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プアロ


 プアロン・ティヌオウ・カイゼン。

 年齢は十九歳、身長はジンと同じぐらいだ。連日連夜、悲惨な事件に見舞われている国の代表としては不釣り合いの性格をしていて、あまり人を疑わない性格をしているという。

 誰に対しても同じ目線で話し、ともに苦楽を分かち合う聖人として知られている……らしい。


 顔の形はやや細型。派手さのない、とっ散らかった黒い髪は血のせいでベタついていた。曇天をそのまま映したような瞳を宿していて、僕たちを俯瞰するように見つめている。

 穏やかに微笑むその横顔からは、少年のような、しかし殺人を厭わない冷酷な印象も感じた。


 常に死と隣り合わせの環境では、むしろ彼のような性格の方が適しているのかもしれない。それはきっと、ジンにも言えることだ。彼もまた命を狙われる地位にいる人なのだから。


「あぁ困った。せっかくの衣装も血で台無しだ! なぁ、ジン。キミのをもらえないか?」

「……」


 ジンは黙って相手を見つめている。別段、睨むわけではない。けれど笑うわけでもない。淡々と状況を観察しているような、あまり見ない表情だった。


「我が君、勝手に一人で行かないでください。危ないでしょう?」


 すると、車内から女性の声がして。

 言われたプアロ王子は途端に嬉しそうにしながら車内を見る。ははは、危ないと心配されてしまった! と言いながら照れまくる。やや大げさとも思えるほど嬉しそうな顔をしながら、頭に手を置いて何度も動かしていた。


「世界一美しいキミに想われているなんて、なんと贅沢なことだろうか」

「止めてください。世界一なんかじゃないですよ、恥ずかしい」


 スルリと車内の扉から出てきたのは、プアロ王子よりも頭一つ分ほど高い長身の女性だった。

 長い紺色の髪は、少し風もある冷ややかなこの場所で優雅に揺れている。また、すっと横に切れ上がった狐目が印象的だった。薄く開けられたその瞳からは、古風な妖艶さを漂わせている。


 漆黒の長衣をすっぽりと着ていて、彼女の体格をいやに強調していた。体つきは一言で言えば枯れ木だ。無駄な肉を全て削ぎ落としたような細さは、正直不気味すら感じる。

 出てきた女性はプアロ王子の頭をよしよしと撫でる。された方は至福の時を享受しているかのような顔であった。 


「我が君、あまり無理はされませんよう」


 こちらの女性も噂で聞いていた通りだ。ラーベラ・エール。将来の次期カイゼン王になる男の后となる人である。婚約した時から一際話題を集めていた方とされている。

 利害関係の調整や情報収集、人心掌握にも長けており、甘い蜜をすすろうとプアロ王子に這い寄る輩を容赦なく刈り取る存在とされている。


 なるほど確かに、彼女ならそれをやっていそうだ。同じ次期王様の后となるミュウを見ると、こくりと頷いて静かにラーベラ妃殿下を見つめる。


「私も数回しか会ってないけど、変わらないままだね」

「このまま時が過ぎてもあんな感じでプアロ王子の横にいそうだね」

「うん、その通りだよ。あの見た目のまんま、彼女だけは変わらない」

「……?」


 お化粧が上手ということだろうか。


「あれ、ジンに言われなかった? 傀儡王子って」

「言ってた。確かにあれを見たら傀儡王子も納得だよ。将来的には奥方がプアロ王を裏で操って、カイゼンの政権を握るだろうね」

「ううん、違うよ。そういう意味じゃない」

「え?」

 

