三傑・カイゼン代表
「普段は葬儀屋と探偵業をしています。もし身辺整理でお困りのことがあれば、お気軽にご相談ください」
「……えっと、アレン? さすがにアズールに来てまで営業は止めてくれ」
「俺にとっては大事なことなんだ」
他国に来てまで営業をする三傑を、さすがの王子も引き笑いで止めていた。
アレン・ライナーと自己紹介した男性は、見た目は二重代前半で、身長はグッと高い。腰から伸びる足は非常に長く、凛々しい顔つきから物凄くモテそうな印象を受ける。
ただそれでも、どこか影のある冷たさは拭えない。一匹狼のような孤独感もある。
……スッと、先ほどの隊長がジンの前に出る。
橙髪を風に揺らしていて、相手を静かに見据えていた。特徴的な服をしていて、彼女は顔の半分をレースをあしらった黒いベールで覆い、その下には身体にぴたりと沿った黄緑のインナーを着用している。
また、片方の肩を大胆に露出させ、自身の肌をこれでもかとアピールしている。少しウチの妹と重なった。
ニッコリと微笑んではいるけれど、まったく違う感情を体に秘めているようだった。そんなこちらの動きなど意に介さないように、プアロ王子は言葉を紡ぐ。
「さて、いきなりで悪いがアレン! あの残骸を処理してもらえないか。帰りはアズールの空船を使わせてもらおう」
「いいのか? 安売りはしない方が賢明だぞ」
「構わないさ、キミの実力は万の言葉を使っても足りない。言うが易し行うは難しというだろう。三傑カイゼン代表の実力を、その目で見てもらった方が早いからね」
「一応、言っておく。あまりオススメはしない」
「いいや、やってくれ! 王子としての命令だよ」
「……承知した。自己紹介も兼ねる形ということで披露しよう」
淡々と話を進めているけど、本気か。
いきなり三傑の魔具を「開帳」するのか……!? そう簡単に見せていいものではないはずだ。こちら側としては向こうの貴重な情報を入手できる。ありがたい限りだし、むしろ感謝だ。
ただ、本来ならそんな重要機密を簡単に見せることなどありえない。何かしらの企みがある……! 同時に、相手の魔具を見定めなければならいないだろう。
と、考えるのはユンゲル右大臣のようなアズールのお偉いさん方だ。僕はゆったりと眺めていたい。
「派手さはないよ。単一的な魔具だ」
アレン・ライナーの胸元にある十字架のアクセサリーが、キラリと光る。
そして十字架より何か黒いものがチラリと見えて――
世界は黒に覆われた。
「どうだろうか。まぁ、こんなもので……その、いいだろうか」
そのように告げた彼の言葉は、時間にして三秒程度のものであった。
それだけだった。
その狭間、アズール十四師団の隊長メロゥさんの“しゃぼん包膜”によって置かれていた魔儀列車の残骸は全て……。
跡形もなく消失していた。
……否、呑み込まれた。
十字架のアクセサリーから見えた黒い何かによって、刹那にて車両の全てを絡め取り、余韻すら残さない圧巻たる速度で十字架へと引きずり込んだのだ。三傑の言葉が言い終わる時にはもう、車両は一切合切……僕らの視界から消えていた。
「……」
沈黙。
その場にいた全員、何も言えなかった。現実とは思えなかった。しかし、間違いなく、彼の魔具によって今の事象は生まれたのだ。また、僕の中で一つの魔法が嫌でもよぎる。
今見たのは、“ロマノス・ベィ ── 女神胎堕”と極めて酷似している……!
アズール図書館の司書の第三試練において、初代アズール王との戦いで発動した禁術だ。ジンの言葉を借りるなら、発動すれば世界中の女性から嫌悪される魔法。一度生み出せば解決する手段は一切なく、ただひたすらに贄を捧げるしかない。歴史の闇に葬られた狂気の魔法……!
