第38章―7
少なからず、横道に入った話、と想われそうですが。
後々の伏線ということで、ここは緩く見て下さい。
(数話後で想わぬことを引き起こします)
そんな想いをしながら、大河内傳七中将率いる第一海兵師団は先陣を切って、速やかにワルシャワを目指そうとしたのだが、想わぬ足止めを食う事態が頻発した。
「美味くないとは口が裂けても言えぬか。それにこんな歓迎を受けるとは、中国では考えもしなかった」
佐藤少尉はしみじみと言わざるを得なかった。
尚、今や完全に少数派となった中国本土での戦いを経験した面々も、似たようなことを言っていた。
(全くの余談になるが、佐藤少尉を始めとする中国本土での戦いを経験した面々が少数派になっているのは、別に既に多くの者が戦死傷したとかの事情からではない。
それだけ急激に日本海兵隊が拡大して新たな将兵を受け入れた、という事情から来るモノであった。
だからこそ多数派の将兵にとって、佐藤少尉らの想いは、奇異に思われる事態が起きていた)
佐藤少尉は追憶していた。
かつて海軍特別陸戦隊の一員として、上海市街に駐留していた頃、多くの中国人から、自分達は敵意を公然と向けられる存在で、歓迎されることなどアリエナイことだった。
それから数年後、自分達が欧州に赴くことになって、このような歓迎行為を受けるとはな。
佐藤少尉の目の前には、地元のポーランド系の住民、それも若い女性が持ってきた「パンと塩」があった。
言葉がほぼ通じない状況なので、それこそ身振り手振りに意思疎通の多くを頼らねばならない状況なのだが、その為に却って佐藤少尉には印象付けられる事態が起きていた。
「『パンと塩』を来訪者に住民は提供し、そして、来訪者はそのパンをちぎって、それに塩を付けて食べるのが、住民の歓迎を受け入れる意を示すことだとは。そんな習慣がある国があるのだな」
佐藤少尉は想わず独り言を呟いてもいた。
ちなみに提供されているのは、ライ麦を使った黒パンであり、佐藤少尉にしてみれば、馴染みのない味のパンで、本音を言えば、生地には酸味があり、又、堅いパンで、美味しいとは言い難い。
だが、住民から来訪者への歓迎の意を示すモノだと言われては、食べない訳には行かない。
更に言えば、ドイツによる苛酷な統治下で苦しんでいたにも関わらず、このような歓迎行為で自分達を出迎えてくれては、感謝の意を示さない訳には行かないではないか。
佐藤少尉のみならず、多くの日本の海兵隊の将兵は、似たような想い、考えをして、歓迎行為を受け入れることになった。
そして、そのことは微妙に日本海兵隊の進撃速度を遅らせる事態にまで至っていたのだ。
最もポーランド人が、日本人を歓迎したのは、ドイツの占領下から自分達を解放する為に日本軍が来たという事情に加えて、もう一つの事情があった。
言うまでも無いことかもしれないが、ポーランドとロシア(ソ連)は、長年に亘って宿敵と言って良い関係にあり、ポーランド=リトアニア共和国は、ロシア、プロイセン、オーストリアの三国によって分割されて滅亡にまで至ったのだ。
そして、ポーランド人はカトリックが多数派、ロシア人は東方正教徒が多数派、という宗教事情も相まって、その不仲は深刻なモノがあった。
そして、20世紀初頭、ロシア帝国の圧政に苦しんでいたポーランドの人々にとって、日露戦争におけるロシア帝国の敗北は喜ばしいことであり、更にそれが遠因の一つになって、ロシア帝国の崩壊、ポーランドの復興という事態がもたらされたのだ。
更に第一次世界大戦後、対ソ共闘の観点から、ポーランドと日本との間で軍事的協力関係までが、一時はあったと言う事情等があるのだ。
ポーランド人の多くがそういった両国の歴史的関係に想いを馳せたことから、日本海兵隊の将兵はポーランドの地で、多くの住民から歓迎を受けられたのだ。
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