晩餐会
昨日更新する予定だったのですが
少し思うところがありまして
昨日更新する回と今日更新する回を合体させました。
よろしくお願いいたします……!
シルドくんの案内で親涙の間で皆と合流する。
その数時間後、晩餐会はつつがなく進行している。王家主催という名目もあり、会場内は人がこれでもかと押し寄せていた。あそこにいたら間違いなく具合が悪くなるでしょう。
そんな中、私はリュネと一緒に佇み、今回の件について話し合っていた。
「……異常というほかないわ」
「仰る通りですね」
こんな狂ったことが起きているとは思ってもみなかった。
何から整理したらいいものかわからないほどに、今回のプアロ王子の来臨はおかしいのだ。
「リュネはどう思う?」
「まだ整理できていません、カイゼン側がたったの『三人しかいない』など……」
カイゼンの方々は魔儀列車に乗ってアズールへ来た。その際にプアロ王子の従者や使用人、カイゼン政府の関係者など選りすぐりの者たちを連れてきたのだろう。単なるお遊びではない。結果を出すため、周到な準備をしてきていたはず。
その人たちは全員、皆殺しにされている。
プアロ王子とラーベラ様、そして三傑・カイゼン代表のみが生き残った形で……。
絶対にありえないことだ。前代未聞としかいいようのないものよ。仮に暗殺者がいたとしても、一人か二人でしょう。
なのに三人を除いた全員を殺すだなんて、もう常軌を逸しているとしか思えない……! 狂っている。
「お嬢様。たしかプアロ王子については面識があるのでは? たしか、私が風邪で寝込んでいたときに来られたはずです」
「そうね。三年前にお母様やお姉様と一緒に出席した社交界でチラリと見たことがある程度かしら。犯罪大国のカイゼンにしては随分と快活な王子だと思ったものよ。少なくとも、皆殺しにするような人では断じてない」
「三傑の影響でしょうか」
「わからない。でも、間違いなく何かあったとしか思えない」
おかげでアズール側は大慌てだ。本来なら彼らの世話をする人たちが一人もいない状況となっている。当然ながら、迎え入れる側としては放置もできない。
至急増員し、ことの対処に当たっている。しかもカイゼン側は客室から出てこないという。失礼千万だ。
本当に斜め上にトチ狂ったことをしているとしか思えない。こちら側からの印象はすこぶる悪いものだ。
「ただ、ウチもありえないことしてるのよねぇ……愚かにも!」
「もうここまで来ると我々ではどうしようもない話かと存じます」
普通、他国の王族が来るとなれば、それ相応のもてなしをするものだ。
アズール王と后様が盛大に出迎えて、ジン王子が次期国の代表者として交流を深める。心の探り合いはあるけれど、外向きはにこやかに進行することが外交の流儀である。
複数の駆け引きを同時進行で繰り広げながら、固い握手を交わす。もちろん見えない場所では取っ組み合いだ。
本音と建前をこれほどまでに絡ませる舞台はないとすら思う。出向かる王家側も大変な思いをすることだろう。そう思っていた。
現アズール王と后様は、プアロ王子に一度も会うことなく八船都市が一つ海と空の憩い場「ジョングラス」へ出発された。
理由は、特にない……!
ただの旅行なのだ!
「どういうことなのよ……」
「前代未聞をアズール側もするとは思えせんでしたね」
「明らかにカイゼン側へ失礼だと受け止められるわ。ジン王子と違って、今のアズール王は非常に聡明な方よ。考えられない」
「だとすれば、プアロ王子と会わなかった理由があるということでしょうか」
「えぇ。しかもそれは会わない方がアズール側にとって利益があると判断された。そんなこと起こりえるかしら? どんな裏事情があるというの……」
「我々では想像もできないことが起きているということですね」
「それは皆もわかっているはず。情報収集を血眼になってやっているでしょうね。事実、外交官のサーニャ姉さんですら冷や汗をかいていた。久しぶりに見たわ、あんな顔」
動きようがないのだ。本来、向こう側が「やらかした」時は、こちら側は何もせず粛々と対応するもの。
いつも通りにしているだけで有利に働くのは外交として大変ありがたい。さらにはあちらが焦り、次々とボロを出してくれることだってある。動かないことこそ最適解なのだ。にもかかわらず、何故、アズール王と后様は旅行されたのか。
まるでカイゼン側がやらかしたので、アズールも平等にやらかすぞ、と言っているみたいじゃない。今のアズール王はそんなことをする方ではない。なら、考えられるとするならば……。
「あえて失礼なことをして、向こう側の『やらかし』を帳消しにしているとしか思えない」
「外交でそれは悪手です」
「当然よ。だからサーニャ姉さんですら状況を把握できていないの。おそらく知っているのはアズール王と后様。そして……」
ジン・フォン・ティック・アズールと限られた人たちのみ。
きな臭すぎる。腐臭すらするほどに。どう転んでも良い情報は得られないでしょう。おそらく真実を知れば「うわぁ……最悪」と思ってしまうものが複雑に入り込んでいるものかしら。私からすればさっさと切り捨てたくなるほどの事象だろうか。
「なら、私がやるべきことは一つ……!」
うん、とリュネを見ながら頷いて前を見る。視線の先には、蒼髪をした一人の殿方がいた。知り合いだろうか、やや照れ笑いしながらも賢明に話している。
チラッと私を見ると、慌てて視線を外す。うぅっ、今彼は何を思ったんだろう……! 大きく息を吸って、自分のやるべきことを宣言した。
「外交は置いといて、シルドくんと楽しく踊ります!」
「仰る通りですね」
さぁ、晩餐会を始めましょう!
