第35章―22
「私ね。戦場がこんなところとは考えずに、志願して此処まで結果的に来たの。後方での補助部隊勤務だから、戦場のことを知らずに済む、と軽く考えていたわ。欧州まで来た後、夫に叱り飛ばされたわ」
米内久子は、カテリーナ・メンデス大尉に対して、マウントを取っていると言えば、取っていることをまずは話し出した。
(これは、久子なりの意地の表れでもあった。
本音からすれば、夫に想いを寄せているカテリーナの手助け等、久子はしたくなかったが。
上官命令ということで、やらざるを得ない立場に、久子は追い込まれていたのだ)
「そうなのですか。私も2年余り前に、ユダヤ人部隊に志願したときには、補助部隊勤務志願だから、最前線で戦うこと等は無い、と軽く考えていました」
久子は独り言を聞いて、と言っていた筈なのに、カテリーナは会話を交わすかのようなことを言った。
久子は、敢えてカテリーナの返答を無視して、更に言い続けた。
「年長者ということ等から、下士官に私はなったわ。そして、欧州に赴いて、色々なことから死んだ部下を私は看取ることになったわ。文字通りに事故や病気で亡くなった者もいれば、後方の飛行場での勤務が基本なのだけど、そうは言っても、ドイツ空軍から空襲を受けたこともあるし、特殊部隊が飛行場襲撃を行なったこともあった。そんなことで、部下は何人も死んでいった。事故死や病死まで含めれば、私の両手の指の数では収まらなくなっているわね」
「そんなに」
カテリーナは、想わず合いの手を入れてしまった。
カテリーナ自身が目を背けていたことではあったが、自分の部下以外の周囲の面々は、何人も亡くなっているのが、カテリーナの周囲の現実だった。
文字通りに戦死したものもいれば、事故死や病死もいる。
だが、カテリーナは、そういった現実から目を背け続けていたのだ。
「そういった現実を踏まえて、私は自分のことを改めて想ったの。これまでも私の周囲の人を、何人も看取って来た。それこそ私の最初の夫や、お腹を痛めた子どもまでね。そのことを、敢えて私は思い出して、部下を失ったことについて、心の傷にかさぶたを無理に貼ろうと考えているの」
久子自身が、そう語りながら、自分は何を言っているのだろう、と考え出しつつあった。
部下の死を必要以上に哀しまず、前を向いて生きなさい、と話しかける筈だったのに。
話す内に、何故か自分の内心を語り聞かせつつある。
そんな想いが内心で渦巻き出しながら、久子は語り続けるのを止められなかった。
「家族や部下が亡くなったら、自分の心が傷つくのは当然、と私は考えるわ。それこそ、相手が親しければ親しい程、心が傷つくことになる。そして、その傷は何れは癒えるかもしれないけど、どうしても傷跡が残るのは避けられないことだ、と私は考えるわ。その傷跡を、周囲に少しでも気付かれないように、綺麗に見せられるようにするのが、精一杯のことなのかも、と私はどうしても考えてしまうの。御免なさいね。私語りばかりしてしまって。それでは、失礼するわ」
久子は、話す内に自分の内心が、どうにも気まずくてならなくなり、カテリーナの傍から速やかに離れることにした。
本当に上官命令に従った行動が出来たのだろうか。
久子は、そんなことまで考えてしまったが、カテリーナの傍から離れながら、それとなく一回、カテリーナの方を見返ってみる限りだが。
カテリーナが、無言で下を向き続けるのでは、と考えていた事前よりも、希望的観測が多々入っているのは否定しないが、上を向きだしたような気がしてならなかった。
そう見て考えた久子は、改めて考えた。
本当に夫を想っているらしい女性を、励ますことになるとは。
どうにも上手く言葉に出来ないと言うか、描けませんでしたが。
次の話にも繋がりますが、久子はそれこそ最初の夫や子を失う等、親しい人を看取って来たのです。
そうしたことが、久子の心を傷つけ、傷跡を刻んでいるのです。
そのことを久子は思い起こして、カテリーナに話をすることになりました。
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