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シルドの横にいる存在


「フ、フフ、フフフ」

「お嬢様」

「フフ……」

「お嬢様!」

「え、な、何?」

「フフフ笑いが止まっていません。自重なさってくださいませ」

「そそ、そう? 愚かね、気づかなかった。フフフ……」

「はぁ」


 お屋敷に戻ってから、お嬢様はずっとこのままです。

 どうにも、シルド様のご両親とは上手くいったようで、本人としては「会心の出来!」と盛り上がっているご様子。


 まぁ私としてもここまで順調に事が運ぶとは思っていませんでした。一番の難所であるシルド様のお母様に認めてもらえるなど(しかも初対面)、中々できることではありません。


「頑張りましたね」

「えぇ、その通り! 幸せでいっぱいかしら! どうしよう、私、もう死んじゃうかも!」

「落ち着いてくださいませ」

「お義母様……」

「……」

「お義父様……」


 枕を抱きしめて意味不明な未来の練習をしているお嬢様のところへ行き、枕を奪い取ってペイッと投げます。「あぁ!」というお嬢様。


「これ、前にもしませんでしたか?」

「したかもしれないし、しなかったかもしれないわ。愚かね」

「愚かなのは貴方ですよ……!」

「そ、そんな強く言わないでよ!」


 信じられません。

 いや本当に、今目の前にいる人が私の主人なのでしょうか。どう見ても頭お花畑の恋に恋する乙女なのですが……! 


 まずいですね、ここまで重症とは思いませんでした。この状態で外に出たら頭パンパカパーンのモモ・シャルロッティアの出来上がりです。それだけは絶対に避けたい!


「お嬢様、今日はカイゼン王国のプアロ王子が来訪される日です」

「えぇ、知ってる。全然興味ないけど。……シルドくんの故郷チェンネルについて詳しく調べておく必要があるわね。リュネ、お願いできる?」

「嫌です」

「な、何で!?」

「今! やるべきなのは、シルド様との未来を考えることではありませんよ。これからの一年と半年、彼を支える存在になることです。違いますか?」

「そそ、そうだと思うけど。問題はないでしょう? だって私がいるもの」

「ハッ、愚かですね。哀れともいえましょうか。今この時も、シルド様の横にいる存在に気づかないとは」

「……。はぁ?」 


 よし、怒りに任せて食いついてきました。

 ちゃっちゃか元のお嬢様に戻しましょうか。まったく、恋に恋する乙女なのはいいのです。ただ、だからといって暴走し自堕落な存在にもなってほしくない。


 モモ・シャルロッティアに必要なのは、気高くも美しい、誰もが憧れる……唯一無二の令嬢なのです。恋バナは一先ず、終わりとしましょうか。


「私がわざわざ言うまでもありませんよ。既に彼は、シルディッド・アシュラン様の横にいるべき存在として……動いています。フフッ、――もがき苦しみながらね」




   ☆ ☆ ☆

   ★ ★ ★




「シルドくんも貴族だったんだねぇ」

「今さらですか」

「クハハ、申し訳ないけど孫の友達にしか見えなくてね」

「孫といえば、ステラさんとはこの前会ったんですよね」

「うん、息子と三人で食事をしたよ。ドナールなりに娘に話しかけていたけど、どうにもあの親子は反りが合わないようだ。私を間に入れないとまともに会話もできない。困ったものだよ」

「きっとステラさんも感謝していると思いますよ、言葉には出さないでしょうけど」

「クハハ、上の下」


 昼前。

 ロギリアの店内でゴードさんの淹れてくれた紅茶を楽しみつつ、二人でゆったりと会話する。

 ゴードはアズール図書館の司書ことステラさんの祖父であり、本名はゴード・マーカーソン。頑なに名字を教えてくれなかった理由はそこから来ていた。


 ステラさんは司書になる際、協力者として父と祖父にお願いしたようである。また、僕が初めて王都に来た際に宿を提供してくれた「食の天井」のマスターであるピュアーラさんもステラさんの協力者であり親友の間柄であるそうだ。

 地味に僕は彼らと接触している。全てステラさんの気遣いであった。


「ところで、彼はずっとそこにいるけど……いいのかい?」

「僕もそう言っているんですが、中々強情なやつでして。レノン、一緒に紅茶を飲もうよ」

「本日、私の役目はシルディッド・アシュラン様の付き人であります。どうかご理解いただきますよう、お願い申し上げます」


 窓際に立っているのは、執事科二年生のレノン・オグワルト。クロネア王国へ行く際にも一緒に来てくれた友達である。

 眉毛は長く、肌のきめ細かさは陶器よりも美しい。何も手入れをしていないのに光沢のある綺麗な髪がサラリと頬をかすめる。緑の瞳をこちらに向けて、一切微動だにせず佇んでいた。


