第22話【大河・ブレイク】
女子高校生の朝寅菜々は、数字と会話が出来る能力を持っていた。
【キャラと数字紹介】
渋谷大河・菜々の幼馴染。陸上部の有力部員。特性がある。
美海先輩・陸上部の先輩。凄い巨乳。
35・菜々のお気に入りラグランTシャツの胸のプリント。世代的感覚が菜々と近い。
12・祖父から貰った腕時計の文字盤。執事風キャラで好奇心旺盛。菜々とは子供の頃からの付き合い。
●毎日夜に上げられるように頑張ります。
梅雨が明け、真夏の蒸し暑さの中でも陸上部の活動は続いていた。
トラックに立つと、太陽光と地面からの照り返しで全身を焼かれているような感覚に陥る。
春からの鍛錬で体力が完全に戻った菜々ではあったが、引きこもり期間のブランクもあり、数年ぶりに体感する夏のおもてなしに体力を削られていた。
大河は大汗をかきながらいつもの笑顔で練習をこなしている。
真面目で練習を休まず、明るく穏やかな人柄は男女問わず部内でも人気があった。
高校に入ってからの高度なコーチングの結果も出ていて、県大会出場への標準記録突破が可能なレベルに達していた。
「菜々ちゃん!! 今日の学食のヤキソバ、お肉が多くてさ!! ラッキーだったよ!!」
部活の休憩時間になると大河は菜々に、積極的に話し掛けていた。
その話題は、学食の美味しさから消しゴムの欠け具合まで、多岐に渡る。
当初、部員達は、大河の人目をはばからない振る舞いに「部内恋愛禁止」への抵触を危惧したが、小学生男子のような真っすぐな言動の数々から「これは、恋愛ではない」という認識に至り、御目こぼし状態で黙認されている。
それに伴い、入学直後は遠慮していた菜々も、大河の対応を通常に戻している。
「ヤキソバはキャベツが多い方があたしは好きだな。今度お肉と交換しようよ」
「えーいいの!? 菜々ちゃん!!」
菜々は、校内の男子達から人気が高かったのだが、大河の存在がバリアになり、その人気は表面化せず、菜々自身が認知するまでに至っていない。
大河の穏やかな人柄が、他人の感情を刺激するタイプではない事も、周囲が沈黙する要因にもなっていた。
要するに、付け入る隙が無いのである。
学食でヤキソパの具を交換し合う菜々と大河に、羨望と嫉妬の視線が集まっているのだが、当事者の二人は気付いていない。
大河の競技人としての注目度は日に日に大きくなっていた。
記録会や他校との合同練習などを経て、逸材として名前が浸透し始めたのだ。
学校にマスコミが訪れ、大河を取材する事も増え始め、なおかつ、掲載された新聞や雑誌での記事はおおむね好評であった。
好評の理由は、大河の『顔』だった。
菜々に言わせると「まあまあ、イケメンに見える時は、たまに、まあまあ、たまに、あるかな」と控え目な評価であるのだが、世間の女性の目はそれ程ドライではなかった。
夏休みに入る直前に行われた地区大会での事だった。
サブトラックで準備をしていた大河が、見慣れない制服の女子高生達に囲まれたのだ。
キャーキャーと悲鳴混じりの女子高校生に写真を撮られている大河は、集団の中でも頭が一つ抜け出ていて、困惑した笑顔が遠くからでも確認出来る。
離れた場所からそれを眺めていた菜々は、何だか微笑ましい気分になっていた。
「腕組みして、後方彼女ヅラっスね!!」
今日の練習着C7(シーセブン)から突然、事実の指摘を受け、菜々は慌てる。
ちょっとそんな表情をしてたのかも知れないと自覚があったが、反論を試みる。
「なっ何よ、あたし、彼女でもないのにそんな、彼女ヅラなんかしてないわよ!!」
「あっ、菜々先輩の事じゃなくて、そこの美海先輩の事っス!!」
「えっ!?」
視線を上げると、数メートル先の壁際で、菜々と似たポーズで大河を見守る美海の姿があった。
半笑いで何やらうんうんと頷いている。
(あたしって、あんな感じ!?)
恥ずかしい気分になって頭を抱えたくなる菜々だった。
女子高生の集団は幾つかあり、代わる代わるに大河を囲んだ。
幾つめかの集団の中に、大河にサインを求める女子高生がいた。
それを目撃した菜々の心臓が、大きく弾む。
サインを破かれた過去がフラッシュバッグする。
大河は穏やかな笑顔のまま色紙に自分の名前を記した。
有りがちな崩した筆致ではなく、ゴシック体に似た丁寧な文字で、大河らしく飾り気が無かった。
サインをねだった眼鏡にツイン三つ編み女子は、色紙を受け取り「ありがとうございます!!」と丁寧に頭を下げ礼を言う。
胸の動悸を抑えながら成り行きを見守っていた菜々は、ホッと一息付く。
雑談の流れで集団の中の一人が「渋谷君には彼女とかいるんですかあ」と質問しているのが遠くで様子を伺う菜々にまで聞こえて来た。
サインを貰った三つ編み女子が「そんな質問、失礼でしょ」と遮るのと同時に大河が
「います」
と即答する。
菜々は、瞬間的に耳が熱くなるのを感じた。
(……え、彼女って、あたし!?)
「おお」とどよめいた女子高生の一人が矢継ぎ早に「ひょっとして、ヤリまくりですかあ」と質問する。
今度の大河は即答しなかった。
質問に主語が無く、会話の流れから主旨を推測するのが苦手な大河の特性故だった。
意味が理解出来ずに沈黙している姿は傍から見ると、迷惑な問い掛けに困っているように見えたかも知れない。
「ちょっと、いい加減にしてよ!!」
失礼な質問をした友達に、色紙を抱えた三つ編み女子が詰め寄る。
そこに美海先輩が割って入る。
「渋谷君を応援してくれてありがとね~」
絶妙なタイミングであった。
美海は、応援の感謝を繰り返し述べつつ、プライベートな質問は御容赦、というニュアンスも言葉に織り交ぜた。
感謝を連射しながら女子高生達の輪から大河を引き剥がした美海は、上目遣いで言う。
「じゃ、大河、しよ……練習」
美海の全力彼女ヅラであったのだが、悪かった場の雰囲気を遮り終わらせるには効果的だった。
「あの人が彼女かあ」
「凄い巨乳だったね」
「走るの大変そう」
ストレッチを始める大河と美海を振り返りつつ引き上げる女子高生達。
その中で、嬉しそうに大河のサインを眺めていた三つ編み女子は、色紙を丁寧にビニールで包みバッグに仕舞っていた。
彼女がいても、応援は続けてくれそうな振る舞いを見届けた菜々は、ホッと息をついた。
数日後、菜々は高校生陸上ネット掲示板で
『注目新人・渋谷大河は巨乳好き』
との書き込みを発見するが、完全無視を決意する。




