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第五章 灯りのともる街(中編)



「琴葉ちゃん、早く!」


「待って。順番にね」


「射的!」


「私は金魚すくい!」


「じゃんけんで決めて」


二人はすぐに向き合い、勝った男の子が嬉しそうに声を上げる。


「やった!射的!」


「次は金魚すくいだからね!」


「分かってる!」


「走らないで」


「はーい!」


言いながら走っていく背中に、琴葉は小さくため息をついた。


「……絶対分かってない」


それでも、自然と笑みがこぼれる。



射的の屋台。


男の子が真剣な顔で銃を構える。


「どれ狙うの?」


「弟にあげるやつ」


指差したのは小さな箱。


「弟いるの?」


「四歳」


琴葉は少しだけ笑う。


「私もいるよ、弟」


「ほんと?」


「うん。もっと大きいけど」


少しだけ懐かしさがよぎる。


「じゃあ、あれどう?」


琴葉が車のおもちゃを指すと、男の子は頷いた。


「弟、車好き!」


慎重に狙いを定める。


一発目は外れ、二発目で箱が揺れ、最後の一発で落ちた。


「やった!」


「よかったね」


「弟にあげる!」


嬉しそうに抱える姿に、琴葉はふと自分の弟を思い出す。


――今度、何か買って帰ろうかな。



次は金魚すくい。


「琴葉ちゃんもやって!」


「私も?」


「一緒に!」


結局、琴葉もポイを持つ。


「難しい……」


「琴葉ちゃん下手!」


「まだやってないよ」


慎重にすくおうとして、すぐに破れる。


「ほら!」


「難しいんだって」


女の子も挑戦するが、同じように逃げられる。


「あー!」


思わず二人で笑った。


店主が声をかける。


「一匹ずつ持ってくか?」


「いいの!?」


「いいよ」


女の子は嬉しそうに袋を受け取る。


「私が二匹飼う!」


「ちゃんと世話できる?」


「できる!」


「約束ね」


「うん!」


袋の中で金魚が揺れる。


「名前つける!」


「何にするの?」


「琴葉と澪!」


「……なんで?」


「好きだから!」


あまりにも素直な答えに、琴葉は言葉を失う。


「こっちが琴葉ちゃん!」


「どっち?」


「大きい方!」


「……そう」


ほっとする自分に苦笑する。


「こっちが澪ちゃん!」


「澪さん、だけどね」


「澪ちゃん!」


「まあいいか」


琴葉は小さく笑った。



そのあと三人で屋台を回る。


かき氷、りんご飴、そして大きなわたあめ。


「琴葉ちゃん、これ持って!」


女の子が差し出したわたあめは顔が隠れるほど大きい。


「そんなに食べられるの?」


「食べる!」


「落とさないでね」


琴葉が持ってあげると、女の子は嬉しそうにちぎって食べる。


「琴葉ちゃんも!」


「少しだけ」


ふわりと口に入れると、すぐに溶ける甘さに思わず目を細める。


「甘い……」


「でしょ!」


そのとき、近くの屋台でお面が並んでいるのが目に入る。


「琴葉ちゃん、お面!」


「え?」


「これ似合う!」


女の子が手に取ったのは狐のお面だった。


「いや、私はいいよ」


「いいから!」


半ば強引に渡される。


「……」


少し迷ってから、琴葉はそっと顔に当てる。


「どう?」


「かわいい!」


「似合う!」


二人が声を揃える。


「そう?」


お面越しに周りを見ると、少しだけ世界が違って見える。


「琴葉ちゃん、もう一個!」


今度は男の子がひょっとこのお面を持ってくる。


「それはやめて」


「絶対似合う!」


「似合わなくていい」


三人で笑う。


琴葉は狐のお面を頭にずらしてつけたまま、わたあめをもう一口食べる。


提灯の光が、ふわりと揺れる。


白い綿あめが、その光を受けて淡く透ける。


その中で笑う琴葉の横顔は、どこか幼く、どこか柔らかかった。



歩いていると、店の人たちに声をかけられる。


和菓子屋から水まんじゅう、八百屋から冷やしきゅうり、花屋から着崩れの確認。


「楽しんでる?」


「はい、すごく」


自然にそう答えている自分に気づく。


名前を呼ばれ、気にかけられ、笑われる。


提灯の灯りが、通りをやさしく照らしている。


その光の中に、自分がいる。


――悪くない。


この街は、すごく悪くない。



日が沈み、人が増えてくる。


提灯の赤が、少しずつ濃くなる。


「そろそろ戻ろうか」


「えー!」


「あとでまた来ればいいでしょ」


「琴葉ちゃんと!」


