魔儀列車
魔具。
ヴォルカと呼ばれる特殊な魔石を使い、道具や物に組み込むことで常軌を逸した現象を引き起こす「特殊なもの」を指す。
ヴォルティア大陸を統治しているカイゼン王国の文明品としても知られており、アズールやクロネアでも高値で取引されている。
なお、魔具を扱えるのはカイゼン人だけであり、他の二つの国民はそれを扱うことはできない。
アズールは魔法を、クロネアは魔術を、カイゼンは魔具を……三者三様ならぬ三国三様の文化・文明品を作り上げてきた。
また、カイゼンは国としてまだ若い。建国して二百年程度だろうか。ヴォルティア大陸の歴史を紐解けば、結構な頻度で統治する国も変わっている。面白いのは各地で独立組織や国家が形成される数は少なく、統治する王家だけ変わっていくという不思議な現象だ。
つまり、国民として統治されることは別にいいんだけど、国を牽引する奴らが弱いと駄目だ、という思考にあるのだ。文字通り弱肉強食を体現する国であり、犯罪率の高さは三大国随一である。証拠として、殺人事件は十五分に一件発生する計算になっているそうだ。怖すぎる。
今のヴォルティア大陸を統治するカイゼン王家は、その容赦のない「武力と智力」だけで前政権を打破した一族である。今も四年に一度、国を上げた武術大会を開催しており、カイゼン王家は建国して以来、常勝無敗を更新し続けている。
もし彼らに膝をつかせたとなれば、そのニュースは瞬く間に世界中へ伝播する。驚きとしての意味と、近々政権交代が起こるぞという予言に近いものでもあるからだ。
それほどカイゼン国民は強い者を欲している。
武力なくして制定なし、カイゼンの有名な格言だ。
もはや遺伝子に刻まれた性といえようか。血と鉄の匂いに溢れた狂乱大国……そんな国の中で、交通機関として広く使われている乗り物がある。アズールは空船、クロネアは魔物、そしてカイゼンは……。
「うるせぇなぁ」
ジンは心底嫌そうにしながら視線の先にあるものを見ていた。それは今もドッドッドッと各車両にある車輪を廻しながら空を縦横無尽に駆けている。
前世を覚えている身としては、機関列車はそう簡単に実物を見れない乗り物であった。僕の生きていた頃よりもずっと前に主流とされていた列車である。
そのため、一度は本物に乗ってみたいと思っていた。それをする前に死んでしまったのだが、まさかこちらの世界で似た存在を見ることになろうとは……。
ただ、ここは前の世界とは違う。
ルカがある。そしてあの列車は魔具だ。
摩訶不思議な現象としては、やはり「線路を必要としていない」点にあるだろうか。列車は今もその巨体を水平にしてグングンとこちらへ向かってくる。大気を強引に押し広げるような重低音の轟鳴が、僕たちの鼓膜に嫌でも響く。
それはきっと、王都中の人々の目を釘付けにしていることだろう。
ジンの不愉快そうな表情はそこから来ているのかもしれない。魔法の国で魔具を見せびらかすんじゃねぇよと言いたいのだろうか。
……ただなぁ、僕らもクロネアへ着いた際に、同じようなことをしたような気もする。
「……ッ。ここにいる全員に命令する。五歩下がれ」
すると、ジンが何かを感じ取ったようで全員に命令した。次期アズール王の命令とあれば背く者などいない。皆一様に五歩下がる。
対し、魔儀列車は速度を緩めることなく猛進してくる。
正面から迫りくるその姿は、巨大な鋼鉄の円筒を核とした、荒々しくも機能的な多層装甲の塊である。全身は黒で統一されており、車体の最前部には鋭角のバンパーが突き出していて、見ようによっては空を切り裂く鉄の刃のようだった。
曇天の薄暗がりの中、列車の先端の直上に並ぶ四つのライトはギラリと妖しく光っている。獲物を探している獣と同じ眼光だ。こちらに近づくにつれ、大きさも重低音も格段に大きくなっていく。もはや耳を塞ぎたくなるほどだった。
