サイリスの逆鱗
思っていたよりも常識人で、節度もあり、なんなら「良い人なのかも」と思えた三傑カイゼン代表。
もう少し彼と話して古代について知見を深めたかったけれど、早々に切り上げて去っていった。帰り際、彼からはこう言われている。
『いやぁ、ここからの景色は最高に幻想的で、正直に言うと何度でも見たいものだよ。でも、「底からは嫌な予感もする」な。古代魔具がさっきから騒いでいるから間違いない。だから申し訳ないけど、ここへはもう来ないかな。違う場所で、キミとまた会えたら幸いだ』
ステラさんの言っていた「ありとあらゆる魔法による干渉を拒絶するあの場所」も、魔法ではなく魔具ならば違ったようだ。
さすがにあそこを作った二代目アズール王も、魔法以外は専門外のはず。しかも古代魔具ときた。あの場所を探知されたのは仕方ないと思う。
そう思いながら「無事に生き残って帰れました」とステラさんに報告するため、再び彼女のもとへ。きっと心配しているだろうから、早めに知らせたい。あちら側から手に入れた情報も共有して、真意を探りたいところである。
そう思って彼女のもとへ向かうと、荒れ狂う嵐が目の前で展開されていた。
文字通り嵐という名のトルネードが轟々とうねりながら巻き起こり、周囲の本たちはなすすべなく吹き飛んでいる。必死に逃げようとしている本もいるけれど、徐々に力尽きて嵐の方へ飛んでいく。
中心にいたのは、久しぶりにいた二人。
一人はルカの君ことビブリオテカであり、もう一人は二代目アズール王ことサイリス・フォン・ファーク・アズールである。そしてステラ・マーカーソン。
どうにも、女性二人によって初老の男を封じ込めているようであった。
「何故に邪魔をする! 古代魔具だぞ、ルカの根底に関する重要な手がかりが歩いているのだぞ!」
「下の下……! いかに重要であろうと接触は厳禁であることが何故わからないのですか!」
「状況次第では民に危険が及ぶかもしれない行為を、元女王として見過ごすことは出来ません!」
「愚か者どもめが! 万象一切を殴り捨ててでも未知への探求こそが絶対真理であると古来より決まっておる! 何故わからんのだ! “増長する乱雑裂”……!」
ピシィ……、と「嵐そのもの」に光る亀裂が入ると、トルネードが亀裂から複数に単独分離して独自の嵐を構築し始めた。
単体の攻撃系統の自然魔法を乱雑に分散し、それぞれを一気に急成長させて周囲への被害を拡大させる自然魔法だ。
この騒ぎに乗じてアレン・ライナーを追従する魂胆なのだろう。
ステラさんとサイリス様はそれを必死に食い止めようと奮起しているようだ。相も変わらずルカに対する熱心さと執着には頭が下がる思いである。上級・自然魔法……。
「“瞼閉じれば風も去る”」
瞼を一回閉じて、開ける。
すると、僕の前にあった嵐は一瞬で消えた。先ほどまでの吹き荒れていた嵐は嘘のように消失する。
風系統の自然魔法に対抗するために考案された魔法であり、視界に映る風を消し去る魔法だ。ただし、あくまでも視界に映るだけの魔法という範囲限定と、一度だけなので相手側がもう一度発動すれば意味はない。ここぞという時に使う魔法とされている。なお、オシャレな魔法名ということもあり人気も高い魔法である。
「おおっ、あぁ……!?」
「こんにちは、ビブリオテカ」
「おおぉ! 蒼くんじゃないか、久しぶりだね! 良い所に来た。古代魔具の所有者と接触したそうじゃないか。是非その話を」
「もう帰られましたし、ここへは二度と来ないそうです」
「……え」
固まる初老。目をパチパチさせて「ど、どうして……」と小刻みに揺れる。
簡単にアレン・ライナーとの話をし、去り際にここへは来ないと言っていたのを伝える。どうにも、三傑カイゼン代表は薄々気づかれているようである。得体のしれない何かがいると。
おそらく、古代魔具が関係している。
僕と同様に、いやそれ以上に、彼は自身の魔具について熟知しているようだった。魔具を通してルカの君ことビブリオテカの存在に感づいていたのかもしれない。
「となれば、なおさら接触すべきだろう! この場所を外部の者に知られたとあっては我々の沽券に関わるものだ。仕方がない、仕方がないが、あぁまったく仕方がないが、急ぎ彼のもとへ……! うっふ!」
「――“ジャラン”」
キィン――と、心地よい音がして。
