フランチェスカ美術館
フランチェスカ美術館。
ローゼ島から陣形魔法で移動し、空船を二つほど渡って行ける場所にある。地理的には王都の東北に位置する場所だ。クローデリア大陸から集められた芸術作品を展示しており、アズール最大の美術館とされている。
建物は「Mの字型」の構造をしていて、直ぐ後ろには「千の滝」もあり、そこから眺められる美しい景観も魅力の一つとされている。
収蔵品は約百四十万点で、そのうち約二十一万点を常設的に展示している。アズール図書館ほどではないが結構な広さを誇り、全ての展示品を眺めると一年はかかる計算になるという。観光地としても有名だ。年中ここを訪れる都民も多い。
たしか、アズール学校の普通科ではここを志望する学生も多いと聞いている。職員採用試験は熾烈を極め、特に知識に関しては筆記試験で容赦なく落とされるという。
また、定期的にイベントも開催してくれていて、ここ数か月は「世界の絵画展」となっている。アズール、クロネア、カイゼンの著名な画家の作品を展示しており、以前からモモはここに行きたいと鼻息を荒くしていた。
ローゼ島の喫茶店ロギリアのマスターことゴードさんのご厚意で、チケットを手に入れた僕は早速モモを誘うことに。二つ返事で了解を得て、今日は二人で美術館巡りをすることになったのだ。
特別展示室の方へ進んでいき、中へ入ると遠くを見渡せるほどの大広間に出くわす。地面には薄く光る陣が形成されていて、皆そこを踏んで中へ進んでいくようだ。
フワフワと、ルカで構成された文字が陣の上空を泳いでいる。「アズール」と書かれていた。
「ここはアズールの絵画を展示しているってことかな?」
「そのようね。なら、クロネアとカイゼンは別の場所にあるということでしょう」
チケットの裏を見ると、注意書きで『陣の上に乗って国名を言ってください』と書かれていた。モモと二人で見合って、チケット通りに二人で「カイゼン」と言う。瞬間、眼前に映っていた光景はヒュンと消えて、別の大広間へと姿を変える。
「同じ広さの部屋を三つ用意して、それぞれ三国の絵画を展示していると思うの」
「一つの大広間にまとめたらいいのに……」
「見栄というものね。観光客には人気のようだし」
実際、クロネア人も思わしき人たちは手を取り合って興奮気味に「できた!」と言っていた。そして興奮冷めやらぬ間に「アズール!」と言って消えていく。
クロネア人やカイゼン人は魔法を発動できない。そのため、擬似的にしろ魔法を体験できたのは心から嬉しいだろう。もし僕があちらの立場ならそうしている。
そう思っていたら、むんずと手を掴まれ、見ると笑顔いっぱいの令嬢がそこに。
「時間は有限! さぁ、行きましょうか!」
それからは二人で三国の絵画を堪能する。さすが画家志望ということもあって、モモの知識量は僕とは比較にならなかった。絵を見ながら当時の時代や流行り、思想や色使いを教えてもらえる。
アズールはイメージや発想中心で、クロネアは緻密な技巧や細部の細かい描写中心、カイゼンは生死の煌めき、一生の光など、刹那的描写中心となっていた。もちろん時代によって移り変わりはあるものの、大まかな傾向としてはそれである。
個人的にはアズールのものにどうしても好印象を受けてしまう。自由な発想を専売特許としている我々なので、それは絵画にもいかんなく発揮されていた。
海の色を紫と緑だけで表現していた絵は、中々に斬新で面白かった。また、人の嘆きを橙と青でぼんやりと描く、いわゆるスフマート技法で表現していたものもあれば、光そのものを紙を千切って細かく貼って表現するちぎり絵を用いていたのも面白い。
単に絵を描くだけでも、多種多様な技がある。魔法を使っているものもあれば、使わずに表現しているものもあった。どちらかといえば、不使用のものを多く展示している。
絵となれば後世にも残されるので、当時のものは魔法効果として消えている場合がほとんどだ。むしろ残っているのは、その名残としてあるに過ぎない。
一通り館内を歩き、さすがに疲れたので近くでお茶をすることに。モモは全然飽きたらないようであり、この紅茶を終えれば第二陣に行く構えだ。こうなることは想定済みなので、頑張ってモモについていこうと思う。
その前に、昨日の出来事を彼女に話すことにした。三傑のお二方とのお話だ。最初は驚いていたものの、次第に頭を切り替えてくれたのかコップをコツコツと優しく叩きながら考える。