 どうにも、ミュウとの会話が噛み合わない。レノンも横で頭上に疑問符を浮かべている。僕らの反応を察してくれたのか、わかりやすく彼女は言ってくれた。


「――プアロ王子は、傀儡師だよ」

「……」


 ゆっくりと、再度、レノンと一緒にカイゼン王子と横にいる女性を見た。

 改めて見ても、綺麗な女性が愛しい未来の旦那を甲斐甲斐しく世話しているようにしか見えない。今も王子から褒められて、顔を赤くして照れているようにしか見えない。


 てっきり、惚れた弱みで人形のような振る舞いを王子がしていることから傀儡と呼ばれていると思っていた。しかし違うのだ。本当の傀儡は……彼女にあったのか。


「プラロン・ティヌオウ・カイゼンの魔具……“人魂装衣”だね。亡くなった『許嫁を魔具にした』の」


 絶世の美女や聖人君子、神様ですら……死ねば屍になってしまう。

 死んだ者を「人」と扱うには無理があろうか。残酷な言い方をすれば「物」に分類されるものだと思う。


 魔具とは、ヴォルカと呼ばれる特殊な魔石を使い、道具や物に組み込むことで常軌を逸した現象を引き起こす「特殊なもの」を指す。

 亡くなった方を物として、ヴォルカを組み込み魔具へと昇華させたのだ。この場合、昇華という言葉が合っているのかは難しいところである。


「初耳だよ」

「世間一般には知られていないことだからね。ジンがシルドくんに言わなかったのも内緒だからという理由と、実際に見てみないとわからないというのもあったと思うよ」


 確かにそうだ。何度見ても、どの角度から見ても彼女は本物にしか見えない。人だ。とても人であった存在とは認識できないレベルである。そう思うのは僕だけではないのだろう。

 ユンゲル右大臣は眉を少しだけ上げて彼らを見ている。レノンもそれは同じで、他の方々も同じだ。皆、一様に心の中で思っていることだろう。


 ラーベラ・エールは、本当に傀儡なのかと。

 対してミュウは涼しい顔で「彼女」を見ていた。


「まぁウチの十四師団の中にも人形を扱える隊長はいるから、なんら不思議ではないかなぁ」

「ミュウはその隊長さんの作る人形を見たことあるの?」

「うん、本物そっくりだよ。たぶんシルドくんは気づかないんじゃないかな」

「うーん、さすがにそれはないと思うけど、自信はないかな」


 目の前にいる女性を何度見ても、本物にしか思えない。

 ただ、きっとジンならルカを支配下における彼の継承魔法“ルカ・イェン”で見破ることは可能だろう。今も余裕を出しながら相手を見据えていると……思ったら、そうではなかった。


 ジンと、先ほど活躍した十四師団の女性の隊長。その二人が、口を真一文字にして視線を前へ向けている。彼らの視線の先を目で追うと……車内の方へ向いている? 隊長の髪は次第にざわつき始め、逆立ち始めている。


「おい、傀儡。そろそろ出せ。挑発するみてぇに視線だけをこっちに向けさせてんじゃねぇよ」

「ハハッ、さすがはジンだ! 殺気は出すなと命令していてね。代わりに視線だけとしていたんだ。まさかそれすら看破されるとは。では、紹介させてもらおうか」


 プアロ王子はラーベラ妃殿下に頭を撫でられたまま、嬉しそうに顔をクシャッとする。

 まるでお気に入りのおもちゃを自慢するように、見せびらかすように、声高らかに手を車両の方へ。


 同時に、この時になってようやく、自分自身の変化にも気づく。

 ふと自分の手を見たら……プルプルと震えていた。これから現れる存在に対して、先に体が反応しているようだった。



「彼こそが、新しいカイゼン代表の三傑だよ」



 もったいぶっていた王子とは反対に、呼ばれた相手は淡々と車内から現れる。

 コツン、と地面を叩く靴の音。

 その小さな響きを契機に、場の空気は一変する。


「偉大なる絢爛豪華な魔法師の方々へ。お招きいただき、恐悦至極に存じます」


 プアロ王子と同様に、黒髪だった。ただ、こちらの方が圧倒的に整えられていて、艶のある光沢を放っている。顔つきは驚くほど整っていて、冷徹な仮面を被っているようにも思える。


 鋭い眉に、もみあげはキッチリと整えられている。鼻筋は高く、その下で薄い唇が固く結ばれている。

 特徴的だったのは琥珀色の瞳だ。丁寧な言葉とは裏腹に、何も信じないという、氷のように冷たく頑なな意志が満ちていた。その拒絶の気配からは、人を惑わす毒のように甘く、不思議な色気も漂っている。


 身に纏っているのは、薄手のコートだ。そこまで上等なものではない。三傑ともなれば衣食住に困らない報酬を授受されているだろうけど、あまり本人は衣類には無頓着なのかもしれない。

 立ち方からして、足を地面にシッカリと生やしている印象だ。フラフラしていない。でも何故か、一度傾けばどこまでも転がっていきそうな不穏な空気もあって。


 ただ、これらの情報は、今の僕にはどうでもよかった。

 意味のないことですら思えた。

 何故なら、彼の胸元にある十字架のアクセサリーが……。



「アレン・ライナーと言います。どうぞ、お見知りおきを」



 僕の方へ向いている。 

 見ている。

 僕の左手を、見ている。

 古代魔法を持つ左手を、見ている。





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