第6話【美海(みみ)先輩のプレッシャー】
女子高校生の朝寅菜々は、数字と会話が出来る能力を持っていた。
【数字紹介】
35・菜々のお気に入りラグランTシャツの胸のプリント。世代的感覚が菜々と近い。
12・祖父から貰った腕時計の文字盤。執事風。菜々とは子供の頃からの付き合い。
●毎日夜10時台か11時台に上げられるように頑張ります。
菜々が通う高校は、男女共学で、大学進学や就職等、生徒達の進路が幅広い。
部活も適度に盛んだが、十数年前の卒業生がプロサッカー選手になって以来、目立った話題は無い。
ただ、私服通学が可能という点で珍しかった。
菜々は指定の制服スカートを基本として、上着をポロシャツやパーカー等でローテーションしている。
入学試験のレベルはそこそこなのだが、中学時代の不登校の影響で、菜々にとってはかなりの難関校であった。
何故そんな不相応な高校を受験したのか?
「えっ、菜々ちゃんも、この高校、受けてたの!? 知らなかったなあ。……えっ、合格!? おめでとう!!」
合格発表の会場で、偶然鉢合わせたのは、菜々の幼馴染の渋谷大河だった。
おおらかで穏やかな笑顔がはち切れる。
中学卒業時に身長が180センチ近くになっていた大河は、喜びの勢いのまま菜々の手を握ろうとして、ためらった。
幼い頃は毎日のように手を繋いでいたが、小学生に上がった時に周囲の冷やかしがあって、照れた菜々が手繋ぎを拒否したのだ。
その時の大河の沈んだ笑顔は、菜々の脳裏に、拒否した後悔と共に焼き付いている。
それ以来、二人の物理的な接触は無い。
菜々の目前で急停止した大河は一瞬の間を置いて
「僕と一緒に陸上部に入ろうよ!!」
と言った。
大河が急停止した理由を菜々は分かっていた。
申し訳ない気持ちは今でもある。
しかし菜々は、大河の部活入部の誘いに
「うん」
と素直に頷かず、口に出してこう言った。
「べっ、別に、大河とたまたま同じ高校を受験しただけなんだから!!」
菜々は口を尖らせ、部活の誘いも念入りに断ったのだ。
入学早々、陸上部に入った菜々は、自身の体力の衰えに仰天する。
中学時代、自宅警備に明け暮れ、昼夜逆転の生活と、大河からの甘味の差し入れで、身体は緩み切っていたのだ。
受験のための突貫勉強の無理も、体力の衰えに加担する。
それ程に厳しさは無い緩めの部活動の、『新入部員向けお客様扱い』練習メニューをこなすだけでも菜々は苦戦した。
「……おかしい……小学生の頃は男子より足が早かったのに……おかしい……」
全身が筋肉痛で、下校時は不自然な歩き方になっていた。
「あの子はスグに辞めるな……」
部活顧問の先生方や先輩方の予想は、至極当然であった。
一方、中学時代に才能を開花させていた大河は、入部直後から注目される存在だった。
突然の逸材入部に顧問の先生やコーチ陣が色めき立つのが、菜々の視界にも入っていた。
実は大河は、陸上に力を入れている遠方の高校から熱烈な誘いがあったのだか、大河の生来の特性が判明した途端、その話は立ち消えている。
酷い話であるが、大河自身は気にしておらず、自宅に近く陸上部がある最寄りの高校を受験する事になる。
入部した陸上部はスポーツ系では珍しく、男女共同で練習する事が多かった。
練習着もお揃いである。
入部時に注文した練習着が届いて、初披露の練習日。
注目の大河のシャツの左胸には『77』の数字がプリントされていた。
これは、0から99までの中で部員が好きな数字を選ぶ事が出来る、この学校の陸上部伝統のシステムなのだ。
それが部活内でその部員を示す数字となる。
菜々は『7』を選んだ。
名前そのままの数字だった。
一桁の数字は人気なのだが、前年度の卒業生が使っていて今年度から空白になり、たまたま使えたのだ。
ちなみに菜々は、成長を見越して大き目のサイズの服を購入する事が多かった。
服の数字達との別れを回避する、というのが主な理由だった。
サイズが大きければいつまでも着ていられる、という算段であったのだが、高校入学前からそれを止めている。
中学卒業後の春休みに購入した35のラグランTシャツは、ピタピタのジャストサイズである。
今回の部活練習着も、大きなサイズではなかった。
菜々の身長の伸びは、期待する数値を大幅に下回っていたのだ。
正確には、現実が突き付けた伸び率は『ほぼゼロ』であった。
漠然と長身に憧れていた菜々であったが、何処かの段階で諦めたのだろう。
新入生の練習着披露が終わり、それぞれ練習の準備に取り掛かっている最中、二年生の美海先輩が菜々に話し掛けて来た。
長髪長身のスリムで大人びた風貌の美海先輩の数字は『33』である。
「朝寅……菜々さんは、渋谷大河君と出身校が同じだったわね」
腕組みの斜め姿勢から、若干の威圧を感じたのは菜々の気のせいだろうか。
「……はい」
恐る恐る答える菜々を凝視していた美海先輩は、グラウンドの端でストレッチする大河に視線を移した。
「渋谷君は『77』……なるほど分かり易いわね。いい? 部活内では恋愛御法度だから、そのつもりで」
と言って菜々の前から去り、トラックに出てアップを始めた。
「??」
菜々の頭の中でハテナマークが充満した。
部活内恋愛御法度のお触れは、入部時の説明会で布告済みで、改めてこの場面でそれに触れる意味とは一体……。
初心者グループの菜々達は一時間弱で練習が終わる。
軽い基礎的な運動だったが、ゆるみ切った菜々の身体には充分過ぎる負荷になっていた。
上級生や有望経験者の大河は居残り練習だった。
女子部室に引き上げる途中で菜々は、トラック上で足首を伸ばしている大河と目が合う。
上級生のグループに混じっても頭が一つ抜け出ている大河は、菜々に向けて手を振った。
遠くからでもよく分かる、大河のいつもの笑顔だ。
手を振り返そうとした菜々だったが、美海先輩がこちらを睨んでいる事に気付き、振ろうとした手をゆっくり下げる。
(怖っ……)