「古代魔具……! 驚きを通り越して呆れるわ。シルドくん、まだ半年あるけれど、今年は相当な出来事が続きそうね」
「うん、まさか人生おいて三傑全員と接触することになるとは思わなかったよ」
クロネア代表、レイヴン・バザードも入れたら三傑をコンプリートしている。中々あるものではないだろう。三傑全員とお話しできたのは超貴重と言わざるを得ない。
半年後は実家に帰省するので、その時にユミ姉とイヴに話そうかな。特に妹は悔しがるだろう。ふふん、自慢してやるのが今から楽しみだ。
そう思ってほくそ笑んでいたら、モモは眉をピクリと上げて、紅茶を一口。
「……少し、話が出来すぎている」
心のどこかで思っていたことを鋭く突かれた。頭を切り替えて、話に応じる。
「僕もそれは感じている」
「好奇心もいいけれど、これ以上の危険な邂逅は止めたほうがいいと思う」
「うん、わかってる。ただ今回のカイゼン代表だけは、古代の使い手を前にして我関せずはできなかったよ」
「えぇ、それは理解できるの。でも……うーん、もうちょっと息抜きも必要だと思う」
はぁ、とまるで僕の代わりに溜息を吐いてくれるモモ。
ここ最近、モモは自分のことをよく話してくれるようになった。自分の大切にしている絵のことや、今後の貴族としての立ち振舞や礼儀作法なども教えてくれる(最近は何故かレノンが出張ってきているが……)。
田舎者ゆえそういった面に疎い僕をフォローしてくれるのはありがたい。ただ、それ以上に、彼女は「自分を知ってほしい」と伝えてくれているようにも思えた。
僕もまた、彼女に自分を知ってほしいと思う。
正直、司書になることだけを考えての一年半だったから、それ以外についても伝えていけたら幸いだ。そしてこの古代魔法についても、正面から向き合う時期が近づいているのかもしれない。
「やっぱり、半年後に故郷へ帰った際に、古代魔法について色々と確かめようと思うよ」
「そう……。えぇ、良いと思う。うん。とても良いと思う。とてもとても、とっても素晴らしいと思う。……その、と、ところでなんだけど、あの、一つ提案もあって」
「ん、何?」
モモは左右の指を互いに合わせて、離し、再び合わせて、離し、を繰り返している。目は右へ左へ泳いでいて、言葉を探しているようだった。
首を傾けながらそれを見ていると、少し顔を赤くしながら彼女は下を向く。
「わ、私も……その、チェンネルに、行っていいの?」
「あぁ、母さんから言われてたね。もちろん良いと思うけど、大丈夫? 帰るのは年末だから、シャルロッティア家としても年末行事とかあるんじゃないのかな」
「是非に及ばず」
武人みたいなこと言い出した。
まぁ、本人がここまで行く気なのだから、僕としては止める理由もない。ウチの姉妹もモモには会いたいだろうし、両親にも紹介済みだ。断る理由もないので、彼女の意思を尊重したい。
「なら、一緒に帰ろうか」
「うん……! フフッ!」
顔を左右へ、ゆらりくらりとしながら嬉しそうにするキミは、とても綺麗で美しかった。風に揺蕩う一輪の花のようで、そこらの絵画にも引けを取らない魅力をもっている。
そのままご機嫌なモモと一緒に絵画展・第二ラウンドへ続き、クロネアやカイゼンの絵画を堪能していく。
饒舌なモモは楽しそうに絵の良さを話してくれて、話よりキミの笑顔の方が見ていて楽しかった。一日かけて美術館巡りを終えた後は、モモを屋敷まで送り帰路に着く。
部屋に戻ると、ジンから一通の手紙が送られてきた。
中を拝見すると、短くも要領よくまとめられていて。本当なのかと思いながら、ついにその日が来たんだなとも思うのだった。
「明日、三傑を公に発表するのか」
世界に衝撃を与えるであろう、ビッグニュースの到来である。
ただ、一つの疑問もある。
何故このタイミングなのだろうか。
三傑カイゼン代表のこともあるだろうけど、来年の建国六百年の時の方がいいはずだ。今日モモの言っていた「見栄」というやつか。それならわからなくもないけど、もし……それ以外の理由をもっているとしたら。
「何も起こらないといいけど……」
ジンからの招待状を手に、正直な気持ちを漏らす。
当然ながら昨日のような部屋に誰もいない。返事はなく、静まり返る部屋にいるのは、僕一人。
「ううん、この考えはよくないな。お祝いの席なんだ。楽しまないとね」
自分に言い聞かせるように呟いて、椅子に座って昨日止めていた本を読み進める。
邪な気持ちを横に置き、推理小説の世界へ身を投じるのだった。