◇
その考えは貴族としてどうなんだ、と思われるかも知れない。でも、一人の令嬢が何をしようと、この驚天動地の外交駆け引きに突破口なんて見いだせない。アワアワするだけで、無駄な時間が過ぎるだけでしょう。
表向きは握手をしているけれど、裏では足の蹴り合いをするのが外交というものだ。
私の立場的にそれの表舞台に出ることはないので、慎ましく晩餐会に出席して、楽しく場を堪能することが今の仕事といえるでしょう。自分の役割を改めて確認し、意中の人へ視線を向ける。うん、似合ってる。
「シルド様の服は、お嬢様が選ばれたものでしたよね」
「えぇ、シルドくんに合う礼服は数多あるけど、今回の晩餐会に合うのがこれしかないと思ったの」
白と焦げ茶色を基調とした、落ち着きもありつつ大胆な礼服!
胸元は少し空けてゆったりめ。手元付近は派手さはないけど巧みな刺繍が施されていて、隙間もあり動きやすいよう工夫されている。下は茶と黒を併せたもので、足の長さが綺麗に見えるよう中央に縦の折り目をつけながら、どんなに動いても皺が出ない仕様となっている。
シルドくんの階級を考えると高すぎる服は周囲から顰蹙を買う。けれど、あの服なら問題ないでしょう。
そして何より、今日のシルドくんは簪を外しているのだ。そして髪の毛を分け目を作らず後ろへ大きく流している。恥ずかしいのかたまに触っているけれど、その照れた表情がたまらない……! たぶん似合ってないとか思っているんだろうなぁ。
「そんなことないのに……!」
「お嬢様、声が漏れていますよ」
「すっごく素敵なのに……! ずっと見てられる……!」
「欲望ダダ漏れですよ。ん? ……ッ! お嬢様」
「えぇ、わかっているわ」
まぁある程度の予想はできていた。
シルディッド・アシュランは俗に言う、田舎貴族だ。王都の貴族たちからしたら木端もいいところ。そんなどこぞの辺境貴族が、あろうことかジン・フォン・ティック・アズールの友人となったらしい。あの、ジン王子の、友だという。
非常にクセのある王子であり、こちらから接近してもまず取り合ってくれない。仮に会えたとしても、自分の思惑を奥底まで見られているような視線に耐えなければならない。
事実、見られているのだけれどね。また、彼は貴族の社交界に出てくることはまずない。国務からもほとんど逃げているので、その姿はまずお目にかかることはないのだ。
しかし最近、ちょくちょく王子として行事に参加することが増えてきた。何か彼にキッカケのようなものが生まれたのだろうと囁かれている。出てくる機会を増やしたということは、当然ながら彼への認知も広がっていくということだ。
それもあってか、彼に気に入られれば貴族界隈でも有利に立てると意気込む者も多い。しかし、現実は非情ともいえる。ジン王子の興味対象に彼らは一切入っていない。
ただ一人、シルディッド・アシュランを除いては。
このままではジン王子からの恩恵を独占されるかもしれない。上流貴族ならともかく、あんな田舎者に……。
「とか思っているのでしょうね。愚か……自分たちの不甲斐なさを棚上げして」
「あれはヴェヒモス卿ですね。完全にシルド様へ狙いを定めています」
図体の大きい屈強な男が笑みを浮かべながらシルドくんへ向かっている。上流貴族として少し有名であり、強引な契約を相手に飲ませることでのし上がってきた嫌われ者だ。その手口は毎回似通っていて、それをシルドくんにもするつもりだ。
きっと最初から嫌がらせか罵声を浴びせるつもりだろう。……この晩餐会でそのような蛮行をするなんて、頭の中は枯れた草木しか入っていないのかしら。
シルドくんは気づいていないようで、反対方向を向いている。対してヴェヒモス卿は舌なめずりをしながら歩く。
「どちらにせよ、あんなのを相手にしていたらシルドくんにとって不快なだけね。行くわよ」
「その必要はございません、お嬢様」
「……え、なんで?」
「私が言うのもなんですが……中々に優秀ですよ? 彼は」
そう言ってリュネは目線を前へ。つられて私もそちらに向ける。
シルドくんは先ほどと同様に反対方向を向いている。きっと晩餐会に飾られているアズール図書館の絵に夢中なのだ。今にも行きたそうな顔をしていると思う。そのため、彼のもとへ歩を進めるヴェヒモス卿には気づいていない。ズンズンと進む男は笑みをより濃くする。
――ゆらりと、その執事は現れた。
シルドくんの背と、自分の背を合わせるように。
断じて主人にヴェヒモス卿の気配を悟らせないように。
