の職員、保護者の母親達に人気なのだ。
満更でない彼は、カートを押す新人のモモネ先生に斜めの視線を向けながら
「御指名を頂戴しました!!」
と胸ポケットからブラシを取り出し前髪をかき上げた。
彼の決めポーズである。
カートの幼児達が「わー」と反応する。
流し目の直撃を受けたモモネ先生は
(確かにイケメンなんだけと、ちょっとホストホストし過ぎなのよねえ……確かにイケメンなんだけど)
という残念な気持ちを愛想笑いで覆い隠した。
しかし、その、モモネ先生の愛想笑いは、カツヤマ先生の肩越しに見えた光景で、凍り付く。
落雷のような轟音が鳴り響き、あたりを揺らした。
それとほぼ同時に大河が「菜々ちゃん危ない!!」と絶叫しているのだが、この声は轟音にかき消されている。
子供達の列の斜め向かいの国道で、スピードを出し過ぎてカーブを曲がり切れなかった大型トラックが横転したのだ。
積み荷の巨大なH型鉄骨の束が猛スピードで投げ出された。
上段に積まれた鉄骨は、下段の鉄骨に滑り乗り、そのスピードと飛距離を増す。




