第19話【菜々、ロックオンされる】
女子高校生の朝寅菜々は、数字と会話が出来る能力を持っていた。
【キャラと数字紹介】
渋谷大河・菜々の幼馴染。陸上部の有力部員。特性がある。
35・菜々のお気に入りラグランTシャツの胸のプリント。世代的感覚が菜々と近い。
12・祖父から貰った腕時計の文字盤。執事風キャラで好奇心旺盛。菜々とは子供の頃からの付き合い。
●毎日夜に上げられるように頑張ります。
菜々が高校に入学してから三か月。
梅雨に入り、グラウンド不良の日が続き、陸上部は屋内での活動が増えていた。
屋内とは、通常の教室内である。
体育館はスポーツ系部活によるスペース争奪戦が繰り広げられていて、陸上部はそれらの争いに初めから加わっていない。
授業後の、エアコンが切られている教室はサウナのようであった。
この頃になってようやく菜々の体力は通常に戻り、コーチングを即座に吸収する柔軟さも相まって、その素質を開花させつつあった。
「この子は続かない」
との大方の予想を裏切り、教室サウナの中でも休まず練習を継続し、周囲を驚かせている。
また、中間試験での失態を繰り返さないため、勉強にも力を入れたかったのだが、部活の疲れもあって集中が続かない。
「低気圧のせいかなあ、やたら眠いよ」
「菜々ちゃんは人の役に立つ職業に就きたいんだよね!?」
少しでも怠けるとラグラン35からの叱咤激励が飛ぶ。
ただ、引きこもり期間とは比較にならないほど、充実した毎日ではあった。
「あの頃にはもう、戻りたくはないなあ……」
ライフラインになってくれていた大河へ応えたい気持ちもある。
部活と勉強、菜々にとって今は踏ん張りどころなのだ。
その日、部活を終え帰宅した菜々は、洗濯を終えた練習着をコインランドリーで乾かす事にしていた。
長雨で練習着が乾かせず、洗濯ローテーションが崩壊しつつあり、今日は生乾きを着てしまった。
連日のそれを回避したかったのだ。
(練習着、もっと買っとけば良かったかなあ……)
そう言いつつも、練習着の『7』シリーズが『E7』『F7』と増えてしまうので、それはそれで益々混乱して困るな、などと思っていた。
携帯端末と洗濯物を持って自室を出ようとした時だった。
「お嬢様、わたくしも、お供させて頂いてもよろしいでしょうか!?」
机の上でハンカチに乗せられて待機している腕時計の12が話し掛けて来た。
菜々は毎日、腕時計を着用して登校している。
服の数字達は着られる順番を争っていたが、腕時計は代わりがいないため菜々の右腕は12の独占状態になっていた。
しかし12は、他の数字達に会話を譲り、自身は遠慮して黙っている事が多い。
喋り出すのは、他に人や数字がいない場合や、何らかの緊急時のみだった。
その12が「お供します」等とアピールする事自体がレアなのだ。
時計のベルト部分にも汗が着いているので部屋で休ませたかったのだが、珍しい12のお願いだったので「オッケー」と返事をし、流れるような手つきで右腕に装着した。
左利きの菜々は、左腕に装着する右利き用の時計を、強引に右腕装着している。
いつも、文字盤の向かって右側にあるツマミを、窮屈そうに左手で操作する。
両腕がクロスするようなその仕草は、菜々の象徴的なポーズにもなっていた。
自宅近くのコインランドリーまで傘をさして数分。
日没後の、すっかり暗くなった雨の住宅街に、ガラス張りの店が煌煌と輝いていた。
傘に乗った雨粒をバサバサと落としてから店に入ると、エアコンの快適な空気が菜々を迎えた。
中は無人だった。
小型乾燥機の前に立ち、扉を開け洗濯物を投入している最中、今さっき入って来た扉が背後で開く気配を感じた。
乾燥器の扉を閉め、小銭を投入し終えて振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。
バッチリ目が合ってしまったので、反射的に視線を逸らし、スーツの男に対して斜めを向くような態勢で丸椅子に座り、携帯端末に目を落とす。
ゴウンと乾燥機が起動した。
その音と同時にスーツの男が
「……あれ!? あの金庫の時の!?」
と言った。
菜々は、声に反応して顔を上げ、スーツの男の目を再び見た瞬間に「金庫の時」というワードを時間差で理解する。
(あ、マズい……)
その丸眼鏡に見覚えがあった。
目の前の男は、金庫から少女を救った現場に居合わせたサラリーマンであった。
「あっ、どうも……」
とうっかり返事をしてしまった直後に「人違いです」と言い張れば良かった、と後になって後悔をする。
「ああ、やっぱりそうだよね」
と一気に態度が馴れ馴れしくなり、菜々から一番遠い椅子に座った。
視線を端末に戻すフリをして、ずらりと並ぶ洗濯乾燥機の反射で様子を伺う。
そこで、スーツの男が店に入った瞬間に感じた、漠然とした違和感の正体に気付く。
(こいつ、洗濯物を持ってない……)
その後も菜々は話し掛けられていたのだが、内容を聞いている余裕は無く、全て生返事で返している。
(あたしが目的って事!? ……先日の尾行って、女性警官ではなく、このリーマンだった……!?)
菜々の背中に悪寒が走る。
決して、店内の効き過ぎた冷房の影響だけではない。
全力で逃げ出す策を考えている真っ最中、雑談を仕掛けていた男が決定的な質問を菜々にぶつける。
「……でさ、あの金庫、君はどうやって開けたの!?」
「仕事でちょっと扱ってたから知ってるんだけど、あのタイプの金庫、素人は絶対に開けられないんだよねえ」
「現場から逃げ出してたし……何かあるよね、君には!?」
(マズい、能力がバレる……)
菜々は下を向いたまま固まってしまった。
ただ、この、人間二人の攻防と平行して、別の会話が同時進行で続けられていた。
スーツの男の入店直後から、男が左腕につけている腕時計に、菜々の腕時計12が話し掛けていたのだ。




