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レノンの悩み


 本来なら、このままコルケット邸に行くはずだった。

 ただ、急遽としてジンから「王城内にある親涙の間へ行け」と連絡が入る。頭上に疑問符を浮かべながら、とりあえず指示通りにそちらへ歩を進めた。


 言うまでもなくアズール城は大忙しだ。バタバタしながら城内を走り回る方々を眺めつつ、ミュウと僕、レノンは指示された場所で休憩することになる。なお、ピッチェスさんも一緒にいたけれど、途中から仕事で離脱された。


「相変わらず緊張するなぁ」

「一生縁のない場所のはずだ」


 レノンと頷き合いながら周囲へ視線を泳がす。

 本来ならこの場所は、おいそれと入っていい場所ではない。王家の方々が親しい友人のみを迎えるために用意している特別仕様の部屋である。重ねていうが、田舎貴族が立ち入っていい場所では絶対にないのだ。父さんが知ったら卒倒するだろうな。


 さらにいうと、僕はここに来るのは二回目だ。目の前にいるミュウ・コルケットがクロネアから帰ってきた際のこと。ジンが自らの処刑を回避するために僕やレノン、ジェイドを強制的に連行した場所でもある。何かしら縁のある部屋なのだ。


「三傑の件、ミュウは知ってたの?」

「全然! 私も初めてだったよ。お母様からは三傑アズール代表は休職していると聞いていたから」


 ……三傑にも休職なんてものがあるのか。

 地味に福利厚生、ちゃんとしているんだな。


「となると、休職を終えて復職したか、新しく誕生した三傑になるのかな」

「うーん、ジンに聞いてみないとなんとも言えないよ。私はてっきりリリィを出すと思ってたからさ。以前、シルドくんが司書に合格した後にジンが言ってたでしょ? プアロ王子が来る際に、三傑アズール代表も出すって。私にとってあれはリリィのことを言っていると思ってたんだ。だからその時はあえて言わなかったけどさ、どうも腑に落ちないんだよね……」


 うーん、と悩んでいるミュウ。珍しいな、ジンはこういう大事なことはミュウにだけは言う人だ。

 それをしていないということは、あえて言わなかったか、言えない事情があったということ。どちらにしても、楽しい話ではなさそうだ。


「ミュウからそれとなく聞いてみて、僕らにも言えることだったら教えてほしい。ただ、ジンが今まで言わなかったことを考えると……」

「絶対面倒な話になっているね。うん、まぁこれに関しては私に任せてよ」


 ニッコリと微笑む彼女は、実に将来の后様として相応しい女性だ。

 向日葵のような明るさをその身に宿したミュウは、王城内でも絶大な支持と人気を併せ持っている。自己中にして唯我独尊をゆくジン・フォン・ティック・アズールを唯一制御できる女傑として、アズールになくてはならない存在だ。そのため、ファンも大勢いると聞いている。


「話は戻して、シルドくんは晩餐会とか頻繁に出るの?」

「故郷にいた頃は年に数回だよ。それも少し栄えているルーバル町での小さなものさ。こういう場所での参加は……正直、初めてかな」

「大丈夫?」

「ううん、全然大丈夫じゃない。帰りたい」


 横にいるレノンはクスリと笑う。


「……なんだよ」

「と、言いながら準備はしてきたじゃないか。アシュラン家としての誇りか?」

「そんな大層なものじゃないよ。ただ、お呼ばれした以上はちゃんとやらないとね。アシュラン家のためにも、呼んでくれたジンのためにも」


 うんうんと頷くレノン。


「素晴らしい考えだ。ただし常に緊張と礼節をもって臨むべきだ」

「わかってるさ」

「いや、わかっていない。先ほどジン王子への『超ダサいね。喪服かな?』は失礼千万であった。反省すべきだ」

「……今日は辛辣だね。いつものレノンならそこまで言わないだろ。朝からちょっと変だし、何かあった?」

「……いや、気のせいだ」


 視線を逸らすレノン。

 やはり、今日の彼は妙に変だ。いつもの毒舌も結構強めである。僕がシッカリとしていないからイライラさせているのかな。だとしたら結構申し訳ないと思う。レノンに気を遣わせてごめんね、と言おうとしたら、横からひょこっとミュウが出てくる。


「シルドくん、そろそろモモがここへ来るから、悪いんだけど出迎えてくれる?」

「え? リュネさんもいるだろうから、大丈夫と思うけど」

「ちょっとレノンくんとお話がしたくて。数分でいいんだ」

「……」


 個人至上主義者であるジンと対極に位置する女性、集団至上主義者のミュウ。

 自分だけを第一とする考え方とは真逆で、皆のことだけを第一とする。自分のことは二の次三の次、最後まで優先順位を落とす人。そんな彼女にとって僕とレノンの今の関係は思うところがあるのだろう。


