二度目のアズール城
学校から王城へ行く方法は一つだ。
ローゼ島の南東に立入禁止区域の祠がある。名を「王臨の宮」。立入禁止とは文字通りのことであり、中に入ろうとしても先へ進めない「摩訶不思議な呪いの陣形」が地面に刻まれている。
一歩、また一歩と進むたびに自身の重さを感じていき、そのうち動けなくなる。反対に後ろへ下がれば下がるほど軽くなる。
重さのあべこべを強制的にかけられる“災厄一丁目”と呼ばれる陣形及び癒呪の複合魔法だ。
しかも、今挙げたのはほんの一例にすぎず、合計七つの魔法によって守られている。中に入れるのはアズール政府関係者の極めて少数の人であり、常に厳重な探知魔法をかけられている。そんな場所からジンは王城からやって来るのだ。
「まぁ僕らが実際に使うのは今回で二回目なんだけどね」
「しかも使ったのは数か月前と、最近だな」
「うん」
レノンと一緒に感慨深そうに呟いた。
ミュウ・コルケットのアズール帰還の際に、彼女はジンの殺害予告付きで戻ってきた。狼狽した彼は僕とレノン、ジェイドをつれて急ぎ王城へ向かった。その際に使っていたものこそ、この王臨の宮である。
あの時はジンも軽いパニックになっていて、本来なら使えないはずの僕らを強制的に使用可能としていた。実際にどうやったのか、正直なところわからない。ジンに聞いても知らんぷりされる。
「今でも教えてくれないんだよね」
「話してはいけない事項に触れるのだろう」
「なら、執拗に聞くのは野暮かな」
「賢明だ」
今回はちゃんとしている。既に関係者の方々は待機していて、早速王城へ向かうことにする……前に、チェックを行う。
正式な文書の提示に荷物検査はもちろん、何かしらの呪いを自身にかけていないか、さらには一定の縛り(たとえば中級以上の魔法は使用しないなど)を誓わされ、それを魔法として付与されるなど、相当な厳戒態勢を敷いているようだ。
こんなにも面倒な手続きをするとは思っていなかった。ミュウが来た時、ジンがこれらを全部カットできたのは相当な荒業をしたに違いない。間違いなく、やっちゃいけないことをやったのだろう。
ようやく王城へ移動するための陣形魔法を使えるようになったのは、正式な文書の提示をしてから約一時間後のことだった。この時点で既に疲れていて、これからのことを思うと憂鬱になってしまう。
そんな中でもレノンはテキパキと仕事をこなしていて、とても同い年とは思えない男だった。これからの予定や雑事、関係者との質疑応答などを一人で軽々とこなしていく。どんな質問にも淀みなく答え、僕の出番はほとんどなかった。
「レノンに付き人をお願いして本当に良かったよ」
「これぐらいなら誰にでもできる。むしろ本番はこれからだろう」
まぁね。それでも感謝はそのまま伝えて、ほんの少しだけ恥ずかしがる友達を見た。
陣形魔法“座標転移”によって王城へ移動すると、待っていたのはピッチェスさんだった。ジンの后となるミュウ・コルケットの兄であり、クロネア王国へ行く際にも同行してくれた右大臣補佐の方である。
「お久しぶりです、ピッチェスさん」
「こんにちは、アシュランくんとレノンくん。いや、今はアシュラン様がいいのかな?」
「やめてください、そういうの苦手で。なによりそれをいうなら貴方はコルケット卿じゃないかですか」
「ハハハ、違いない。では参りましょうか」
そのままピッチェスさんに連れられて移動を開始する。王城はバタバタと忙しなく皆が動いていた。猫の手も借りたいようで、至るところで言葉が矢のように飛び交っている。この日のため、様々な準備をされてきたのだと思うと頭が下がる思いだ。
時折、知っている人へ挨拶しながら僕らを連れて歩いていくピッチェスさんに問いを投げかける。
「今からどこへ?」
「そろそろプアロ王子が来られますので、それのお出迎えになるかな。ジン王子もそこにいますよ。本来ならアシュランくんやレノンくんは王城でくつろいでいただく予定でしたが、ジン王子の希望でそちらへお連れするよう指示を受けております」
