第36章―9
米内洋六中佐は、ブレーメン市街での戦いを、ぼんやりと思い起こした。
本来ならば、米内中佐はこと細かに思い起こすべきかもしれないが。
それこそ上海での戦いから経験している歴戦の軍人である米内中佐にしても、ぼんやりとしか思い起こしたくない、余り家族、特に子どもらには語りたくない戦闘を経験したのだ。
(何とも皮肉なことに、米内中佐にしてみれば、結果的に補助部隊所属とはいえ、軍人になってしまった妻の久子に、自分の様々な想いをさらけ出せることになって良かったのでは、という想いさえ浮かんだ。
流石に自分ほどでは無いが、久子にしても様々な意味で、血が流れるのを見聞きしているのだ。
だから、皮肉なことに、妻の久子とは軍人としての苦悩を、自分と分かち合える、という想い、考えさえも、米内中佐には浮かんでならなかった)
ブレーメン市街に対して、日本海兵隊が実際に攻撃を開始する前、様々な航空攻撃がブレーメン市街に行われることになった。
日本海軍の空母部隊からは、99式艦爆が急降下爆撃を、97式艦攻が水平爆撃を、ドイツ軍や国民突撃隊が日本海兵隊の攻撃に備えて構築した陣地に対して浴びせることになった。
又、ユダヤ人航空隊も、P38戦闘爆撃機等を駆使して、似たような熾烈な航空攻撃を行なった。
更には日本海兵隊の保有する野戦重砲による事前の砲撃支援もあったのだ。
戦慣れしていない新兵ならば、あれだけの事前攻撃を行なえば、敵、ドイツ軍や国民突撃隊の面々の殆どが既に死傷しただろう、と完全に期待する程の砲爆撃だった。
だが、こういった砲爆撃と言えど、実際にはそんなに戦果を挙げられないのが、何とも皮肉なことに歴戦の軍人である自分には事前に読めてしまうし、実際にその通りだったのだ。
自分は皮肉なことに戦車乗りなので、市街戦では後方支援に徹さざるを得ず、それによって被害を自分や直属の部下達は、そう被らずに済んだが、最前線で戦う海兵(歩兵)達は、それなりでは済まない死傷者を出すのは、止むを得ないでは済まないが、現実の話だった。
だが、それを言えば、ドイツ軍や国民突撃隊の損害の方が、少々では済まなかった。
幾らブレーメン市街の様々な建物等(及びその瓦礫)が、自分達の楯になってくれるとはいえ、更にそれによって善戦できるとはいえ、新たな補給は十二分に届いたとは無い現状があるのだ。
更に言えば、自分達からすれば不十分な砲爆撃だが、そうは言っても、ドイツ軍や国民突撃隊に損害を全く与えないどころか、それなりに心身への打撃を、自分達が攻撃する前に与えているのが現実だ。
そうしたことから、正規のドイツ軍はともかく、国民突撃隊の多くが、僅かな攻撃を受けただけで、士気が崩壊するのも、最前線ではよくあったらしい。
というか、その方が最前線で戦う面々にとっては有難い話だった。
国民突撃隊の多くが、軍服を着ていなかったからだ。
ドイツ国内の物資が不足していたことから、国民突撃隊用の軍服を配給する等は夢のまた夢と言って良く、国民突撃隊の隊員の服装はバラバラだった。
(それこそ法律上では、軍服が配給されることになっていたが、その付則では、国民突撃隊の隊員は、腕章さえ付ければ、戦場で戦えるならば、自由な服装で良いとされていたからだ)
そして、多くの国民突撃隊の隊員が腕章を付けて最前線で戦うことになったが、戦場では相手が腕章を巻いた軍人なのか、単なる民間人なのか、咄嗟に判断するのは極めて困難だ。
従って、最前線の将兵は止むを得ないでは済まないが、そのような状況では軍人かもしれない、と判断すれば、攻撃せざるを得ない。
ともかく、そうした事態に最前線は頭を痛めたのだ。
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