 その際、僕はお邪魔のようだ。ならばミュウに任せたほうが良いだろう。ジン同様、彼女も充分に信頼できる相手なのだから。


「なら、お願いしようかな。レノン、ミュウとお話しててくれ。僕はモモを迎えに行く」

「……え、いや、しかし」

「じゃあね」


 後ろからレノンの縋るような声も聞こえるけど、無視だ。

 どうにもこの場を好転できる人は、ミュウ・コルケット以外にいないのだから。


     ◇


「ミュウ様。私をアシュラン様のところへ行かせてください。付き人として主人から離れるわけにはいきません」

「ユンゲル・ラズンから何か言われたでしょ?」

「――ッ!?」

「……やっぱり。右大臣の役職をいいことに根回しが早いなぁユンゲルは。レノンくんのことはクロネアへ行く時から知っていただろうから、早いうちにアズール側に取り込もうと思ってのことかな。王城の執事として迎えたいって言われたんじゃない?」

「……そうです。私の父も同じであり、高く評価していただいております。執事科の中で王城で働けることは最高の名誉でもあります」

「だよね。普通なら二つ返事で了承するはずだよ。でも、レノンくんは保留にした。幸か不幸か、不思議なことに『仕えたいと思う主人が現れたかもしれない』んだよね」

「……っ」


 一息。


「でも、その人は未熟でもある。司書に合格したのはいいものの、辺境の領主としては足りない点が多すぎる。レノンくんとしては不甲斐ないよね」

「まだ一年半あります。充分に成長できるかと」

「なら目的を達成して彼が一人前の貴族となった時、レノンくんは王城の執事になってくれるのかな?」

「……そ、れは」

「シルドくんは、これからの一年半をこれまで以上に濃いものにするよ。きっと毎日を大事に過ごしていくと思う。レノンくんの心配している領主としての成長もきっとする。だから彼の将来について心配する必要はない。つまりはね、レノンくん。ここからはシルドくんの問題じゃないの。キミの問題だよ」

「……」

「急ぐ必要はない。これからの一年半、じっくり考えて決めていこうよ。レノンくんはもちろん、皆のために。とりあえずは今の鬱憤は横において、無事に晩餐会を乗り切ろう!」

「承知しました。ミュウ様、誠にありがとうございます」

「それと、ジンも言ったと思うけど、敬語禁止ね。私も皆と一緒がいい」

「……。……はぁ。……わかったよ、ミュウ嬢」

「よろしい!」


     ◇


 少し廊下を歩いていると、リュネさんと一緒にこちらへモモが歩いてきて。とりあえず合流し、三人で親涙の間へと移動を開始する。二人ともコルケット邸にいたところ、僕らと同じようにジンから連絡があったそうだ。


「どうにも嫌な予感がするよ」

「その通りね。わざわざ集めるなんて非合理的かしら」

「最初からそのつもりなら、もっと前から言っていたはずだ。……カイゼンの連中と接触してから、どうにも方針を変えたようだ」

「何かあったの?」

「双方、三傑を出した。しかも魔具と魔法も見せた形さ」


 モモとリュネさんは目を大きく見開いて固まった。当然と言えば当然か、僕もただ驚くしかなかったのだから。歩きながら先ほど起きたことを可能な限り丁寧に話す。二人は黙って聞いていて、話し終えるとモモはやや納得したように頷く。


「ジン王子にとって、シルドくんは数少ない大事な人だから目の届く範囲に置いておきたいのでしょうね」

「それだったらカイゼンの連中に会う前からすると思うんだ」

「えぇ。おそらく会う前はそこまでする必要はないと思っていたけれど、会ってから考えが変わったのでしょう。原因はおそらく……」

「三傑」


 僕もそう思う。実際にジンはややおかしかった。大げさに笑うし、怒りにも似た感情を出していたとすら思えた。きっとミュウもそう感じていたはずだ。カイゼンの連中はどうもきな臭かったし、僕としても慎重にいきたい。


「まぁ彼らと直接会うことはないだろうし、いても僕からは接触しないよ」

「それが賢明ね。外交はジン王子に任せて、私たちは粛々と貴族としての務めを果たしましょう」


 モモと一緒にそう結論づけると、待っていたとばかりにリュネさんが口を開く。


「シルド様、一つよろしいでしょうか。レノンがいないようですが……何か彼にあったのでしょうか」

「あぁ、彼なら親涙の間にいますよ」

「……は?」

「ちょっと変だったので、ミュウとお話しておくよう――」

「シルド様を置いて自分はのうのうとミュウ様とおしゃべりしているのですか?」

「え、あ、っと」

「リュネ、落ち着きなさい」

「駄目です。こればかりは駄目です。執事としてあるまじきことでございます。言語道断。許されざることをしており、厳しく言うべきでしょう」


 いつも穏やかで冷静なリュネさん。どんなことが起きようと彼女の伏し目は変わらない。幼少の頃よりモモの付き人として訓練してきたか、彼女の仕事に対する姿勢やプライドは非常に高いものだ。

 同じ執事科のレノンに対してもそれは変わらない。むしろ厳しく見られているとすら感じる。どうやら、リュネ・ゴーゴンの地雷を踏んでしまったようだ。


 伏し目からギロリと鋭い目つきに変わるリュネさん。これに関しては僕の指示なので、急ぎ誤解を解かねばと必死に言うも、一向に聞いてくれずズンズンと親涙の間へと彼女は進んでいく……!


