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第八章 実りの季節(後編)



十月。


朝の風はすっかり秋らしくなっていた。


商店街の街路樹は少しずつ色づき始め、栞堂の店先にも落ち葉が舞うようになった。


あれほど山積みになっていた修理品も、一つ、また一つと持ち主のもとへ帰っていく。


「ありがとうございました。」


「また大事に使います。」


「本当に助かりました。」


そんな言葉が店内に増えていった。


修理を終えた品物を受け取るお客さんの笑顔を見るたび、琴葉は胸の奥が温かくなる。


「少し落ち着いてきましたね。」


閉店前。


受付台帳を閉じながら琴葉が言う。


以前は依頼でびっしり埋まっていたページも、ようやく整理できるようになってきた。


澪は修理棚を見渡し、小さく息をつく。


「うん。」


「まだ預かっているものはあるけど、一番忙しい時期は越えたかな。」


その表情には、久しぶりに穏やかな笑みが戻っていた。


「ちゃんと寝られてます?」


琴葉が少し意地悪そうに尋ねる。


澪は苦笑しながら答える。


「昨日は七時間寝た。」


「本当ですか?」


「本当。」


「じゃあ合格です。」


二人は顔を見合わせて笑った。



午後四時。


今日も子どもたちが栞堂へやって来る。


「こんにちはー!」


「琴葉ちゃーん!」


「澪ちゃーん!」


もう、この時間になると誰も「いらっしゃい」と言わなくても自然に店へ入ってくる。


「今日は何読む?」


「新しい絵本ある?」


「宿題も持ってきた!」


琴葉は笑顔で本棚へ向かう。


「今日は秋のお話にしようか。」


「さんせーい!」


子どもたちがソファへ集まり、読み聞かせが始まる。


澪は作業机で万年筆の最終調整をしながら、その声を静かに聞いていた。


以前なら工具の音だけが響いていた店。


今では笑い声も、ページをめくる音も、栞堂の大切な音になっている。



読み聞かせが終わると、一人の男の子が琴葉を見上げた。


「琴葉ちゃん。」


「なあに?」


「最近ちょっと来るの遅いよね。」


「あ。」


思わず苦笑する。


「大学が始まったからね。」


「大学ってそんなに忙しいの?」


「うん。」


「授業もあるし、レポートもあるし。」


「ふーん。」


子どもたちは少し難しそうな顔をする。


すると澪が笑った。


「琴葉ちゃん、毎日頑張ってるもんね。」


琴葉は少し照れくさそうに笑う。


「実はね。」


「もう一つ忙しくなりそうなんだ。」


「え?」


子どもたちが一斉に顔を上げる。


「大学で学園祭があるの。」


「がくえんさい?」


「お祭り?」


「学校のお祭りみたいなものかな。」


「お店出るの?」


「まだ何をするか決まってないけど、これから準備が始まるんだ。」


「へぇー!」


子どもたちの目が輝いた。


「楽しそう!」


「琴葉ちゃん、お店やるの?」


「わかんない。」


「でも、みんなで準備するんだって。」


「見に行ける?」


その質問に琴葉は少し考える。


「一般の人も入れる日があると思うよ。」


「ほんと!?」


「行きたい!」


「ぼくも!」


子どもたちは大騒ぎになる。



その様子を見ていた八百屋の店主が笑った。


「大学祭か。」


「懐かしいな。」


花屋の女性も頷く。


「青春ねぇ。」


和菓子屋の店主が腕を組む。


「琴葉ちゃんが接客してるなら見に行こうかな。」


「いやいや。」


琴葉は慌てて手を振る。


「まだ何も決まってませんから。」


澪はくすっと笑った。


「でも、楽しみだね。」


「はい。」


琴葉は嬉しそうに頷く。


「大学に入って初めてちゃんと参加できそうなんです。」


去年はまだ大学生活にも慣れず、講義についていくことで精一杯だった。


今年は違う。


大学にも。


栞堂にも。


居場所がある。


だからこそ、新しいことにも挑戦したいと思えた。



夕方。


子どもたちが帰ったあと。


店内は静かな時間に戻る。


澪は修理棚を整理しながら話しかけた。


「学園祭、何をやるか楽しみだね。」


「まだ来週の打ち合わせで決めるみたいです。」


「模擬店かな。」


「展示かな。」


「どっちだろう。」


琴葉は少し笑う。


「もし時間があったら。」


少しためらってから続ける。


「澪さんも来ませんか?」


澪は少し驚いたように目を丸くした。


「私?」


「はい。」


「せっかくなので。」


「栞堂とは違う私も見てもらいたいです。」


その言葉に澪は優しく微笑んだ。


「予定が合えば、もちろん。」


「本当ですか?」


「うん。」


「行ってみたい。」


琴葉の表情がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます。」


「でも。」


澪は少し笑う。


「子どもたちも来そうだけどね。」


二人は顔を見合わせて笑った。



閉店後。


店の前を二人で掃除する。


秋風が落ち葉を転がしていく。


「忙しい毎日も、少し落ち着きましたね。」


琴葉が空を見上げる。


「うん。」


澪も頷く。


「でも今度は琴葉ちゃんが忙しくなる番かな。」


「そうかもしれません。」


琴葉は笑った。


大学。


栞堂。


そして学園祭。


やることは増えていく。


それでも不思議と、不安より楽しみの方が大きかった。


「頑張ります。」


その言葉は自然に口をついて出た。


澪は穏やかに微笑む。


「応援してる。」


その一言が、琴葉には何より心強かった。


秋の夕焼けが商店街を優しく染めていく。


修理品は少しずつ持ち主のもとへ帰り、栞堂にも穏やかな時間が戻り始めていた。


そして今度は、琴葉の大学生活に新しい季節が訪れようとしている。


その先には、たくさんの出会いと、まだ知らない思い出が待っているのだった。


(第八章 完)

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