 その美貌はもはやローゼ島全域に広まっている。執事科の学生なのに「貴公子」と呼ばれているほどなのだ。


 僕と同じようにアズール学校に入学して一年半、もはや学校にいる女性の中で、彼の名を知らない人はいないと言わしめるほどの美青年である。

 最近では三日に一回のペースで恋文をもらい、大体毎日告白されているそうだ。正直、最初は羨ましいと思ったことはあるけれど、ここまでくると可哀想でもある。


「確かにレノンには今日、僕の付き人を依頼したよ。でもそれは友達含めてだ。仕事じゃない」

「その曖昧さは依頼される側として不本意だということを知っていただきたい。私は今日、貴方様の従順なる付き人としてここにおります」

「なら主人命令だ。このロギリアにいる場合のみ、それを止めてくれ。それぐらいは許容されるはずだろう?」

「……」


 しばし沈黙の末、観念したのかふぅと溜息を吐いて僕の横へ座るレノン。

 言っちゃ悪いけど、彼が女装したら学校中の男たちは二度見すると思う。定期的に会っている僕ですら彼の横顔の美しさには思わず見てしまうほどだ。

 憂いの美、という表現が一番合っていると思う。儚げな表情からグッと心にくるものがある。見惚れてしまう美形のそれ。


 だが男だ。

 厳し目な表情で僕を見る貴公子。


「もう一度言うが、依頼をする以上、その曖昧な友達の線引きは俺に対する愚弄と同義だ」

「わかってる。だからせめてロギリアでならいいだろ?」

「わかっていない。まったく、わかっていない。ここでは友達、ここでは付き人。ぬるい。そういういい加減な判断こそ不幸を招くのだ。次期領主となる男ならば、その考えは捨てるべきだな」

「今は学生だよ。純粋な友達だ」

「……」

「レノンの言う通りだとは思う。中途半端なのも理解してる。ただ、僕の付き人はレノン以外にいないと思ってる。もしキミに今日用事があったのなら、僕はジンの誘いを断っていた。ごめんね、我儘な依頼人で」

「……ジン王子の言っていた通りだな」

「あいつなんて言ってたの?」

「男にも興味をもったと」


 あの野郎……! 


「俺ばかりに依頼を出すのもあまりよくはない。別の者も登用し、今のうちに『良い奴』がいたら勧誘すべきだろう」

「あぁ、それなら大丈夫。ウチの田舎は今の執事さんが辞めたら近くの町から呼ぶことにしてるから。人気ゼロなんだよね、恥ずかしながら」

「……」

「この王都に通う執事科の生徒は皆、八船都市のどこかで雇われるだろう。だから、色んな人を見てたらチェンネルで登用する際、ここで知り合った執事科の生徒と比べちゃうと思う。それをせずに、人柄を重視して一緒にやっていける人がいいなぁって思ってる」

「……」

「素敵な執事と巡り会えたらいいな」

「…………」


 何故かレノンはずっと黙っていて、紅茶を口に含んでいた。何か変なことを言っただろうか。……あ、レノンの言った通りにしないから拗ねているのかも。説明しないと。


「えっと、比べる相手に」

「シルドが思っていることではない」

「……? じゃあどうして黙ってたの?」

「答える義理はない」


 クハハ、と後ろで笑うゴードさん。どうやら彼はわかったようだ。しかし僕にはわからない。怒らせるようなことを言っただろうか。


 そういえば、時々レノンからチェンネルについて聞かれることがある。しかも結構深めにだ。

 彼の成績から考えて王都か政府関係の雇用先は約束されたようなもの。しかもこの美形、採用しない方が狂っていると思えるほどである。田舎のウチに興味を抱く理由はないだろう。


「そろそろではないか」

「え? あ、うん。そうだね。行こうか」

「シルド、半年後の年末は里帰りはするのか」

「うん、久しぶりに家族全員で集まる感じかな」

「そうか」


 その言葉を最後に、レノンは黙ってしまった。……うーん、困った。さすがにわからない。今日はモモにも会うから、それとなくレノンについて聞いてみよう。


 まさかとは思うけど、彼は年末チェンネルに来る気だろうか。いや、さすがにそれはないか。あんな田舎に来るメリットは申し訳ないけど皆無なのだ。これ言ったら母さん怒るけど。


 ゴードさんに別れを告げて、二人で王城へ向かうため移動を開始した。

 

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ドンドン新キャラ出ますー!

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― 新着の感想 ―
レノンくん、クロネアとの代理戦争の時にシルド君を執事冥利につく仕え甲斐のある主人と思ったんでしょうね。相変わらずシルド君、天然です。
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