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照れ隠し


 僕らの足音が近づくにつれ、ジンはこちらへ視線を向けた。


「おぅ、着いたか」


 いつも通りのジンだった。対して、僕は少し面食らってしまう。

 彼のいつもの服装は白と金の混じったカジュアルなシャツに、スラリと伸びた黒のズボンだ。王族らしく高級品のアクセサリーをつけていて、全体から纏うルカは滑らかでやや重め、それなのに色気もあって不思議な男だと常々感じている。


 そんな今日の彼は、黒だった。黒を基調とし、紺の縦線の入った襟のあるシャツを着ていて、ズボンも同様に黒である。加えてワイン色の羽織も身に纏っていて、正直に言うと、どこぞのヤクザの若旦那のようだった。

 歩を進める途中、念のためだと前置きして小声でレノンから言われる。


「集まっているのは全員、アズール上層部の連中だ。下手なことは言うなよ」

「わかってるさ」


 連中と言うあたりがレノンらしいと思った。

 レノンはそこまで身分の上下を気にしない存在だ。ジンから敬語禁止と言われた際も多少の抵抗はしたものの、すんなり順応していたし。

 ただ、さすがにこの面子を相手にして適当な言葉を述べるのは無礼千万というもの。貴族らしく、場と身分を弁えた対応をする必要がある。


 片膝をつき、ジンと周囲の人たちの前で頭を垂れながら挨拶をした。


「殿下、お招きにあずかり光栄にございます。この上なき誉れ、心より感謝申し上げます。チェンネル領地を賜っております、アシュラン家が長子、シルディッドと申します。若輩の身ゆえ、至らぬ点も多々あるかと存じますが、精一杯務めさせていただきます」


 田舎者ゆえ、こういう言葉は滅多に使わない。歯に浮いたようなセリフなど実に似合っていないと心から思う。

 それでも、ジンの友人という立場をハッキリと周囲への人々に伝えるためにも、こういうものは大事なのだ。本音と建前というものがある。ジンだってそれをわかっているし、今の彼はこれを求めているはずだ。


 しばしの沈黙の後。

 何も言われない。

 ……?

 あれ、おかしいな。本当に何も言われない。どうかしたのだろうか。そう思っていたら、ユンゲルさんから頭を上げてもらえますかな、と言われたのでそろりと上げた。


「…………」

 

 心底、ものすっごく、ありえないほど、顔中に皺を寄せて、嫌そうな顔をしているジンがいた。


「……ぁ? あぁ、なるほど。はぁん。そういうこと。ふぅん。そう」


 と、一人で納得したのか横にいるユンゲル右大臣へ向きを変えて、ゲシゲシと彼の脛を蹴り始める。アダダ! と悶絶するユンゲルさん。さらにその横にいる高級官の方々にも同様に蹴りを入れている。皆、演技ではなく本当に痛そうな顔をして悶絶していく。


「……えっと」


 何か変なことをしただろうか。後ろを見るとレノンも僕と同じ顔をしていて。さらに後ろでピッチェスさんが口に手を当てて笑いを押し殺していた。

 レノンと一緒にどうしたらいいんだろう、と無言のまま考えていると、ひぃひぃと言いながらユンゲルさんがこちらへ来た。


「どうにも、普段のアシュラン様の方がよろしいようですな」

「え、でも」

「申し訳ありませんが、このままだと私らの脛が砕けてしまいます。どうかお願いイタタタダダダ!」


 再びユンゲルさんの脛目掛けてジンの蹴りが飛んでくる。あまりの痛さに向こうへ逃げる右大臣を軟弱者がと言いながら蔑むジン。

 周囲では大人たちが地面に横たわって悶絶していて、死屍累々となっていた。何だこの状況……。


 そして、当の本人は僕の方をジィッ……と見つめてくる。金の瞳だ。全てを見通すような目であり、同時に何かを訴えているようでもあった。


「……」


 何も言わないジン・フォン・ティック・アズール。

 ……きっと、彼はこう言いたいのだろう。他の奴と同じでどうするんだ、と。僕という田舎貴族兼司書という変わり種を傍に(無理矢理)置いた男だ。普通の奴なんて全く興味なんてないのだろう。


 彼にとって、非日常な存在を……近くに置いておきたいのだろう。

 彼にとって、日常を楽しくさせてくれる存在を、手放したくないのだろう。

 子供みたいな男だと思う。ただ、そんな彼だからこそ、僕なんかを友として選んでくれたのだ。


「普通に接した方がいいの?」

「当たり前だ」

「ここさ、外交の場だよ。いつもいるロギリアみたいなところじゃない」

「まだ外交の場にはなってねぇだろ。傀儡王子は来ていない。それを俺にずっと見せてくるつもりか?」

「少しはこっちの身も案じてくれ。ジンに迷惑をかけないよう考えて行動している」

「それこそ無意味だ。自分のことだけを考えろよ。他は気にするな」

「気にするんだよ、あいも変わらず我儘な奴だ」

「我儘は悪じゃねぇからな」

「善でもないだろ」


 減らず口を叩くなよ、まったく。後ろのレノンは顔に手を当てて「はぁー……」と溜息をついている。彼なりにいろいろと気を使ってくれたのにね。ただ、ジンがそれを見事に破壊してしまったようだ。