レノン・オグワルトはそこにいた。右足を斜め右に、左足を前方へ向ける。磨かれた長剣を突き刺したような、凛としながらも堂々とした佇まい。執事科特有の立ち姿だ。
照らされた光を反射する黒髪と翠の瞳は、一切の容赦なく相手を見据えている。普段見るレノンくんの目つきではなく、獲物を狩る野獣のそれであった。
「……」
何も言わない。何も告げない。
黙ってヴェヒモス卿を凝視する執事。シルドくんと同じ身長であるはずなのに、遠くから見ている私からも彼の存在は大きく見えた。一言も言葉を発していないのに、彼を見る全員がレノン・オグワルトの意思を肌で感じたのだ。感じさせられたのだ。
――俺の主人に、近づくな。
「ふふん」
「嬉しそうね」
「まだ立ち方や殺意を込めた瞳にぐらつきがあります。でもまぁ、及第点といったところでしょう。心の底にある優しさや甘さは消せていないようです。教えないといけませんねぇ……」
クククと悪人のような笑みをするリュネ。さすがは元三年首席である。半年前に卒業したばかりだけど、その実力は歴代の執事科の生徒を見ても群を抜いているそうだ。入学してから三年連続で首席のまま卒業したのは、実は彼女が初めてとのこと。
レノンくんはあまり成績に興味はないみたいだ。ただ、やるからには結果を出したいとも思っているようで、最近はよくリュネに稽古をつけてもらっている。
また、クロネアから戻ってきてからは彼の父親から陣形魔法の訓練も受けているようである。少しずつレノンくんにも心境の変化があるようだ。
ヴェヒモス卿はレノンくんの視線に耐えられず、踵を返してどこかへ行ってしまった。また、それを見ていた他の連中もコソコソと話をしている。リュネは先ほどからとても上機嫌であり、前髪を指でクルクルと遊んでいる。
「さて、良い宣伝になりましたね。ジン王子の数少ない友人には、番犬がいると」
「最初からこれが狙いだったの?」
「そうなればいいな、と思うぐらいでした。まさかここまで精神的に成長するとは思ってもみませんでしたね。さすがはミュウ様。あの短期間に、レノンの何かを焚き付けましたご様子。それではお嬢様……お願いできますでしょうか」
「えぇ、ありがとう」
心から嬉しそうなリュネから言われて、私は前へ出た。
同時に、運良く演奏が流れ始める。ここは晩餐会。本来ならプアロ王子を招いての食事をするのが目的なれど、生憎とその方々は出ていない。おそらく最後まで部屋から出てこないようだ。まったく、どうにもこうにも無茶苦茶な晩餐会となるでしょう。
ただまぁ、私としては別にいいかな。
目的はこっち。
シルドくんは私に気づくと花が咲いたような笑みを作る。うぅっ、嬉しい。さっきまで「帰りたいなぁ」とかボヤいていたのに、そんな顔を見せてくれたら心が踊ってしまう。
そう、踊ってしまいたいのだ。
心だけでなく、体も。
アズールの晩餐会は、ただ食事をするだけではない。シルドくんから手を差し出されて。優しく言葉を添えられる。
「一曲、よろしいですか」
「もちろん……!」
たぶん今日、私は嬉しすぎて死ぬと思う。
◇
そのまま晩餐会は大きな問題も起きず、平和に幕を閉じた。
シルドくんの存在も少しだけ知れ渡ったようで、私としても嬉しい限りだ。ジン王子と一緒に行動する以上、貴族からの嫉妬は避けられない。逃げるという選択肢もあるけれど、シルドくんはしないだろう。
ならば私がすることは彼を援護することだ。
幸い人柄は良いので貴族科でも友達は多い。周囲から少しずつ信頼され始めているようだ。ジン王子に臆することなく話せる人間はまずいない。それだけでも貴族科の人たちからすれば大きい存在である。
打算的かつ模範的な貴族ならば、敵対するより友好的な関係を構築することを選ぶだろう。そしてそれは上手い具合に噛み合っている。
ただし、全部が全部、良い結果にはならない。
今回のヴェヒモス卿のような輩は必ずいるものだ。シルドくんの学校生活は、司書だけではなく様々な問題や挑戦の連続だと思われる。大変そうだ、ある意味では司書になるより過酷な壁が立ち塞がるかもしれない。
そう、たとえば……。
三傑とか。
シルドくんに三傑・カイゼン代表が現れた話を聞いた時に一番気にかかったことがある。正直、プアロ王子はどうでもいい。愛する人を魔具にするとか気持ち悪すぎる。問題は三傑の……胸元にある十字架だ。
その十字架はシルドくんの左手を見ていたそうだ。
古代魔法を発動する際に持つ左手を見ていた。じっと見つめていた。
「変なことが起こらないといいけど」
古代魔法は存在する。
ならば、魔術や魔具にもまた……存在するはずだ。