「少しばかり顔がいいからと、随分と舐め腐った態度でしょうか」

「だから、それは僕がレノンに指示を出したんです!」

「仮にそうだったとしてもです。主人を置いておくなど執事の風上にも置けません。基礎から叩き直します」

「シルドくん、こうなったリュネは止まらないから諦めましょう」

「いやいや、さすがにレノンが可哀想だよ! なら僕も一緒に怒られます!」

「趣旨変わってないかしら?」


 勢いよく扉を開けるリュネさんに、僕とモモも慌てて後ろから続く。

 部屋にいたのは予想通りレノンとミュウだった。ただ、レノンの顔が先ほどと変わっていた。……上手くはいえないけど、吹っ切れたような顔をしている。よかった、やはりミュウに任せて正解だった……とか考えている場合じゃない! レノンを助けねば!


「レノン! キミは何も悪くなくて」

「まず姿勢が悪い」

「……ん?」


 ゆらりとこちらへ歩いてくるレノン。その目は何故か僕を射抜いている。前にいたリュネさんは……あれ、口に手を当てて目をキラキラさせている。小声で「野獣レノンになってる……! 久しぶりに見た!」と聞こえたのは気のせいだろうか。


 おかしいな、物凄く嫌な予感がする。


「背筋を伸ばそうと胸を張っているが、普段は読書しかしないゆえ背骨が曲がっているのだ。ゆえに少しでも油断すればすぐ猫背になる。矯正は必須といえる」

「……レ、レノン?」

「その言葉遣いもだ。友達と仕事の線引きもできていない。感情だけでコロコロと変わる脆弱性は根本から直す必要がある」

「こ、根本から?」

「立ち振る舞いも駄目だ。常に貴族としての自覚をもってこそ、普段の言葉や動作に気品が宿るというもの。約束された次期領主。いずれ故郷チェンネルの主になるからという甘えそのものが、精神の惰弱性を加速させている」

「いやいや、ちゃんとやってるって! その、モモから貴族としての立ち振る舞いもさ、少しずつ教わってるよ!」

「モモ様はお前を応援する側だ。指南役としてではなく、支える役としての方が望ましいだろう」

「確かに……」

「えぇ!?」


 いつの間にか横にいたモモが僕を見ながらうんうんと頷いている。

 え、ちょ、ちょっと待って。僕はてっきりリュネさんからレノンを守るやり取りが始まるものと思っていたのに。どうしてこうなったの?


「自分に自信がないのだ。以前よりかは向上したが、未だ威風堂々たる佇まいとは程遠い。ゆえに影の薄さは貴族科随一といえる」

「そんなことないよ! っていうかミュウ、この数分間に何があったの? レノン別人なんだけど……」

「うん、めっちゃ元気になったね」

「思ってたのと違う!」


 それから、復活したレノンから「一人前の貴族になるぞ。シルディッド・アシュラン訓練スケジュール」をみっちり話された。どうにも、ミュウから何か言われたようで彼の中で大きな変化が訪れたようだ。


 しかし僕としてはただただ苦しいだけになったんだけど。なんでこんなに楽しそうにしてるの? 良いことあったのかな……。


「さて、とりあえず今日は晩餐会だ。優雅に参ろうか、我が主」

「嫌です」


 無駄にテンション上がりまくっているレノンと一緒に、今日のメインイベントへと進行する。


 まぁでも、レノンが楽しそうなのは良いことだ。第二試練のクロネアへ行くときから、色んな意味で助けてくれた存在なので、可能なら……彼の望む方向へと物事が進むことを、祈るばかりである。


 いざ、晩餐会へ。


今回は特典SSの一つをご紹介です!


TOストア様限定:「待ちわびた訪問者」

・シルドが王都へ来たばかりの、ジン視点の話

・ジンから見たユンゲルの人となり

・貴族科担任、マリーの裏話や彼女の素性を解禁

・何故ジンは貴族科の教室に来たのかの背景と目的

・古代魔法を見た際に感じた、ジンの驚きと愉悦


活動報告では既に下記の特典について紹介してます。

興味がこざいましたら、是非ご覧くださいませ!


・本編限定:「夏の雪にて、笑顔を奏でる」※紙・電子共通

・電子書籍共通: chibi様描き下ろしイラスト(サイン付)+「旅立ち」

・BOOK☆WALKER様:「モモの恋バナ」※電子限定

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― 新着の感想 ―
ミュウ・コルケット譲、相変わらずジン王子の友人と周辺への心配りが見事ですね。レノンくんの心の中もわかっている。◎
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