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第四章 栞堂の夏休み(中編)



夏祭りまで、あと一週間。


商店街は提灯や飾りで賑わい、栞堂の窓にも色紙の輪飾りが揺れていた。


「……ここ、やっぱり曲がってます」


琴葉が見上げる。


「いいじゃん、味があって」


「直します」


「えっ」


琴葉は椅子に乗り、手際よく整えていく。


「店長より修理に厳しい……」


「澪さんが雑なんです」


軽口を交わしながら、いつもの一日が始まる。


朝は琴葉が来て、昼には子どもたちが集まり、夕方は祭りの準備。


琴葉の夏休みは、すっかり栞堂中心になっていた。



昼過ぎ。


「琴葉ちゃーん!」


元気な声とともに、いつもの二人が飛び込んでくる。


「走らない」


「早歩き!」


「同じです」


宿題を広げる二人に、琴葉は淡々と指示を出す。


「読書感想文は自分で書くこと」


「えー!」


「感想は教えられません」


澪が笑う。


「琴葉先生、厳しいね」


「澪さん、修理してください」


「何を?」


「その性格」


「それは無理だなあ」


笑いが広がる。


そんな中、女の子が思い出したように言った。


「浴衣、見たい!」


「今は無理です。祭りの日に」


「今がいい!」


「宿題」


「浴衣!」


押し問答が続く中、澪は楽しそうに見ているだけだ。


そこへ花屋の女性が入ってきた。


「浴衣、どうだった?」


「サイズは大丈夫なんですけど……少しきつくて」


その一言で、子どもたちの視線が集まる。


「琴葉ちゃん、おっぱい大きいんだね」


店内が一瞬静まり返る。


澪は顔を背けて肩を震わせている。


「澪さん」


「……何?」


「笑ってますよね」


「笑ってない」


「絶対笑ってる」


琴葉は強引に話を切り替えた。


「はい、宿題!今日は三ページ!」


「増えた!」


「二ページでいいです。でもちゃんとやること」


花屋の女性は苦笑しながら言う。


「少し直せば大丈夫よ。当日は任せて」


「お願いします」


女性が帰ると、店内はまた穏やかな空気に戻った。



午後三時。


子どもたちが帰り、静かな時間が戻る。


カラン、とベルが鳴り、一人の女性が入ってきた。


手には古びた小さな箱。


「こちらで修理を?」


「はい、見せてください」


箱の中にはオルゴールが入っていた。


ぜんまいは動かず、音も鳴らない。


「十年以上前からです」


澪は丁寧に確認しながら尋ねる。


「修理歴は?」


「ありません」


女性は少し迷ってから話し始めた。


「これ、娘のものなんです」


小学生の頃、父親が買ってきたもの。


毎晩のように鳴らしていたという。


「今度、その娘に子どもが生まれるんです」


だから、この音をもう一度届けたい。


店内が静かになる。


「分かりました」


澪は頷いた。


「直るかは分かりませんが、できる限りやってみます」


女性は安心したように微笑んだ。



女性が帰ったあと。


琴葉はカウンターに近づく。


「見ててもいいですか?」


「いいよ」


澪は工具を並べ、慎重に裏板を外す。


小さな機構が現れる。


「すごい……」


「ここが回って音が鳴る」


澪は状態を確認する。


「油が固まってるのと、部品が少し曲がってる」


琴葉は黙ってその手元を見つめる。


普段の軽い雰囲気とは違う、集中した横顔。


「こういうとき、店長っぽいですね」


「どういう意味?」


「ちゃんとしてるってことです」


「普段は?」


「……言ってません」


二人は少し笑う。


「直したいですね」


「うん」


「娘さんのために」


澪は少し考えてから言った。


「一番は、持ってきた人のためかな」


琴葉は黙る。


「直したいって思って、ここまで持ってきたのはその人だから」


その言葉に、琴葉はオルゴールを見つめた。


物だけじゃない。


そこにある思いも、一緒に残す。


「……すごいですね」


「何が?」


「澪さん」


澪は少し照れたように笑う。


「急にどうしたの」


「なんとなくです」


琴葉は続ける。


「私、まだ栞堂のこと、ちゃんと知らないなって」


「じゃあ、これから知ればいいよ」


「いいんですか?」


「もちろん」


琴葉も小さく笑った。



夕方。


「明日も見ていいですか?」


「いいよ。たぶん音、鳴るかも」


「本当ですか?」


「たぶんね」


琴葉は嬉しそうに頷く。


「絶対来ます」


店を出ると、夕暮れの商店街に提灯が揺れていた。


夏祭りも近い。


でも今は、それとは別の楽しみがある。


止まっていたものが、もう一度動き出す瞬間。


それを、この場所で見たい。


琴葉は栞堂の看板を見上げ、静かに笑った。


――明日も、ここへ来る。


(第四章後編に続く)

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