第36章―13
そういった事態がキール軍港においては起きることになったのだが、その一方、デンマーク本土に対して行われたユダヤ人部隊の侵攻作戦は、極めて順調に進捗する事態が起きることになった。
これはある意味では当然のことで。
まず第一に、デンマーク本土を占領下に置いていたドイツ軍部隊だが、精鋭と言える部隊は、既にドイツ本土防衛の為に全て移動済みであり、それこそ治安維持任務に当たる二線級の部隊、保安師団等しか、デンマーク本土には残されていなかったのだ。
更に言えば、デンマークが農業国であったことから、それこそ占領軍であるドイツ軍の将兵は、徴発によって糧食を確保できていたのだが、このことは住民の反発を当然に買うことだったし、それが無くとも、ドイツの軍政下に置かれているというのは、デンマーク人の愛国心を煽ることであり、ユダヤ人部隊が、デンマーク解放の為に進撃して来ると、デンマーク人が積極的にユダヤ人部隊に協力するという事態を引き起こすことになったのだ。
(更に言えば、既述だが、デンマークに在住していたユダヤ人の約9割が、デンマーク人の協力によって、無事にノルウェーやスウェーデンに亡命を果たせていたことも、ユダヤ人部隊にデンマーク人への好感を抱かせることに繋がっており、ある意味では理想的と言える関係をデンマーク人とユダヤ人部隊は結ぶことが出来たのだ)
そうしたことが、ユトランド半島でユダヤ人部隊が容易に進撃できる事態を引き起こすことになり、更には、ユダヤ人部隊が、デンマークの古都オーデンセのあるフュン島へ、続けてデンマークの本来の首都コペンハーゲンのあるシェラン島へ、と容易に進撃を行なえる一助となることになった。
勿論、デンマークに駐留していたドイツ軍の部隊が、こういったユダヤ人部隊の進撃に無抵抗であった訳では無く、それなり以上の抵抗を試みはしたのだが。
ドイツ本土からの補給は途絶し、ドイツ空軍の活動はドイツ本土内に限られつつあり、デンマークにおいては、空を舞うのはユダヤ人部隊に属する航空隊のみ、といっても過言ではない状況とあっては。
更に言えば、ドイツ本土ならば、国民突撃隊と共闘することで、ドイツ軍はそれなりに抗戦することができただろうが、デンマークにおいては、国民突撃隊が編制されるどころか、地元の住民が競うようにユダヤ人部隊と協力しているのが現実とあっては。
デンマーク本土に展開しているドイツ軍の抵抗にも限度がある、というよりも、まともな抵抗さえも困難な事態が引き起こされるのは、どうにもならないことだったのだ。
そう言った状況にあっても、デンマーク本土を防衛するドイツ軍は島しょ部、具体的にはフュン島やシェラン島を固守することで、デンマーク本土の解放を少しでも阻止しようと考えて行動したのだが。
何とも皮肉なことに、対日戦を想定して様々な準備、上陸作戦用の兵器、資材の開発、量産化を進めていた米海兵隊と、(メタい話をすれば、歴史が変わったことから、日本陸軍に代わって上陸作戦の研究を進めることになった)日本海兵隊の協力を、ユダヤ人部隊は得られたことから。
更には英仏日等の連合海軍による航空支援や艦砲射撃による支援まであったことから。
1942年7月中に、それこそシェラン島にまでも、ユダヤ人部隊は進撃を成功させることになり、デンマーク本土の完全解放が為される事態が引き起こされることになったのだ。
相前後してノルウェー本土でも、ノルウェー正統政府の統治下に置かれることになり、ドイツ政府の傀儡政権と言えたクヴィスリング政府は完全崩壊して、クヴィスリングはノルウェー正統政府の虜囚になる事態が起きていた。
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