琴葉は少しだけ言葉を選ぶ。


「このあと、澪さんと回るから」


「デート?」


「違います」


即答したのに、少しだけ胸が跳ねる。


「二人で回るならデートじゃん」


「違うって」


「大人って大変」


「何それ」


三人で笑う。


その笑い声も、提灯の光の中に溶けていく。



栞堂に戻る。


「ただいま」


自然に出た言葉に、自分で少し驚く。


「おかえり」


澪も自然に返す。


「どうだった?」


「楽しかったです」


もらったものを見せると、澪が笑う。


「人気者だね」


「いっぱいもらいました」


「それだけ、この街の人になったってことじゃない?」


琴葉は少しだけ考えて、笑う。


「そうだったら、嬉しいです」


「もうなってるよ」


その言葉が、胸に残る。


静かな店内に、外の祭りの音がかすかに届く。


その間に、ほんの少しの沈黙が落ちる。


けれど、それは居心地の悪いものではなかった。



子どもたちは帰っていく。


「また明日!」


「宿題持ってきてね」


「えー!」


笑いながら走っていく。


「澪ちゃんとデート楽しんでね!」


「だから違う!」


声が遠ざかる。


少しの静けさが戻る。


「デートだって」


「違います」


「一緒に回るだけでしょ?」


「……そうです」


ほんの一瞬、言葉が途切れる。


澪が笑う。


「じゃあ、祭り散歩?」


「変な名前つけないでください」


二人で笑った。


その笑いも、すぐに静けさに溶ける。



店を片付ける。


「ありがとう」


「臨時店員なので」


「今日だけ?」


「今日だけです」


「残念」


琴葉は少しだけ間を置いて言う。


「私も、ここにいるの普通になってきました」


澪が柔らかく笑う。


「そっか」


短い言葉のあとに、静かな間が落ちる。


外の提灯の光が、ガラス越しに揺れている。



店を閉める。


「お待たせ」


「行きましょう」


扉を開けると、夜の空気と一緒に、祭りの音と光が流れ込んでくる。


提灯の列が、道の先まで続いている。


「何食べる?」


「焼きそば」


「あとたこ焼き」


「食べすぎです」


「琴葉ちゃんも食べるでしょ?」


「少しなら」


二人で歩き出す。


人の流れの中に、自然と並ぶ。



「今日は何枚撮ったんですか?」


「いっぱい」


「私も?」


「いっぱい」


「なんで私ばっかり」


澪は少し考えて笑う。


「撮りたくなるから」


琴葉は言葉を失う。


提灯の光が、二人の間に落ちる。


「どういう意味ですか?」


「そのまま」


カメラが向けられる。


「こっち見て」


一瞬の沈黙。


琴葉が視線を上げる。


カシャ。


「また」


「今のいい」


「確認してないのに」


「分かる」


琴葉は小さく笑う。


「変なの」


その笑顔も、光の中に残る。



少し歩いて、琴葉が振り返る。


提灯の灯りが、背後で揺れている。


「今度は貸してください」


「カメラ?」


「はい」


「何撮るの?」


ほんの一瞬、言葉を選ぶような間。


琴葉は少しだけ笑う。


「澪さんを」


澪が驚きながらもカメラを渡す。


琴葉は構える。


ファインダーの中に、澪がいる。


提灯の光が、やわらかく輪郭を縁取る。


人の流れが、背景でぼやける。


――残したい。


その気持ちが、静かに胸に広がる。


息を整える。


ほんの一瞬の沈黙。


カシャ。


音だけが、はっきりと夜に響く。


「どう?」


「……いいと思います」


少しだけ間を置いて答える。


「見せて」


「あとでです」


カメラを返す。


指先が、ほんの少し触れる。


言葉にはならない沈黙が、そこに落ちる。



再び歩き出す。


提灯の列が、ゆっくりと揺れている。


人の流れの中で、二人は並ぶ。


言葉はない。


けれど、離れない距離。


足音と、遠くの祭り囃子だけが続く。


琴葉は、ふと横を見る。


澪がいる。


同じ光の中に。


同じ夜の中に。


そのことが、なぜか少しだけ特別に感じられる。


提灯の灯りが、二人の影を重ねる。


その影が、ゆっくりと伸びていく。


――まだ、夜は続く。


――まだ、言葉にしていないことも、たくさんある。


そのすべてを含んだまま。


二人は、同じ方向へ歩いていく。


――二人だけの夏祭りが、始まった。


(第五章後編に続く)

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