第18話【菜々のライフライン】
女子高校生の朝寅菜々は、数字と会話が出来る能力を持っていた。
【登場人物と数字の紹介】
渋谷大河・菜々の幼馴染。高校時代で身長一八〇㎝。特性がある。
8・パーカーのファスナー。腰が低いと見せ掛けて遠慮なく物申す。孤立していた菜々をサポートする。
●毎日夜11時台か0時過ぎに上げられるように頑張ります。
「……今のは実質、大河さんのプロポーズじゃないですかね。……あっ、余計な事を言ってしまってすいません」
8が横槍を入れるが、菜々はそれを完全に無視している。
沈黙していた大河の笑顔に一瞬、悲しみが含まれたように見えた。
それを見逃さなかった菜々の嫌な予感が、心臓を弾ませる。
「でも僕、いつまでも菜々ちゃんに頼ってちゃ、駄目だと思ってたんだ」
(えっ、大河……何を言ってるの!? ……頼ってたのは大河じゃなくて、あたしの方……)
「人の役に立つ事っていいなあって、菜々ちゃん見てて、ずっと思ってて。僕もそんなふうになりたくて。それで、今、勉強と部活を頑張ってるんだ」
大河はカバンをからファイルを取り出し、小さな成績表を菜々に渡した。
それを見た菜々の目が丸くなる。
「……え、大河、学年5位!?」
「通級のクラスでは1位なんだ」
「それと陸上部で、短距離走の県大会出場が決まったんだ」
ファイルから出した学年だよりの表紙には『渋谷大河君・県大出場!!』の大文字の横に、片腕を上げた見慣れた笑顔があった。
「勉強は覚えるだけだし、運動は練習するだけだし、簡単なんだよ」
大河のその言葉に、菜々はドキッとした。
(簡単て……同じ39.5℃だったのに……何で……)
「だから僕、塾通いと部活の強化で、菜々ちゃんにプリントを届ける事が出来なくなるんだ」
菜々は、その大河の顔を見上げた。
決定的な何かを言う予感がした。
「菜々ちゃんの家に来れるのも、今日が最後だと思う」
そう言い切った大河の、見慣れない寂しい笑顔……。
その後の菜々は、大河とどう別れたのかの記憶が無い。
気付いたら自室の座布団にへたり込んでいた。
膝の上で、大河から手渡された小さな保冷バッグを開けて、保冷剤とタオルで包まれたプリンを丁寧に取り出した。
上蓋を剥がし、中身をスプーンですくい、プルプルと震えるかけらを口に入れた時、今度こそ本当に、涙が溢れてこぼれ出した。
「あたし、大河がプリントを持って来てくれるのを当然だと思ってた……ずっとそれが、続くと思ってたんだ……頼ってたのは、あたしの方なのに……」
プリンに涙が混入して塩味になる。
「きっと大河は、あたしに愛想を尽かしたんだよ……みんなと同じように、あたしの事なんか忘れちゃうんだ……」
たまらず8が声を掛ける。
「あのっ……そんな、大河さんが朝寅さんを忘れるような事は、無いと思いますけど!!」
「どうしてそう思うのよ!?」
号泣とプリンの咀嚼を中断して8を鋭く睨む。
「……いや……よくわかんないですけど……すいません」
菜々は、左手にスプーン、右手にプリンのカップを持ちながら、顔面を床のクッションに押し付けて号泣を再開させた。
長い夜になりそうだなと思った8は、一晩付き合う覚悟を決めていた。
しかし、その数時間後、大河は再び菜々の自宅を訪れる。
陸上部の差し入れの、余ったシュークリームを片手に持って。
涙でカピカピになった顔のまま対応した菜々は
「さっきの涙、返して!!」
と叫びたい気持ちを抑えてそれを受け取った。
「明日の給食はフルーツヨーグルトだったね!! じゃあ!!」
と手を振りながら大河は走って去って行った。
自室に戻った菜々は、シュークリームを頬張った。
タイプの違う二つのクリームが重なった、贅沢な逸品であった。
咀嚼の都度、乾いた涙のカピカピで頬が突っ張る。
「……大河……意味が分からない……」
「朝寅さんに頼るのやめる宣言は、何だったんでしょうかねえ……しかも、明日はヨーグルトだね、とだけ言って、持って来ると断言しない、思わせぶりなニオわせ……天然なんですかねえ。あっ、すいません、余計な事を言ってしまって……」
翌日大河は、放課後ではなく、給食終わりの昼休みに学校を抜け出し、菜々の自宅までフルーツヨーグルトを届けている。
「冷たくて凄く美味しいから菜々ちゃんに早く食べて欲しくて!!」
昼夜逆転中の菜々にとっては深夜の時間帯だったが、何とか飛び起きて、玄関でヨーグルトを受け取る。
シャーベット状のフルーツが口の中でザクザクと解ける逸品であったが、それを咀嚼しながら、寝起きの、ボサボサ髪のまま大河と会ってしまった事に気付く。
しかし、細かい身なりは、何だかもう、どうでも良くなっていた。
この後、大河は、何だかんだと理由をつけて、度々、菜々の自宅を訪れる。
「勉強と部活の間、意外と時間が取れる」
と大河はあっさり「家に来れるのも今日が最後」という決意の前言を覆す。
プリンやババロアだけでなく、コーヒー牛乳やコッペパンも持ち寄るようになり、訪問の頻度も上がっていった。
菜々はそれらの甘味を残す事無く平らげている。
そして大河は、適切な頻度で
「菜々ちゃん、凄く可愛い!!」
などと満面の笑顔で言うのだ。
(……もしかして、大河って、バカなのかな……)
大河が持ち寄った、上品な甘さのザラメがたっぷり乗った逸品のカステラを口いっぱいに頬張りながら、右斜め上を見上げてそう思った。
永遠に続くと思われた幼少期からの大河の訪問は、菜々のライフラインに形を変えた。
そして、自宅警備期間はもう少しの間、続くのであった。




