第8話【大河の気持ち】
女子高校生の朝寅菜々は、数字と会話が出来る能力を持っていた。
【キャラと数字の紹介】
渋谷大河・菜々の幼馴染の男子。身長一八〇㎝。特性がある。
沼影美海・陸上部。菜々の一学年上の先輩。高校生とは思えない大人びた容姿。
B7・練習着(陸上部)の胸の数字。典型的な後輩キャラ。他にC7とD7がいる。
35・菜々のお気に入りラグランTシャツの胸のプリント。世代的感覚が菜々と近い。
●毎日夜10時台か11時台に上げられるように頑張ります。
準備運動であるストレッチしながら菜々は、二人の様子をチラ見した。
今迄は気付かなかったが、言われてみれば確かに美海先輩の胸は、大きい。
腰に手を当て、大河に向けて胸を突き出すような姿勢……。
上体を若干斜めに捻っているので、視覚的に大きさを強調する事に成功している。
(美海先輩、中々の猛者だ…)
ストレッチの汗に冷や汗が追加される。
会話している二人は、美海先輩はこちら向きだが、大河は背中を向いていて、大河の視線の確認が出来ない。
「あれは絶対、見てるっスね。あんな至近距離、健康的な男子は回避不能っス!!」
B7の実況が気になって、菜々のよそ見の頻度が増える。
「はい、朝寅さん集中して――」
初心者グループを指導してくれている上級生から注意が入った。
「す、すいません……」
長く感じたストレッチのワンターンが終了して立ち上がり、再び大河を目視すると、既に二人の会話は終わっていて、大河はトラックに出て走り出していた。
(……やっぱり美海先輩のを見てたのかな……気になる)
「すいませんでした菜々先輩!! 自分、先輩の気持ちを考えず、面白半分に大河先輩のエロ視線を実況してしまって……」
悲しい表情になっていた菜々の様子に気付いたB7が謝罪した。
給水で部員達から離れたところで、菜々は反論をする。
「……まだ大河が見てたって決まったワケじゃないでしょ!?」
「その通りです!! すいません!!」
「そ、それに、エロ視線て何よ!? 大河はエロとか、そんなの興味無いのよ!!」
……とは言ってはみたものの
(見てたんだろうな)
という諦めの気分でいたところ
「自分が確かめてみるっス!!」
とB7が言い出した。
「え、そんな事出来るの!?」
「まあ、まかせてくだっいっス!!」
B7は美海先輩の近くに立ってくれ、と菜々に頼んだ。
意味が分からないが、言われた通り菜々は、休憩で部員達と談笑している美海先輩の斜め前数メートルの位置に立った。
「ここ、バッチリっス」
数字の声は菜々以外の人間に聞こえていないのだが、B7は何故か小声だっだ。
「33先輩!! はじめまして!! 私、新入生の朝寅菜々の番号B7っス!! よろしくお願いします!!」
「あらあ、ちゃんと挨拶する数字なんて珍しいわねえ。よろしくB7さん」
B7が話し掛けたのは美海先輩の左胸にいる33だった。
後輩キャラ全開の話しぶりで、たった数ターンの会話であっと言う間に先輩数字に取り入る。
33の機嫌も良くなり、話も弾む。
「朝寅さんは、ちょっと集中が足りてないようだけど、部活は続けられるのかしら」
菜々が数字と会話出来る事を美海の33は知らない。
聞こえていないフリをしてタオルで汗を拭う菜々。
「運動不足がたたって今は苦しんでますが、結構やるタイプだと思ってるっス!! 先輩からも御指導よろしくお願いします!!」
と33を立てまくったB7は良い頃合いで
「ところで先輩……」
と本筋に入る。
「美海先輩、凄い巨乳っスよね!!」
「そっ、そうなのよー!!」
これを話したくてたまらない、という感じの33だった。
「見てよ、美海の胸のおかけで私、斜め上を向いてるのよ!? こんな景色見れるの、部活内で私だけよねえ」
