仮初
三傑アズール代表、ネバー・ゼントン。
最初に登場した際は「ネバネバした男と覚えてください」と言っていた人だ。おそらく名前をよく忘れられるのだろう。
実際、僕も忘れていた。少しでも覚えてもらえるよう、彼なりにインパクトのある言い回しだったのかもしれない。
親しみやすい話し方と、どこか人見知りのような彼は、仕事を終えると早々に退場した。空間を操る魔法を使うようで、それは僕の予想を軽々と凌駕するものだったといえる。
三傑カイゼン代表の魔具によって取り込んだ車両を空間を使い盗み、さらには返却する離れ業をやってのけた。
こちらも戦闘などしようものなら即殺である。
僕の勝てる相手ではない。
そんな魔法師は今、貴族科寮のとある一部屋に立っていた。僕の部屋に……いた。
「お忙しい中、申し訳ない。どうしてもお話をさせてほしくて、よろしいだろうか」
最初に見た時と同様に、ベージュのジャケットと白のシャツ、やや長めの黒のズボンをはいている。皺のない綺麗なものだ。
髪も無難に整えられているし、身だしなみには人一倍気を使うひとなのかもしれない。経験上、人見知りの人は自身の服が他人にどう見られているか気にする人が多い。
僕としては彼と話すネタはない。殺される理由もないし、無難に聞いても差し支えないだろう。
「アズールを代表する三傑からお声がけいただけるなんて、光栄です」
「いや! そんな畏まらないでくれ。私なんかでは到底ありえない役職についたものだと思っているから」
「そんなことありませんよ。空間を操る魔法なんて聞いたことがありません。普通の人間ならお会いすることすら叶わない貴方にお会いできた。とても幸運なことだと思っています」
「そ、そう言ってもらえると助かるよ。照れてしまうね……!」
目を左右に高速で動かしながら「ハハハ……」と半笑いする三傑。とても強そうには見えないものだ。ものすごく人の良さそうな、つい人助けをして詐欺にあってそうな人である。ギャップもあって、ある意味ではアズールらしい人選といえる。
――ただし、演技の可能性も否定はできない。
今見ている彼は、その全てが偽物であると。
「ところで、僕に何かご用でも? 三傑のお手を煩わせることをしたでしょうか」
「いやいや、そんな大したことではないよ。気を遣わて申し訳ない」
ペコリと頭を下げる、ネバー・ゼントン。
「カイゼン代表とは知り合いなのか?」
頭を下げたまま、不意の言葉を刺された。
そのままゆっくりと顔を上げて、ニコリと笑う。……どうにも、本湖の橋で彼と話したことはバレているようだ。
ここで言い訳をしては逆効果だ。また、時間をかけるのも悪手。素直に返そう。ただし、古代については伏せておく。
「図書館にいたら本たちから呼ばれまして。出ていくと三傑が待っていました」
「正直だね。こちらとしても変に取り繕うより助かるよ。どんな話をしたんだい?」
「先日の『初めて会った時から、僕のことが気になっていた』ようです」
「……ぇ」
え、ぇぇ、ぉ、と小さく返す三傑。
そして目を泳がす。
小さな声で「男同士のズッコンバッコン」と言っている。意味がわからない。
僕は何か、変なことを言っただろうか。
「そ、そうか。うん、あぁ、なるほど?」
「どうかしましたか」
「いや! 別に、大丈夫さ。うん、あぁ、えっと、そう言われて、キミはどう返したのかな」
「素直に『僕も気になっていた』と言いました」
数歩下がる三傑。
両手を前に突き出して、ハハハと半笑い。
「私は違うぞ。そっちじゃない」
「言っている意味がわからないのですが……」
「ほ、本が三傑カイゼン代表の頭をガジガジしていたのがあったね! 血も出ていた。結構痛かったんじゃないかな。その、あれはどういう意味だったのかな?」
「彼が『それを望んでいた』んです」
「……凌辱も可能なのか……!」
この人はさっきから何を言っているんだ。
話の方向性が明らかに変な方向へといっている。ただ、こちらとしても古代について深堀りされると厄介だ。面倒だけど、このまま進めていこう。
「後は本湖について軽く話して、また会おうと言って去っていかれました」
「また、会うのか……! ど、どこで会う予定なんだい?」
「それは向こう側から勝手に来ると思います。僕からは連絡手段をもたないので」
「キ、キミはそれで言いのかい! 今度会ったら何をされるか」
「別に大丈夫かと。どの道、僕が抗ってもどうにもなりませんよ」
「ほほぅ!」
「淡々と状況を受け入れて、身を任せるしかありません」
「ほほほぅ! ……受け、か。悪くない」
本当に何を言っているんだ。名前の通り頭の中はネバネバなのかもしれない。
これ以上は話すことはないですよ、と言うとネバー・ゼントンは納得したように深く頷く。間違った方向に納得されていたら嫌だな……。
「ありがとう、いい収穫だったよ。ところで、ジン王子についてはどう思う? 随分とキミとは仲の良い関係と聞いているよ」
「僕も不思議なのですが、どうにも妙な縁がありまして。身分不相応だと心から思っています」
「謙虚だね。そして多才だ。ジン・フォン・ティック・アズールのお眼鏡に叶ったのも頷けるよ……。……ん?」
ふっとあることを思いついたのか、目をパチパチさせるネバーさん。
