第30章―4
さて、そんな事態が米内仁や藤子の下で起こっている頃、カテリーナ・メンデスは、土産を持って弟のカルロの下を訪ねていた。
「はい、カボチャのブニュエロを持って来たわ」
「ありがとう。やはり、これが無いとハヌカーの気分に、お互いならないね」
「まあね。カボチャのブニュエロとなると、スペイン出身のセファルディム系限定と言った感じになりがちで、セファルディム系ならまだしも、アシュケナージ系の人に食べたい、と言ったら、下手をするとポカーン顔をされるわね。だから、自作したわ。貴方も食べたかったでしょう」
「うん。部隊内というか、自分が所属している歩兵分隊の中で、スペイン出身のセファルディム系は自分しかいないから、幾ら伍長勤務上等兵とはいえ、作ってくれとか、言えないからね。本当に有難いよ」
姉弟は、少し長く語り合った後、仲良くカボチャのブニュエロを頬張って、心から満足したが。
その一方で、今後のことについて、やや深刻な顔をして話し合わざるを得なかった。
「この戦争が終わった後、姉さんはどうするつもり。ユダヤ人部隊の一員だから、英領パレスチナの永住権は貰えるけど、周囲の話を聞く限り、パレスチナの地に赴いたら、アラブ系の人とずっと戦って血を流し続ける気がしてならないよ。僕は戦争はもう嫌なんだ。少しでも平和な中で暮らしたいんだ」
相手が実の姉ということもあり、カルロは率直に愚痴った。
「そうね。私もパレスチナの地に赴く気にはなれないわ。でも、日本に帰ると言うか、赴くと言う訳にも行きそうにない。妹のアンナが日本人と結婚して、日本人に成っているから、その縁を頼れないことも無いけど、どうにも気が引けるし、日本政府は、本音では日本からユダヤ人を追い出そうとしているようだし。かと言って、日本政府が勧めている満州に、自分達が行くというのもね」
カテリーナは、弟に其処まで言った後、声を潜めて言った。
「ちょっと耳寄りな話を聞いたの」
「一体、どんな話」
カルロには、ピンとくるモノがあって、自分もささやき返した。
ある国というか、ある勢力がユダヤ人の協力を求めているという噂が、自分達の下に流れている。
姉の話は、それに関することではないだろうか。
「スペインのフランコ将軍が、兵を集めて、スペインの解放を図ろうとしているらしいわ。そして、それに協力、参加してくれたら、参加した兵達には、スペインの永住権を与えてくれるとか。パレスチナよりも、スペインの方に住みたい、と私は考えるのだけど、どう」
カテリーナは、魔女が悪事へと誘うかのような口ぶりで、弟を誘った。
カルロは、姉の言葉を聞いて想った。
姉は、戦場で生き延びる内に、魔女になったのではないだろうか。
敬虔なユダヤ教徒である姉が、魔女になる筈はないのだが、姉の口調が魔女の誘いに聞こえる。
そして、自分なりに考えるならば。
姉と似た話どころか、同じような話、噂も自分は聞かされていて、自分達の先祖の出身地ということもあり、そこに住めるというのに、自分は魅力を覚えてならない。
姉がその誘いに乗るならば、自分も乗ってみるべきかも。
「姉さんが、本気で参加するつもりならば、僕も参加するよ」
「そう言ってくれる、と想ったわ」
弟の言葉に、姉は微笑んで言った。
「最もすぐに、という訳には行かないわ。この世界大戦が終わってから、スペインに赴くことになるでしょうね。英国が私達、ユダヤ人部隊を戦争終結前に手放す訳が無いから。でも、戦後に失業者になって、パレスチナに赴くよりも、スペインに赴いた方が良いと思わない」
「うん。僕もそう考えるよ。周囲に、そう話して仲間を増やそうよ」
「そうね」
姉弟は、意気投合した。
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