それを聞いた菜々は少々カチンと来たのだが、聞こえないフリを続けた。
かまわずB7は太鼓持ちトークを続ける。
「いや、きっとそうっスよ!! それだと33先輩にも視線が集中してるんじゃないっスか!?」
「まあ、みんな見てるのは美海の胸だけど、私も見られてる気がして、悪い気分じゃあないわねえ」
「胸を凝視する部員もいたりします!?」
B7の言葉に躊躇が無い。
典型的な後輩キャラがオブラートになって、そのデリカシーの無さに気付きにくくなっているのだ。
「いるわよ、いるいる!! いっつも偉そうなコーチの〇〇とかさ、真正面からチラッチラ見てんのよね」
「まじスか!? あの真面目そうな〇〇コーチが!? 美海先輩の巨乳力、素晴らしいっスね!!」
「でしょでしょ!? でさー、この間も……」
以降は、健康的な男子達の視線についての暴露が続く。
その、健康的な男子達が耳を塞ぎたくなる会話に
「そうっスね!!」
と小気味良い相槌を打っていたB7は、絶妙なタイミングで
「さっき大河先輩も至近距離でバッチリ見てたっスね!!」
とカマをかけた。
「いや、あの子は――」
御機嫌だった33のトーンが下がる。
「一切、美海の胸を見なかったわね。美海もマックスでアピールしてたけどね。……珍しい男子だわあ。多分、競技の事で頭いっぱいか、他に好きな女子がいるか、だわね」
その声を聞いた菜々は、タオルで汗を拭く仕草に小さなガッツポーズを混入させた。
その直後、33とB7の会話を聞いていたかのようなタイミングで、美海が菜々に話し掛ける。
「朝寅さん、聞いたわよ。少し集中が足りていないようね。怪我に繋がるから、気を付けて」
それは先程の33と似た内容の忠告だった。
少し機嫌が悪いように感じたのは、大河の巨乳完全スルーの影響だろうか。
(……美海先輩、何か、困った人だなあ)
部活を終えて着替えている最中についつい愚痴が出てしまう菜々であったが、今日の部活での出来事を部屋で待っている数字達に話す事が楽しみでもあった。
居残り練習の大河の顔を見たい気持ちを振り切って、一人帰宅している時だった。
菜々は聞き慣れない声に話し掛けられる。
「あの……すいません、朝寅さん……すいません」
「えっ、数字の声!? ……誰!?」
「……僕です、パーカーの8です、ファスナーの取っ手にいます……」
菜々はファスナーの取っ手を摘まみ上げ、目を細めた。
「うわー、こんなトコにも小さい数字が。知らなかったわ」
「……すいません朝寅さん、このやり取り、以前から何度もありました……確かに僕、印象薄いですけど……」
8との初対面は、菜々が引きこもっていた中学生の頃であったが、暗黒時代故に菜々自身も当時の記憶が薄く、8の存在を忘れがちになっている。
ラグラン35による、盛り気味の校内恋愛バトル報告の影響で、菜々の登校服はローテーションされている。
存在感の薄い8であったが、ローテーションが開始された直後の今日、何故か一番手の座をゲットしている事が菜々には不思議であった。
「……朝寅さんの高校生活……凄く、楽しそうですよね」
「え、そう!? 全然普通だと思うけど」
「……こちらの朝寅さんが、本来の朝寅さんだと思うんですよね……すいません、エラそうな事を言っちっゃて……」
菜々の暗黒時代を、唯一、リアルに目撃している8にとって、学生生活を満喫する楽し気な今の姿は別人を見るようだった。
ほんの一年前の状況を菜々は忘れかけていた。
いや、積極的に、忘れようと努めていたのかも知れない。
足が震えて一歩目が出ない、という瞬間は無くなりつつあった。
陸上部でのスタートダッシュの反復練習にも、リハビリ効果があったように、この時の菜々は実感していた。