そしてカッと見開いて「既に二人はその関係なのか……!」とブツブツ言っている。たぶんだけど、物凄く間違った方向へ思考を巡らせているようだ。さっさと帰ってもらおう。
「そろそろ休憩したいのですが」
「あ、そうだね! ごめんね、変なことを聞いて」
「いえ、大丈夫ですよ」
声色が変わった。
「――仮初の平和に興味はあるかい?」
……この人はさっきから聞くことしかしていない。たまにいる、自分のことは話さず相手にただひたすら質問をぶつけて「会話をしている」と思っているタイプだ。
そのため、当たり障りのないことを言って相手を適度に満足させればいいと考えていた。
どうにも、こっちが本命のようだ。明らかに顔と表情を変えた。
先ほどとは違い、自分の中で理念をもっているから軸がぶれていない。それゆえ表情や声も一貫性を保てる。
人は、想定外なことには右往左往したり多少テンパるものだけど、自分の中に深く刻まれているものを話すときは堂々とするものだ。特に人見知りのような人にはその傾向が顕著に出ると思う。
普段から人と話すのを苦手とするなら、何度でも自問自答を繰り返し、思考を練り固めるものだから。この人の場合は……。
「もっとね、人は平和の意味を考えないといけない」
「話が脱線していますよ、三傑アズール代表」
「そうだね、だから直ぐに終わらせようか。キミは今の日常を平和と思うかい」
「平和の定義については置いといて、この日常は尊いものだと思っています。なので、平和であり続けたいと考えています」
「仮初の平和に溺れてはいけないよ」
……。
「ネバーさんにとっては、今のアズールは仮初の平和なのですか」
「うん、そう思っている。人はもっと愛を知るべきだ。特にジン王子はね。半年前に三傑になってから余計そう思えたよ」
「……半年前? 最近ですね」
「しばらく『三傑は不在だった』のだ」
……ミュウからは休職していたと聞いている。
つまり、前の三傑アズール代表は休職していて、半年前にネバー・ゼントンが新三傑になったということか。前の三傑は今は何をしているのだろうか。
「あぁ、この情報開示はよくないね。これ以上の会話は規律違反だ。私はやっぱり駄目だ。これも愛の少なさゆえだ。それはジン王子も同じかな。彼は本当の意味での愛を知らない。もっと深く愛を体験するべきだよ」
パキリ、と割れる音と一緒に空間に亀裂が入る。
亀裂は徐々に大きくなって、大人一人分のほどになる。ネバー・ゼントンは視線を床に落とし、悲しそうな表情をしながら愛の深さを如実に語る。
「私はアズールを愛している。どうしようもなく愛している。ただし、周りはそこまで愛を知らないようだ。嘆かわしいとすら思う。もっと……人は愛する人をもって然るべきだよ」
「ネバーさんにも愛する人が?」
「当然さ、私はアズールに住む皆を愛している。ただ、これ以上は駄目だね。聞き役に徹するというのは難しいな。我慢のできない男だ。申し訳ない、ここらで退出させてもらっていいかな」
「謝らないでください。また何かあればお越しください。ただ、今度は突然じゃなくて普通に来てもらえると助かります」
「ありがとう。善処するよ」
そう言って、三傑アズール代表ことネバー・ゼントンは空間の歪みへ入っていった。
砕け散った空間の破片はルカの粒子となって消えていく。残されたのは僕だけで、部屋にはいやな静けさだけが残っていた。
お湯を沸かして、紅茶を用意してから椅子に座り一息つく。
外を見れば貴族科御用達の庭が広がり、奥には貴族科の校舎が見えている。いつも見ても綺麗であり、庭師や清掃の方々のご尽力のおかげだ。クロネアへのお土産を全員に渡した際には皆一様に喜んでいた。貴族からのお土産なんて生まれて初めてだと驚いてもいた。
たぶん、こういうところは前世の記憶が役に立っている。
彼らはきっとアズールを好きだし、僕もそうだ。この国にいる人は魔法を愛しており、日常生活に欠かせないものとなっている。
「歪な愛国者か……」
そういう人の中には、愛国精神の強い人もいるだろう。
最初はただの人見知りで勘違いしやすい変な人だと思っていたけれど、最後の最後に少しだけ本性を見せてくれた気もした。
良い意味でも悪い意味でも、彼なりの筋はあるようだ。ただ流されるだけの人でないのなら、それはアズールにとって良い結果になると思われる。
『――仮初の平和に興味はあるかい?』
最初からわかっていたことだ。
普通の人間に、アズール代表など務まらない。
ただの人見知りでもなれるのならば、この国はとっくに崩壊している。
ネバー・ゼントン。
どうにも、名前の通りその粘りは、深く彼の思考に纏わりつき、粘着しているようである。
カイゼン三傑もいるこの王都にて、何も起こらないことを願うばかりだ。また、前の三傑アズール代表は……今は何をしているのだろう。いや、違うな。
そもそも生きているのだろうか。
もし前任者が愛国心を失っていたら、ネバー・ゼントンは……黙っているだろうか。
「ううん、暗い話は止めよう!」
これ以上はわからない。どれだけ考えても答えは出ないだろう。なら、楽しい話へ移行したい。「明日の作戦」を考えるとしよう。よいしょとパンフレットを手にとって、開封する。
「喜んでくれると嬉しいな」
明日はモモと、美術館へ行くのだ。