ピッチェスさんの凄いところは、アズール二大公爵の一角であり強い権力を保持しているコルケット家の人間であるのに、それを全く匂わせないことだ。
本当にただの右大臣補佐で毎日忙しく働いている普通の人ですよー、という感じで動いている。
さらに、僕だけではなくレノンにも気を使ってくれている。
こういう人は周りからかなり好かれるけれど、本人の負担は通常の何倍にもなることを僕は知っている。
だからだろう、そのストレスを押し殺している弊害として、彼の短所は寝起きの悪さだ。ミュウ曰く、朝のお兄ちゃんは完全に別人だから絶対に近寄っちゃ駄目とのこと。死ぬほど怖いそうだ。
「ジンは王城のどこかにいるということですか」
「いいえ、空船一番港ですね。王城へ来る以上、必ず一時間以上はかかる検査を行います。先にそちらを終えて、今から行く場所へ案内してほしかったようですよ」
「今さらですが……プアロ王子の出迎えに僕なんかがいていいのですか」
「普通は駄目ですね。ありえないことかと」
……やっぱり。まいったなぁ、間違いなく目立つよな。
そう思っていたら後ろからレノンに足で小突かれた。嫌そうな顔をしたのを後ろからでも察知されたのだろう。
レノンの顔には「気を抜くな」と書かれていて。「わかってるよ」と頷く。
「では、一番港に行きましょうか。カリエィ隊長、お願いします」
え、カリエィ? 数か月前のクロネアへ行く前に、ユンゲル右大臣がジンへ放った密偵四十人の中に隠れていた一人の名前だ。
彼を見つけるために派手な籠城戦をローゼ島で行い、結果として勝利を収めたものの、個人的には彼は手を抜いていたと思っている。
そして空船で旅立つ直前に、僕の妹であるイヴに陣形カードを送っていた人物でもある。いつかまた会えたらお礼を言おうと思っていたので、どこにいるだろうと周囲を見回す。
誰もいないので、必死に探していたら地面に陣が灯る。いつのまにか施されていたようだ。フッと音もなく現れた彼は、こちらへ軽く会釈してくれる。あ、これもう飛ばされる……!
「カリエィ隊長、妹に陣形の助言をしていただき、ありがとうございました!」
消える直前、カリエィ隊長の朗らかな笑みを見ることができた。たぶん彼と会うことはもうないと思う。
それほど忙しい身だし、貴族とはいえ田舎者の僕なんかでは、本来なら会話すらできない相手だ。少しでも交流をもてただけでも、幸運だと思おう。
二度目の“座標転移”によって移動した先は、空船一番港。
高級品や芸術品、貴重な品々は必ず最初にここへ降ろされて、成金貴族たちがこぞって買うお約束の場でもある。同時に、極秘の船の出港・着港もここで行う。そのため警備は厳重であり、ある意味では安全ともいえる港だ。
王城へ行く前に厳重なチェックをした手前、どうにも一番港へ入る際のチェックもパスできたということだろう。
視線の先にいたのは、ユンゲル右大臣と一人の青年だった。銀髪を風になびかせながら今後の予定を再確認している。立ち姿といい、あいつはどこにいても絵になる男である。
レノンと顔を見合わせ、頷く。
さぁ、いよいよ僕も「仕事の時間」だ。
どういう形であろうとも、ジン・フォン・ティック・アズールの友人として、それ相応の立ち振舞いをしなければならない。
それは僕のこともあるけれど、どちらかといえばジンのためでもある。彼の顔に、泥を塗ってはいけないのだ。小さな決意を胸に、ジンのもとへ歩を進める。
同時、遠い空のうえで……。
魔具の国から「とある物体」がこちらへ接近していることを……僕は知る由もなかった。
【第1巻 カバー解説その3】
下の方に第1巻のカバー画像がありまして
カバー下には本湖が描かれています。
半透明な煌めきを表現していただいており
枯山水風のアレンジもchibi様にデザインしていただきました!
実際に手に取られたら、画像よりもさらに美しく
透明感があり、繊細なタッチで驚いていただけるものと思っています!
ご予約していただけますと、大変、嬉しいです!
何卒、よろしくお願いいたします……!




