番外編 ある初夏の日のできごと。
続きじゃなくてすみません。アトリエゆずはらに置いていた拍手小話です。
春分の祭りが過ぎて、初夏の緑の祭りも終わった。
「明日は、森に薬草を摘みに行くわ。畑や家のこと、頼めるかしら」
夜、ユーラはガイリスに声をかけた。
「はい、ですが……森はまだ、危ないのじゃ?」
「そんなに奥には入らないわ。日の当たる所じゃないと、見つからないものが多いもの。
スミレはまだ咲いているかしら。うつぼ草を結構使ってしまったから、あれば良いけど……」
「ご主人さま。何だったら、一日のんびりして来て下さい。春先に村で流行り病があって、その後も体調を崩した村人に、薬を作り続けていたでしょう。
ずっと働きづめでしたし……ちょっとしたお弁当を作りますよ」
「でも……」
「大丈夫ですよ。俺もちょっとは、薬草に詳しくなりました。誰か来ても、間違えずに渡せます」
ユーラはガイリスを見つめ、ほほ笑んだ。
「そうね。がんばってたものね、ガイリス。わかったわ。昼過ぎまで、のんびりさせてもらう」
* * *
「シダと、うつぼ草と……あ、いちご!」
ぱっと顔を輝かせ、ユーラは赤い実をつまんだ。
「ふふ、美味しい」
「で、俺たち何をしてるのよ……」
少し離れた所では、紫忌がその様子を眺めていた。
「決まっています。見守っているんです」
樹の影に隠れながら、ガイリスがきっぱりと言う。
「こんなことするんなら、堂々と一緒に行きゃあ良かっただろうに」
「それだとご主人さまが、気を使ってしまされるじゃないですか……あ、笑った。自然な笑顔! すばらしい!」
「主人バカ……いや、従者バカか、この場合」
げんなりした顔で紫忌が言う。たまたま訪ねたところをとっつかまって、問答無用で連れて来られた。あれ、俺って確か、この小僧より高位じゃなかったっけ?
ちなみにユーラの家では今、アルシナが留守番をしている。
薬をもらいに来た村人はみな、半獣族の女戦士にぎろりと睨まれ、おびえながら逃げ帰った。
「おかわいらしいです、ご主人さま~~~!」
いちごを食べるユーラに、ガイリスが悶えている。
「俺が来る意味あるのか?」
「妖獣が出たらお願いします」
「あ~、おまえじゃ役に立たないしな……まあ良いけど」
そう言いざま、紫忌は短剣を投げた。怪しげな動きをしていた茂みが沈黙する。
「さすがです、男爵さま」
「おまえに言われても、うれしくねえよ」
むっつりしながら、抜いた剣を一閃する。忍び寄ろうとしていた妖獣が、半分になってどさりと落ちた。
「妖獣よけの香は持たせてるんだよな?」
「はい、一応」
「それでも寄って来るって何なのよ。お嬢ちゃんの力増してねえ? それ嗅ぎつけてんじゃないの、こいつら?」
どさ。がす。ぼくっ。
最後のぼくっ、は、手で殴った音だ。
「伯爵さまとの事があってから、能力が強くなったみたいです」
「そうかよ……、向こうに行ってくるわ」
ざんざか妖獣を倒しつつ、紫忌はユーラの安全を律儀に守った。
* * *
「ほう。そのような休みが取れたのか」
夜、やってきた氷玉は、ユーラから話を聞いて微笑んだ。
「のんびりできたわ。ガイリスのお弁当も美味しかったし」
うれしげに話すユーラ。
「妖獣が最近、出るって聞いていたから、緊張はしたのだけれど」
「あ~、当分は安全よ。あの森」
紫忌が言った。
「そうなの?」
「そうですね。妖獣よけの香もありますし」
ガイリスが言う。
「あ、わたし、やらなきゃならない作業があるの。昼間のんびりしちゃったから……」
「良い。そろそろ退出しよう」
そう言うと氷玉は紫忌を連れ、ユーラの家を辞した。
「それで?」
「ちゃんと退治しました。しまくりました。くたびれましたよ、俺は」
外に出てから目線で詳しく話せと言われた紫忌は、肩をすくめて答えた。
「あの辺り一帯のそれらしい巣は、念の為全部つぶしときましたよ」
「わたしが昼間、動けるのならば、姫の為に働けたのだがな」
どこか残念そうな顔をして、氷玉が言う。紫忌は息をついた。
「兄上の代わりは、俺がちゃんとしときましたから。にしても、小僧が使えない、使えない。お嬢ちゃんが笑ったーとか何とか言って、ひたすら見てるだけで……」
「笑った?」
ひやり。
なぜか周囲の気温が下がった。
「え、あ、ええ、兄上。のんびりできたみたいで、楽しそうに笑っ……」
「そのほうら、その笑顔を見たのか……?」
「え、」
「くつろいでいる姫の、貴重な笑顔を……そのほうら、見た、のか?」
ごごごごご。
何かが氷玉の背後から噴き上がっている。
「や、見たと言うかですね? 俺は、その、退治をしていてですね?」
「見たのだな。わたしは、昼間は動けない。
くつろいでいる姫の姿など、見たくとも見れないと言うのに……っ」
「いやだから兄上……うをえ!? こ、凍ってます凍ってますいろんなものが、お、俺を見ないでえええええええ!?」
翌日。
家の周囲になぜか雪や氷が積もっているのに、首をかしげるユーラがいた。
「変ね? また寒さがぶり返したのかしら」
「あ~……」
優れた聴力で、昨夜の騒ぎに気づいていたガイリスは、遠いまなざしになった。
「男爵さまが何とか逃げられて、良かったですよ」
「紫忌が? ああ。半分は人間ですもの、寒いと困るわよね。氷玉はどうだったのかしら」
「伯爵さまなら大丈夫です」
「そう?」
* * *
「うおおおお、凍りつくかと思ったああああ」
「ご無事で何よりです、わが君。すばらしい逃げ足でした」
「ちょ、青雅! もうちょっといたわってくれよ! 俺は兄上のために、がんばって森の獣退治したんだぞ。
なのにひどくないか、この仕打ち!」
「われらは、独占欲の強い種族にございますれば。わが君のうかつな言動が、全ての原因かと」
「がんばったのに。俺、がんばったのに~!」
紫忌が一人で気の毒だった、という日常のひとこまでした。