迫りくる空飛ぶ機関車を呆然と見ていると、後ろから僕の両耳を誰かがそっと覆った。振り向けばレノンがいて、煩い列車の音から主人の耳を守ろうとしているのだろう。こくりと頷く美男子。
「これも付き人の役目だ」
「違うだろ。子供か」
お返しに僕もレノンの両耳を塞いであげて、二人して首だけを空へ向ける。横でミュウから「二人はそういう関係だったんだね!」と言われている気もするけどスルーしよう。
いよいよ魔儀列車は僕らの真上にある空に差し掛かろうとする距離まで来た。体の芯を叩くような列車音に思わず固まってしまう。皆一様に天を見て、かの魔具を口を開けて視界に収めるしか、することがなかったのだ。
そして、僕らの視線を一身に受けたその機関列車は……。
「さらに命令だ。お前ら、もうちょい中央に寄れ」
盛大に弾け飛んだ。
バラバラになった。
魔儀列車が、降ってくる。
◇
もはや唖然とするほかなかった。
誰がこれを予想できただろうか。空を我が物顔で走っていた魔具の列車は、突如として爆音ととものに木っ端微塵となった。
「……ぇ」
正確には、十以上はあろう車両の一つひとつが、結んでいた糸を解いたように散開した。きっと王都にいて魔儀列車を見ていた人たち全員は一様に同じリアクションだったと思う。
僕を含めて「……ぇ」という何とも情けない声を漏らしつつ、ただただ現実を見るしかないのだった。
そして次のリアクションも同じであろう。
数秒後には遅れてやってきた理性が「さぁ現実をみよう」と追いつくも、やはりありえない光景に唖然として、しかし理性も総動員して現実を直視する。そしてその第一声は……。
「これ、ヤバくないか……!」
周囲にいた誰かの言葉を皮切りに、僕らはようやく逃避した状態から現実を直視する方へとバトンタッチした。しかし、だからといってこんな状況……どう手を打てばいいんだ!?
「あぁ、シルド。落ち着け」
目を瞑り、人差し指をクルクルさせながら薄く笑う王子。
「なんとかなるからよ」
「こ、この状況を……?」
「おうよ、とりあえずは降ってくる車両だな。メロゥ」
「はーぃ。気分マジあぁがるぅっ。“しゃぼん包膜”」
女性の声と一緒に、巨大なしゃぼん玉が空中へポコンと生まれると、瞬く間に超巨大化した。
「でっか……」
風船に息を吹き込むように、超高速でそれは続き、あっという間にしゃぼん玉の大きさは一番港の三分の一を覆うほどになる。
外から見ている人からすれば、空から降ってくる列車の残骸を何故かしゃぼん玉で迎える光景になっていると思う。
「ほぃほーい、行ってらっしゃい」
さらにそれを天高く射出。しゃぼん玉は割れずにグングンと上昇していき、こちらへ降ってきていた列車をフニャンと受け止める。膜に覆われる形でズモモモモ、と変な音を出しながら先頭列車や車両はしゃぼん玉の中央へとグイグイ進んでいく。
しゃぼん玉が弾けてしまうのでは、と危惧したけれど不思議とそうはならなかった。列車はそのまま膜を突破して「完全に中へ入る」形となる。魔法の玉は割れないままだ。
さらに車両は下へと落ちていき、しゃぼん玉の膜に再びぶつかる。そして、ちゅるん、と膜を突破した。
すると、下の方の膜で受け止められた列車は、軒並み全体をしゃぼん玉でコーティングされた状態となる。結果として、見えない風船に吊るされたように、ふわりふわりと落ちてくる。レノンと顔を見合わせながら、首を傾げる。
「しゃぼん玉に包まれる魔法……?」
「みたいだな。子供は喜びそうだ。シルドも入ったらどうだ?」
「もう帰っていいよ」
「仕事は最後までやるものだ」
ふふん、と上機嫌の執事を無視して再度視線を上空へ。