 たぶん、朝からレノンのピリピリした原因は僕をシッカリとアズール上層部に紹介し、恥をかかせないためだったのだろう。

 少し油断すると僕は直ぐにボロを出すため、厳し目に接してくれている。レノン自身は気づいていないが、かなり面倒見の良いタイプだ。


 さて、そんなわけでジンからはいつも通りを演じろとのご命令だ。

 ここで変に貴族ぶっても、かえってジンの機嫌を悪くするだけで再び脛蹴りが始まる。それはユンゲルさんたちにも申し訳ないことだ。


「ところで、どうよこの服。結構時間をかけて作ったんだぜ」


 ジンが自身の黒と紺の服をヒラヒラさせて見せてくる。

 物凄く高そうだ。僕なんかでは一生着ることのない超高品質の服なのだろう。


 彼のご機嫌を取ってほしいと顔に書いてある上層部の連中とユンゲルさん、もう好きにしたらいいと半ば諦め顔のレノン、そして未だ楽しそうに頬を撫でているピッチェスさんに、地味にワクワクしているジンを前にして。


 仕方なしに、普段通りの僕にする。

 といっても、相手は王族だ。

 敬意を忘れないようにしたい。

 えっと、その服だっけか。

 


「超ダサいね。喪服かな?」



     ◇



「言うに事欠いてテメェェェエエ!」

「事実だから仕方ないだろ! いつもの白服はどうした!」

「特別仕様なんだよ、テメぇも同じ服着ろや! 用意してあっからよ!」

「誰がそんなヤクザ御用達の服なんか着るかぁ!」

「お兄ちゃん、着いたよー。あれ、ジンとシルドくんどうしたの」

「いつもの光景だよ」

「あと、なんでユンゲル泣いてるの」

「うぐぅっ、ひぐっ! クロネアに行く前から感じておりましたが、ジン王子、本当に、本当にぃ分かち合えるお友達ができたのですね……! このユンゲル、感涙であります! あんなに笑い合って……!」

「罵り合っての間違いじゃないの?」

「ほら、さっさと着ろや!」

「嫌だ!」


 僕とレノンの分の黒服を取り出してずずぃと近寄ってくる変態から逃げていると、ミュウ・コルケットのご到着である。

 助かった。斯々然々説明すると、ミュウはほほぉと嬉しそうに頷く。


「それ着たら、誰もシルドくんたちに挑発するような態度を取れなくなるからだと思うよ」

「え、そうなの?」

「ジンしか着ないはずのものを着ている以上、第三者にはジンの最も懇意にしている人だと認知されるからね。ジンなりに二人のことを気遣ってのことだと思うよ」


 そうなのか……。

 ミュウに銀髪の心の内を教えてもらえたことで今までの自分を恥ずかしく思う。言い方はアレとしても、ジンなりに僕らのことを考えていたようだ。


 謝罪と感謝の言葉を伝えようとジンの方を振り向いた。黒服を捨てていた。


「ちょっ!? どうして捨てるんだ!」

「気が変わったんだよ」

「嘘つけ、ミュウにバラされたから恥ずかしくなったんだろ!」

「んなわけあるか!」


 黒服を拾おうとする僕をあの手この手で邪魔する銀髪と格闘する。……クソッ、こいつマジで着させない気だ! せっかくミュウのおかげで真意を知れたというのに、天邪鬼なやつだ!


「レノン、手伝ってくれ!」

「はぁ……飼い犬に芸を覚えさせるのはこんなにも難しいものなのだな」

「今、飼い犬っつったか?」

「気のせいだ。さりとてミュウ様、そろそろと考えてよろしいのでしょうか」

「うん、そうだね。ジン」

「あぁ?」

「――来たみたいだよ」


 ミュウの言葉を受けて、僕らの表情は止まる。

 それまでの喧騒は、彼女の一言で軽々と吹き飛ばされた。

 全員で互いを見て、もう一度ミュウを見る。彼女はニッコリとしながら空を指さし、つられて僕らも空を見やる。


 今日は曇天。

 雨は降りそうにないけれど、どんよりとした灰色の絨毯に空を覆われている。ずっと見ていたらこちらまで気分を下げられそうな空模様だ。

 もっと晴天になってくれていたら良かったのにと残念に思う。


「……?」


 そんな中、不意に変な音がして。

 ドッドッドッドッ……とリズムよく太鼓を叩くような、規則的な駆動音。その音は徐々に大きくなっていって、王都の空全体に響き渡るように轟いていく。


 ブオッ、オオォと何かを吹き出す音も混じっていた。


「チッ、定刻はもうちょい先だろ。相変わらず時間を守らない奴らだ」


 嫌味を言いながらアズールの王子は首をコキリと回した。

 今の曇りを例えるなら、汚れた綿を空に貼り付けたような光景だ。随分とくすんでいて、見れば見るほど落ち込みそうな気分になる。その中から……一つの物体が、ブオォッと雄々しく叫びながら飛び出した。


 正直なところ、僕はそれを知っている。


 この世界ではアズールもクロネアも前世の世界とは程遠いものだけれど、かの国のものは比較的、僕の知っているものに近いのだ。

 だから事前に本で知った時は是非とも生で見てみたいと思ったもの。そしてその願望を今……この目でしっかりと捉えていた。


 カイゼン名物。

 恒常浮遊走行・魔具装甲蒸気機関車。

 その名は――



「魔儀列車」






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