第11話【マスコミの暴風雨が保育園に吹き荒れる】
女子高校生の朝寅菜々は、数字と会話が出来る能力を持っていた。
【キャラと数字の紹介】
渋谷大河・菜々の幼馴染の男子。高校時代に身長一八〇㎝。特性がある。
35・菜々のお気に入りラグランTシャツの胸のプリント。世代的感覚が菜々と近い。
●毎日夜11時台か、日付が変わった0時台に上げられるように頑張ります。
事故の瞬間が撮影された防犯カメラやドライブレコーダの動画が、夕方のニュース番組で流れた。
トラックの横転で投げ出された鉄骨の束が国道を横切り、園児達の目の前を通過するショッキングな動画は繰り返し放送されたのだ。
派手な事故で国道が丸一日通行止めになったが、トラック運転手が軽傷を負っただけで奇跡的に犠牲者が出ず、それが園児達に世間の視線が集まる要因になってしまう。
散歩列の動きが事故直前に止まっていた事も注目され
「このまま進んでいたら事故に巻き込まれていた」
とニュースのコメンテーターが自信満々に断言する。
翌朝の保育園にはマスコミのカメラが殺到した。
正面入り口の前に幾つもの脚立が並ぶ。
ありふれた大切な日常生活の一部に突然、非日常が足を踏み入れる。
園への取材はそれなりの節度を持って行われていたのだが、とあるワイドショーのリポーターが暴走する。
「同じ年頃だった子供が親戚にいる」「園の近所に住んでいた」等が取材がヒートアップした理由らしいが、元々評判が悪い仕事ぶりなので、それも眉唾である。
そもそも、同じ年頃『だった』子供とは……?
登園する付き添いの保護者と園児に、リポーターの撮影クルーが不躾にカメラを向ける。
たまらず園長が間に入り「取材はお控えください」とお願いしたが、リポーターは自分の行為の正当性をカメラに向かって主張した。
それでも園長は毅然と「これ以上迷惑をかけるならば警察に通報します」と告げると、リポーターは何か独り言を言いながら、テレビ局の大きなロケ車両の中に引き返した。
「あのリポーターの態度、最悪だね。ほらあそこ、園の前の植え込みに椅子置いてタバコ吸ってる。植え込みのツツジが折れてんじゃん。……あっ、ツバ吐いた!! ……イヤなの見ちゃったあ」
「リポーターのカメラマンも、感じ悪かったよ。怒鳴って威張っててさ。ケーブル持ってる仲間の人にも何か文句言ってたし。昭和かよ。あそこの局のドラマ、好きだったんだけどなあ」
リポーター暗躍に引き摺られるように、園関係者や保護者のマスコミに対する評価は、たった一日でどん底に落ちた。
そんな中、いくつか取材を重ねたマスコミが『散歩の列を止めた子供』の存在を嗅ぎ付ける。
その子供をヒーローに仕立て上げ、インタビューする事が出来たらスクープになるのでは……とマスコミは考えた。
リポータは勇んで子供の特定に勤しんだが、それは無駄足に終わる。
特に保育園側で箝口令を敷いた訳では無かったのだが、マスコミに対する嫌悪感が関係者や保護者の口を固くしたのだ。
リポーターから、母子家庭の家族に「現金を渡すからインタビューさせろ」との申し出があった事も、関係者の態度を決定づけた。
日頃からの園に対する信頼感も、自然発生的な壁になり、結果的に菜々は、世間から好奇の目を向けられる事態を、この時は回避している。
丸二日続いたマスコミの暴風雨は、同日夜に発覚した人気芸能人のスキャンダルに取って代わられる。
翌日、園の前の脚立の山は、複数の非日常な人々の足跡と不快感を残し消え去ったのだ。
その日のワイドショーの画面には、芸能人の自宅前で喜々として喋る、先のリポーターの姿があった。
不幸な芸能人の失脚と引き換えに、保育園のお散歩列の奇跡は、幸運な事に、数日で忘れ去られたのだ。
菜々は、すっかり日常に戻った園での楽しい日々を送りながら、事故直後の、少々違和感があった先生達の笑顔について考えていた。
「カツヤマ先生、足が震えてたように見えたけど、見間違えだったのかなあ」
菜々の呟きを聞いていた園内の数字達が答える。
「事故があった日のカツヤマ先生、控室でも震えてたってさ」
「子供達にカッコ悪いとこ、見せたくなかったんだろうね」
「心もイケメンなのよねえ……ちょっとホストホストし過ぎてるけど」
「モモネ先生も泣き顔で頑張ってたよ。僕は断然モモネ先生推しだよ」
「園長先生の毅然としたマスコミ対応もカッコ良かったぜ!!」
数字達の話を聞いて菜々は確信する。
(やっぱり、子供達に気遣ってくれてたんだ……大人って凄いなあ)
子供に見抜かれてしまう先生達の未熟さはあったのかも知れないが、それより菜々は、子供達の気持ちを優先させる大人の覚悟や心意気を、嬉しく思っていた。
「人に優しくするって、人の役に立つって、カッコ良いな」
「あたしも、そんなふうな大人になりたいなあ」
お散歩列の悲劇を回避した、懐中時計12の人知を超えた能力の存在を、まだ幼なかった菜々は忘れてしまう。
高校生になった今は『数字達が助けてくれた』というおぼろげな記憶に置き換わっている。
そして『数字と会話出来る能力』が他人に知られてしまった時の危険性や、数字の持っている影響力の巨大さに菜々自身が気付くのは、もう少し先の事になるのだった。




