第30章―2
実際、米内洋六中佐程には詳細を把握できなかったが、その妻である米内久子の下にも。
ドイツ軍の侵攻にも関わらず、敢えてベネルクス三国本土内に止まったユダヤ人は、ほぼ絶滅させられてしまったようだ。
更には、ドイツ軍の占領下に置かれていたフランス本土でも、ほぼ同様の事態が引き起こされてしまっていたようだ、という情報、噂が久子の耳に届くようになっていた。
久子が居るのは、ブルターニュ半島のブレスト近郊のままという状況に、1941年末にはあった。
だから、何とも皮肉なことに、(この世界の)ドイツ軍の対仏等への侵攻作戦発動から逃れることを決断したものの、それこそ満州国にさえも受け入れ拒否をされたドイツ系ユダヤ人を主な面々とするユダヤ人の難民が建設したキャンプは、近くにあるままと言っても過言では無かった。
その為に、従前からの関係、それこそほぼ1年前に行われた日本海軍の女性補助部隊と、ユダヤ人難民との交流から始まった関係が、お互いに何とも切り難いままで、続いていたのが現実だった。
だから、久子とアンネ・フランクが、お互いに怪しい単語が入り混じった代物ではあるものの、気軽に話し合う関係が、何時か築かれて、1941年末になっても関係が維持されていたのだが。
1941年末のある日、久子は、アンネが昏い顔をして、色々と考えているのが目に入った。
久子は、何事があったのだろう、それこそオランダ本土は、間もなく完全に英仏日等の連合軍によって解放される、という情報、噂が流れているのに、と考えざるを得なかった。
更に久子なりに考えれば、ヒトラー総統率いるドイツ政府の崩壊は、来年中には起きるという情報、噂が公然と流れつつあり、自分もそれが正しい、と考える現状にある。
アンネは、間もなくアムステルダムの住居、仮に其処が戦禍で壊されていても、それなり以上の配慮をオランダ政府も参画している英仏日等の連合軍はするだろうから、そう問題も無く、本来の住居か、その近くに帰還できるだろうに、そう久子は考えた。
だから、気軽に久子はアンネに声を掛けて、アンネを元気付けようとした。
「オランダ全土が、間もなく完全解放されるようよ。もうすぐ、元の住居に還れるわね。仮に戦禍で元の住居が壊されていても、きっと近くに住めるように配慮されるわ。だから、来年の前半には、元の住居か、その近くに還れるわね」
そこまで言ったが、アンネは黙って首を横に振り、昏い顔のままだった。
それを見た久子は、何故にアンネが昏い顔のままなのか、疑念を覚えたが。
アンネの方から事情を明かした。
「ベネルクス三国やフランスの各本土内では、ドイツ軍の侵攻からの避難を決断しなかったユダヤ人は殆ど殺戮されたとか。更にその殺戮に近隣住民が加担した、という噂が流れています。そんな風に近隣住民から殺意を向けられる場に還って良いのか、と私には怖くてなりません」
アンネはそう言って、久子は胸を衝かれる事態が起きた。
久子なりに噂を聞いて、考える限り、アンネの考えは杞憂とは言い難かった。
ユダヤ人迫害に、その住居近くに住んでいた近隣住民の多くが加担した結果、残っていたユダヤ人は、ほぼ絶滅させられた、と言っても過言ではない事態が起きている。
アンネの言葉を聞いて、久子は黙ってアンネの言葉を傾聴せざるを得なかった。
アンネは更に言い募った。
「何処かの平和の地に私達ユダヤ人は安心して住みたいものです。でも、本当に何処に行けばよいのですか。パレスチナの地も平和の地には程遠いと聞きますし」
久子は、
「確かにそうらしいわね」
と余りにも重い現実に手短に言って、無言でアンネにひたすら寄り添うしか無かった。
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