それと同じだ。同時にこうも、思うのだ。
もし、あの“女神胎堕”を制御できる者がいたとしたら。
もし……今の攻撃を、こちらへ向けられていたら……。
僕らに抗う暇は、あっただろうか。
「……」
答えは、ない。
僕たち皆、間違いなく、取り込まれて死んでいただろう。
やはり、これは三傑の紹介ではなかった。
将来の次期王になるジンへの牽制だ。カイゼンは全てを無に帰す脅威の三傑を生み出したぞと。もし二国間で何かしらの衝突があったとしても、最終手段として、魔具の国には彼がいると。
「どうだい、我らの新三傑は? 素晴らしいだろう!」
「我が君、もう少し感情を抑えてくださいませ」
「いやぁしかし、こればかりは無理からぬことだ。一番最初に見せたかったジンにアレンの実力も見せれたことだし、大満足だよ。今後の話し合いも実に良いものになるだろう」
ジンは涼し気な表情でそれを聞いていた。
前に出ているメロゥさんの顔は徐々に険しいものとなっている。ジンへの侮辱はしていない。
しかし、上からの物言いとも取れる言葉でもあった。ユンゲルさん含めて、他のアズールの面々も同じ顔になっていく。
でもやっぱりこれ、ジンと一緒にクロネアへ降り立った際にやったことと似てるなぁ。
だから正直、立場がない……。そうか、アレをした時、クロネアの方々はこんな気持ちだったのか。反省しよう……ごめんなさい……。
「……ひひっ」
そしてカイゼン連中にも、哀れみの感情を送らせて欲しい。
同情することを、許して欲しい。
「ヒャッ、ヒャ」
己が欲望にただひたすらに邁進するこの男は、普通ではない。
敵だと死ぬほど嫌な相手である。
そして、ジン・フォン・ティック・アズールという男が、この状況を予見できていないと思っているのなら……。
「……ク、ヒヒヒヒ、ヒャヒャア!」
彼らの考えは浅はかだと、言わざるを得ない。
魔法大国を将来統べることになる男を。
彼らは、舐めすぎていたのだ。
カッパァと口を開いて、我慢の限界だとジンは抑えていた感情を爆発させた。
「アヒャヒャヒャヒャヒャ! ヒャヒャヒャヒャヒャ、ふひぃっ! ひひひひっ、ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
ヒィ、ヒィィィと笑い転げる。
アズールの面々はそれを残念そうな目で見る。あぁ、やっぱりこうなった。いつものジンだ。こちらの感情とかガン無視で、自分のことを最優先にする男である。この状況など、プアロ王子からの手紙を見た時点で容易に描いていたのだろう。
本来ならば、ジンの次の行動を先読みし向こう側は対抗策を出すべきだった。
しかし違うのだ。あちらはそんなことなど想定せずに、ただ最初の一手だけを用意して自慢げに披露した。
それがどれだけジンにとっておかしいことか。自慢げにおもちゃを掲げる子供を見ている、大人の気分なのだろう。
「なにが、なにがおかしい」
プアロ王子はわかっていない。隣の女性も然りだ。
三傑だけは「言わんっこっちゃない」という顔だった。どうにも、彼にはこの光景を予見できていたのだろう。手を震わせながら、カイゼンの次期王は口も震わせていた。
「何がそんなにおかしい、ジン……!」
「ヒヒヒッ! そう演じるなよ傀儡。 あぁ?」
演じる?
「まぁいいさ、俺としちゃ、力量がわかった時点で充分だ。こりゃ将来のカイゼンとは随分とやりやすいだろう、感謝するぞ」
「さっきから、何を、言っている……!」
「アッヒャヒャ! 何を言ってるだと? そりゃこっちのセリフだ。何十通りと枝葉を増やし、どんな状況になろうと対応できるよう構築してたってのによぉ、なぁにが楽しくてこんな雑事に付き合わされなくちゃならんのだ。あぁ?」
「……ッ?」
「想定内すぎてつまらんが、まぁこんなものか。もはや傀儡に興味はねぇよ。あるのは精々、そこの三傑ぐらいなものさ」
「まだ、わかっていないようなのはそちらだ! 三傑・カイゼン代表の凄まじさを理解できない頭らしいな」
プアロ王子の横にラーベラ・エールが並ぶ。
それを見ながら大げさに両手を上げて、うひょーとするジン。
「あぁ怖い怖い! 人形の顔なんぞ見てられるもんじゃねぇ」
「侮辱するか!」
「あぁ怖い怖い。本当に怖い。このままだとカイゼン三傑に殺されかねない。あぁ、まっこと怖いことよ、怖すぎて身も震えてしまいそうなことよ、なぁおい」
ゆらりと佇まいを風のように、否、風魔のように朧げにして。
極上の悪人顔で心から楽しそうに魔法大国の王子は破顔する。
「これじゃあ、こっちの身が危ないなぁ」
「……ッ! ぉ……お前、まさか」
「普通はここまで考えるんだが、どうにもそこまでオツムの足りないようだ。本当に此処から先の幾万なる攻防を準備してたってのに、あぁあぁ、本当に傀儡ぅ、哀れ極まりねぇなぁ!」
チリ……、と三傑カイゼン代表の十字架が揺れた。
直後、アレン・ライナーは慌ててそれを掴み、固まる。
プアロ王子は彼の行動を不思議そうに見て、言葉を震わせていた。
「アレン? ……どうした」
「無くなった」
「は?」
「先ほど『呑み込んだはずの車両の全て』が、たった今……消失した……!」
「ひひっ! ひひ、ひひひひ、ひひひいひひひいひひいひひひっひい!」
これほどまでにジンの狂った笑い声を聞いたことがあっただろうか。
本来のジンらしいといえばその通りだが、どうしてか、ジンの中で……何か怒りの感情にも似た何かが、蠢いている気がして。
そう思うのは、気のせいだろうか。
「あぁ、怖いなぁ。ならば仕方があるまいよ。どうにもこうにも仕方のないことだ」
そう、カイゼン三傑の力は脅威だ。
僕のような者には、到底太刀打ちできないものだ。
なのに、何故、彼らはこうも思わなかったのだろう。
アズール側にも、それと「同じ立場の人間がいる」ことを。
――三傑がいることを。
「ここには呼ばないと思っていたんだろう? 哀れすぎて言葉もねぇよ」
パキリと、何かの音がして。
そちらを見れば……「空間」が割れていた。