どうにも、最初に生み出したしゃぼん玉に物体や人を通過させ、通ったそれらを一つずつ丁寧にしゃぼん玉の中に入れていく魔法のようだ。
今やバラバラになった車両は全て、各々しゃぼん玉にコーティングされた状態となっていた。タンポポの綿毛のように、ふわふわと空を泳いでいる。
「いい感じだ、完璧だぜ。よくやった」
「ありありぃー。やっぱ褒められると嬉しいじゃん。若ぁ、どのように配置しますかー?」
「少し待て。……あぁ、なるほどな。右から三番目の車両だけ俺らの前にもってきてくれ。他は適当でいい」
「はいな、ほいほいっと」
十以上ものしゃぼん玉を巧みに操り、一つの車両以外をドンドンと置いていく。そしてジンに言われた車両だけこちらへフワフワさせて、僕らの前へ。
ミュウに目を向けると「彼女もアズール十四師団の隊長だよ」と教えてくれた。地味に今日、隊長格を二人も見ているのか。
「若ぁ、準備できやしたぜ」
テンション高めの隊長とは違い、僕らの前に置かれた車両は沈黙を続けていた。
人命救助を優先したいところ、中の様子もわからないため動きようもない。ユンゲル右大臣ですら判断に迷っているようだった。ただし、そんな時でも僕らの王子はいつもの調子で淡々と相手側へ告げる。
「おい、さっさと出てこい。時間の無駄だ」
ボゴッと軽く車両は揺れる。そしてジンの言葉に呼応するように扉は荒々しく開門した。
音もなく、中から一人の青年が姿を現した。
ニッコリ微笑んでいる。
「……クソが」
小さく、ジンはそう呟く。聞き取れたのは僕ぐらいだった。
銀髪の王子は一瞬だけ怒気の表情をして、何事もないように直ぐに戻す。対して、出てきた相手は朗らかな笑みを浮かべていた。
「やぁ、ジン……久しぶり! 息災で何よりだよ。俺は以前と同じであまり変わっていないが、心は強くなったぞ! お前はどうだ?」
「……さてな」
「あいも変わらず素っ気ない奴だ。そこもお前の魅力だがな。ところで、アレがアレしてアレになったので困っていてな。どうしたものか」
アレアレ言いながら、終始笑顔の青年は前へ歩を進める。年齢は僕らと同じぐらいだ。曇天の下でも快活に朗らかにこちらへ微笑む姿は、まさしく王子のそれである。
舌打ちするジン。
また、僕らは先ほどと同様に言葉を失ったまま固まるしかなかった。悲しいかな、ジン以外はその場から動くことができなかったのだ。
原因は、彼の見た目にある。
……赤。
「それでだ、ジン。唐突な質問で悪いんだけど、一番港とやらはどこかな?」
「ここだボケ」
相手の服は、全身血塗れになっていた。
ベットリとした血液が、服のあちこちに付着している。手からも新鮮な赤い液体がポタポタと流れ落ちていて。
「……ハッ、列車内で殺人かよ」
「その通りだ。暗殺されかけたんで返り討ちにしていたら、思いのほか多くてな。でも大丈夫! ちゃんと皆殺しにしたぞ!」
偉いだろ、と誇らしげにする男性。
そのまま彼は僕らに気づくと、手をブンブンと振って笑いかける。久しぶりに会った家族にするような態度であった……。手を振るたびに血がピピッと地面に付着する。
「やぁやぁ、アズール諸君。お出迎え、心より感謝申し上げる」
そんな物騒な状況とは裏腹に、カイゼン王国のプアロ王子は楽しそうに微笑むのだった。人の心をどこかへ置いてきたかのような……不気味な微笑み。
不意に、ジンの言葉を思い出す。
――傀儡。
「短い間だが、アズール滞在の一週間。どうぞよろしく頼む!」
とんでもない人が来てしまった。
たぶん皆がそう思ったはずだ。
そして残念なことに……まだ終わりではなかった。
【第1巻をご予約してくださいました方へ】
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