第17話【菜々、凄く可愛くなる】
女子高校生の朝寅菜々は、数字と会話が出来る能力を持っていた。
【登場人物と数字の紹介】
渋谷大河・菜々の幼馴染。高校時代で身長一八〇㎝。特性がある。
8・パーカーのファスナー。腰が低いと見せ掛けて遠慮なく物申す。孤立していた菜々をサポートする。
●毎日夜11時台か0時過ぎに上げられるように頑張ります。
――菜々は、お茶が注がれている湯のみに視線を落として言葉を続けた。
「それより、ゴミ男子の言葉が頭の中をグルグル回っちゃって離れなくてさ……何か怖くなっちゃって、身体、動かなくなっちゃって……多分あたし、自分でも気づかないまま、調子に乗ってたんだよ……」
泣かせてしまった!? と思った8は恐る恐る菜々の顔を見上げたが、そこには完全な無の表情が、まだ弱い朝日の反射に照らされていた。
不躾な8でも、流石にこれは不味い質問だったなと反省したのか、話題を微妙にずらした。
「……プリントを持って来てくれてるボーイフレンドさんのお名前は、大河さん……でしたか。会った方が、いいと思いますよ」
「えっ、何で大河の事、知ってんのよ!?」
驚いた菜々は持っていた湯呑のお茶をこぼしそうになる。
「すっ、すいません!! ……だってさっき、朝寅さんが名前を呟いてましたし、お母様が玄関で『大河君いつもありがとう』て言ってましたし」
すいませんを連呼しながらズケズケと物申す8のキャラクターに菜々は呑まれ気味だった。
「それに、昨日の夕方、家の前で何度も『なーなーちゃーん!!』て叫んでましたよ」
「……保育園時代と変わって無い!! もう中学生なのに!!」
菜々は、頭を抱えて下を向き
「てか、ボーイフレンドじゃないし!!」
と思い出したように訂正も添えた。
「すっすいません!! ……でも大河さんにちゃんと会って、プリント持って来てくれてるお礼を言っといた方が、いいんじゃないですかねえ……」
「あたし夕方寝てるし!! しかも、顔も洗ってないし、髪伸びちゃってボサボサだし、着てるスエットめっちゃダルッダルだし、今更会えるわけないじゃん!!」
強い拒否の言葉であったが、8は低姿勢のまま食い下がる。
「すいませんすいません!! ……でも、大河さんが来る前に顔洗って髪をとかせばいいじゃないですか。時間は充分にありますよ」
椅子の上で膝を抱えながら、不満そうに何かをぶつぶつと言う菜々。
「それに大河さんもきっと、久し振りに朝寅さんと会ったら嬉しいんじゃないですかね」
このありふれた8の言葉は、クリティカルに菜々へ刺さった。
「そっ……そうかなあ」
ぱあっと、表情に明るさが戻ったように見えた。
いやあ……などと言いながら頭をポリポリと掻く。
「次に大河さんが来られるのは、いつですかねえ。その時には是非、会って……」
「今日の夕方、来るよ」
「……えっ、何故それが分かるのです!?」
「今日の給食にプリンが出るからよ。あたしの好物だから大河は絶対に届けに来てくれるよ。あとね、ババロアの時も届けてくれるんだ」
「……ははあ」
大河に会うのが嫌なのか楽しみにしてるのか。
「今から寝とけば、余裕で夕方に起きられますね」
何気ない8の言葉に菜々は強めの反応があった。
「何言ってんのよ、今寝たら朝ドラ見れないでしょ!? 今日はヒロインが、劇中劇の朝ドラヒロインオーディションを受ける、究極のメタ回なのよ!? 絶対にリアタイしないと!!」
正座待機!! と言いながら、朝の晩御飯をモリモリと再開する。
その表情を照らす朝日は、強くなっていた。
ほんの一寸前まで、弩級のトラウマをこじらせていた人物とは思えない陽気さだった。
もしかしたらこっちが朝寅さん生来の性格なのかな、と8は思った。
山盛りだった野菜炒めを綺麗にたいらげた菜々は、控え目なげっぷを放ち、二杯目のお茶をすする。
「それと呼び方、菜々、でいいから」
「ああっ、すいません、朝寅さん!!」
――物心ついた頃から大河は、菜々の自宅に遊びの迎えに来ていた。
「なーなーちゃーん、あーそーぼ!!」
それを待っていた菜々が玄関から勢いよく飛び出すと、満面の笑みの大河が立っている。
手を繋いで、遊びに出掛ける。
毎日毎日、それは続いていた……。
ある時、いつもの時間に大河が現れない日があった。
「大河君があたしを迎えに来ない!!」
行き場のない不満と不振を、菜々は母親にぶつける。
途中で事故に遭ったりしていないだろうか、と心配した母親が大河の自宅に連絡をすると
「熱が出て遊びに行けない」
という理由を聞き、一安心をする。
「大河君、風邪ひいちゃって来れないって。菜々に伝染しちゃイケないからって」
それでも、迎えに来ない大河に納得出来ない菜々は顔を真っ赤にして怒っていたが、その顔色に違和感を抱いた母親は、菜々自身も発熱している事に気付く。
かなりの高熱だった。
菜々は母親に連れらて近所の小児科に診て貰いに行くと、そこの待合室で、ソファーにぐったりともたれている大河を見つける。
ふらふらと駆け寄って隣に座った菜々は、脇から体温計出して大河に見せる。
「……あたし、39.5℃」
隣りに座ったのが菜々だと気付いた大河は、無言で問診票を指さして菜々に見せた。
そこには『39.5℃』の記載があった。
「大河君と同じ!!」
朦朧とした表情で菜々と大河は、揃って笑った。
菜々と大河は四日間それぞれ自宅で休み、五日目に同時に全快する。
「なーなーちゃーん、あーそーぼ!!」
二人は手を繋いで、いつもの日常に戻って行った。
それは、永遠に続くものだと、幼い菜々は信じていた。
――その日の夕方。
「なーなーちゃーん!!」
大河の声を待っていた菜々は、勢いよく玄関を飛び出した。
「うわあ、びっくりした!! ……菜々ちゃん、久し振り!!」
目の前に立っていた大河は変わらぬ笑顔だったが、その顔の位置は上に移動していた。
飛び出した菜々に驚いた大河であったが、菜々も大河を見上げて驚いた。
「……でかっ!! 何その身長!! 超でかくなってる!!」
「そうなんだよ菜々ちゃん、いま僕、一ヵ月に一センチ、身長が伸びてるんだ」
「いっ……かげつに、いっ……!?」
驚愕した菜々は言葉を失う。
そんな数値が有り得るのだろうか!?
ちなみに菜々は、一センチの身長を伸ばすのに、一年半もの時間を費やしている。
ただ、この身長の話題は、大河のジャブであった。
菜々は充分にダメージを受けていたのだが、続いて繰り出された想定外の言葉が、クリーンヒットする。
「……菜々ちゃん、凄く可愛くなってる!!」
お世辞ではない。
疑う余地の無い本音である事は、長い付き合いから理解出来るのだ。
菜々は、全身の血液が蒸発するような感覚に陥り、腰から砕けそうになったが、何とか心の中でファイティングポーズを取り
「……でしょ!?」
と言い返す事が出来た。