ビブリオテカの首が鮮やかに舞う。
ヒュルヒュルと落ちてきた首を片手でキャッチするサイリス様。眉間はピクピクと痙攣し、血管も浮き出ている。賢王と称される素晴らしい方であると同時に、首斬り女帝とも揶揄された恐ろしい存在だ。
彼女は、身内には容赦がない。それは僕も知っている。父親であろうとも部下であろうとも、彼女の首斬りには一切のためらいがないのである。それは、目の前の初老に対しても当てはまる。何百年も一緒にいるのだ、既に彼女にとっては大事な身内である。
そう、身内なのだ。
首斬りの対象である。とうの昔に首はマーキング済みだろうか。
声の質は別人のものであり、温度で例えるなら氷点下十度といったところであった。
「既にぃ、やることはぁ、終わっているとぉ、判断できましょうか」
「ま、待ちたまえサイリス! 終わってなどいない。むしろ始まりとも言えるもので」
「しかもぉ、ここにいる本たちを傷つけましたね」
「あ、そ、れは……」
先ほどの嵐のせいで、多くの本たちが巻き込まれた形となる。中にはページが大きく裂けているものもあった。シクシクと泣いているようなリアクションをしている本もいる。
ここは本来、サイリス様がビブリオテカのために用意した図書館だ。彼の知識欲に応えるために、もっと人を知ってもらうために建造された世界最大の魔法図書館。今も毎日のように新たな本が図書館へ収蔵されていく。
大切な場所のはず。
サイリス様も並々ならぬ想いがあるはず。
そこにいる本たちを無視して、独断専行をしようとしている。正直、僕も怒ろうと思っていたけれど、それは止めておこう。ステラさんから肩に手を置かれて「逃げるよ、青少年」と目で合図される。
この状態になった時の二代目アズール王は、優しさをゴミ箱へ捨てて修羅と化すのだそうだ。以前ステラさんから聞いていたけど、実際に見るのは初めてだった。
「一冊残らず修復させなさい。星の数ほど斬首されたいのですか?」
「でも」
「は? ……はぁぁぁあぁぁああぁ? あ゛ぁ?」
「……わかった。わかりました」
「よろしい」
うん、さすがは元女王だ。
頼もしい限りである。
◇
あれから、怯えながら本を丁寧に修復していくビブリオテカをじっと監視するサイリス様の姿があった。
普段は主導権を初老に委ねているそうだけど、危険ラインに達した時のみ修羅サイリス様が降臨されるとのこと。滅多にないそうなので、ある意味貴重なシーンを見れたということでもある。
ビブリオテカも途中から我に返ったのか、一冊ずつ本に謝罪していた。彼にとって本は一心同体のようなものだ。我を忘れて、それを傷つけたことに対する責任を(遅れながらではあるけれど)痛感しているようだった。
後は任せてほしいと、サイリス様とステラさんから言われたので、図書館を出て貴族科の寮へと足を向ける。
なんだか、ここ最近は濃い毎日が続くものだ。少し休憩をしたいところである。空に浮かぶローゼ島へ戻り、そのまま寮へ向かう。
「……うーん」
少しだけ、ビブリオテカに違和感を覚える。
彼はルカの根源を知ったはずだ。僕は知らないけれど、二人で根源星層に到達し星について数多の知識を得たはずだ。
にも関わらず、何故、あそこまで古代魔具について聞きたそうにしていたのか。
古代についても知っているはずだ。まず現れない所有者だから話をしておきたかったのか。いや、彼は所有者には興味を持たず、古代にのみ執着する。
となれば、古代魔具をその目で見てみたかったのか。となれば矛盾も生まれる。彼は先刻、こう言っていた。
『何故に邪魔をする! 古代魔具だぞ、ルカの根底に関する重要な手がかりが歩いているのだぞ!』
ルカの根底に関する重要な手がかり……。
彼すら知らない領域がある?
どうにも、機会を見てビブリオテカとは話を設けたいところだ。何か、僕の認識とは違うことになっている気もする。
とりあえず、今日は読書をしてから休もう。
最近、満足に本も読めなかったので活字中毒の身としては思いっきり本の世界に浸かりたいのだ。そうだなぁ、今日は推理小説を読みたい気分だ。どっぷりと、めくるめく殺人事件の世界へ旅立つとしよう。
出来たら犯人を当てたいものだ。
そう上手くはいかないけれど、頑張って当ててみよう……!
寮の部屋の扉を開ける。
「おかえり」
三傑アズール代表が立っていた。




