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エスクリプト 〜空想と欲望の果てにみる夜明け〜  作者: 音沙汰無し
流浪する猫と産まれたての三連星

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2/18

不運と推測

 真夏の朝は早い。まだ朝刊が各家に届き終わらないうちから、大地を照らし始める。障害物に遮られない限り何処へでも明るく暖かく照らす。


 それは極度の疲労で倒れるようにベットに横たわった結果、窓もカーテンも開いたままであった明の部屋も例外ではなかった。


 太陽は瞼を透過し明へ光をを伝え、肌へ熱を伝える。少年は不快さを払うように腕を振るが当然なんの効果もありはしない。


 そうこうしているうちに本格的に意識が覚醒したのか、明はのっそりと身体に起こした。


 明は寝起きの上手く回らない頭で何かを考えているようであった。


「アレは夢?黒い靄としゃべる白い奇妙な猫……んで、傷も」


 明はボソリと呟きながら、左の手の甲を見る。傷を負ったはずの甲は無傷そのもので、加えてその声に答えるものは居ない。昨日の記憶が夢であったのかと錯覚するほどに変哲もない目覚めである。


 明は溜息を着くと、若干の疲れの残る体でベットの上から降りる。そして、まだら所ではすまない程、塩の痕跡を残した服を脱ぎ捨て、目覚める原因となった光を部屋の外へ追いやる。


「まぁ、あれは現実なんだけども」


 昨日体験したことは現実である明はそう声に出す。


「とはいえ、ひとまず風呂だな」

 

服はもう湿ってはいないものの、あれだけの汗をかいたあとである。こんなに朝っぱらからシャワーを浴びたとてバチが当たるなんて事はないだろう。


オユハリヲシマス、聞きなれた無機質な音声をきき、明はそのまま浴槽に四肢を投げ出しだらりと寝そべる。程なくしないうちに、背中側から暖かいお湯が流れ出し、体を徐々に水没させていく。


お湯が間もなく腰上まで満たそうかという所で、明の背後から声がかけらる。


「なんでそんな間抜けな格好してるにゃん」


  明の声にならない悲鳴が響いた。明は大慌てで体操座りのような体勢で体を抱え込むと、後ろの声の主に咎めるような声で言った。


「浴室入ってくるなよ。それに背後から急に声をかけないでくれ、心臓に悪い」


「にゃん?別に狭くないから問題ないなくないかにゃん?」


「狭さの問題じゃない。デリカシーの問題だ」


 ぽかんとした、ほんとうに何が問題なのか分からない様子のコタロウに明は言う。


「デリカシーと来たかにゃん。実はよく分かってないにゃんね。そんなもんだいかにゃん?」


「問題あり、大あり、オオアリクイだよ」


「何が問題か分からない上に、面白くもないにゃんね」


 明の眉間にシワが寄る。明は静かに両の手をお湯に浸すと、素早く手の内のお湯を背後へと吹きかける。


 ゔにゃと変な声がして、ぼちゃんと大きな音が浴室に響いた。驚いた拍子に浴槽に滑り落ちたようである。大慌てで浴槽の縁へと這い上がるコタロウに明はため息をつき釘をさす。


「どつかないだけマシと思えよ?」


「悪かったにゃん。けどそんなに驚く?怒るとは思わなかったにゃん」


「まじかお前」


「まじにゃん。起きたのならなるべく早く教えてあげようって思っただけにゃん。明、情報知りたがってたにゃん」


  ブルブルと体を振り、雫を吹き飛ばしながらコタロウは言う。飛んでくる冷たい雫を桶で明は防ぎながら言う。


「タイミングってもんあるだろ。しかも、こちとら全裸なんだよ。良かったな性別逆じゃなくて!逆だったら壁のシミだったぞ」


「気をつけるにゃん。別にシミにはならないにゃんけど」


  いつまで経っても雫が飛び出てくるコタロウの体。明はタオルで体を隠しながら、バスタオルを掴み脱衣所に広げる。


「雫が飛ぶんだよ。それで先拭いとけ、後でドライヤーしてやっから」


「分かったにゃん」


  と、コタロウ浴室から飛び出ていく。そんな様子に明は、ぼく組むやつ間違ったかなと小さく呟いた。


  浴室での一悶着の後、明の部屋で2人はベットと机に座る形で向き合っていた。部屋はカーテン越しであっても証明がいらないくらいには明るくなっていた。


「おめでとうにゃん。明、君は選ばれし人間にゃん」


 コタロウはその部屋に負けないくらい明るく言い放った。もちろんそれを打ち消すくらい明の顔が曇ったのは言うまでもない。


「なんでだよ胡散臭い。もっぺん湯船浸かってこい」


「それは誰かさんのドライヤーが足りなかった故の生乾きの匂いにゃん」


「人の所為にするなよ。あとそれで説明終わらす気ならどつくよ?」


「にゃははー。まぁ当然そうなるにゃんね」


  器用に困り顔で、前足で頭を掻きながらのコタロウが答える。


「最初から丁寧に話すにゃん。昨日、黒い靄は人の思念の塊だって言ったにゃん。覚えてるかにゃん?」


「うん、覚えてる」


「私や思念の怪物を知覚できる人は稀にゃん。私が知ってるのは数人。その見える人に共通点らしい共通点はなさそうなのにゃん。だから選ばれし稀有な人と表現するしかないにゃん」


「なるほどね。で、その知ってる数人はどんな人なんだ?」


 明は自分以外の同じ境遇の人間がいるときき、興味をそそられたのか前のめりで質問をする。その質問にコタロウは申し訳なさそうな顔で答える。


「それが知らないにゃん。遠目で一方的に見かけたり、目が合って見えてることを察する程度だったにゃん。だから、そもそも言葉すら交わしてないにゃん」


「誰ともか?」


「誰ともにゃん。明がはじめてのひとにゃん」


 明はつばでも吐き捨てるような顔になる。それには構わずコタロウは続ける。


「兎も角、明がみえる様になにしろ、元から見えてたにしろ理由は説明出来ないにゃん。もちろん、迷い込んでくるのもまるで訳が分からないにゃん」


 やれやれとでも言いそうな顔で顔を振るコタロウ。そのセリフを受け、顎に手を当て考え込む明。


「まぁでもぶっつけ本番、半分やけくそもいいとだったけど、どうにか切り抜けられてよかったにゃん」


「おい、それどういうことだ?」


 あ、しまったとでも言いたげな表情のコタロウの首根っこをつまみ上げ明はどういうことだ?と詰問する。


「にゃははー。黒い靄が人の思念の塊で、それの攻略法が人の思念・想像力なのはあってるにゃん。問題はそれの運用方法にゃん。私は初めから使えたし、ほかの人がどうやって使ってるかなんて知らないにゃん」


「誰ともかかわってないからか」


「誰とも関わって来てないからにゃん。加えて初めから私は使えたから、昨日のアドバイスは口八丁がいいとこにゃん」


 明は呆れればいいのか、起こればいいのか、ほめればいいのか分からないようで、変な相槌をうっている。


「まぁ上手くいかなかったら、それはそれでいいかって正直思ってたにゃん」


「勝手に人の命ベットするなよ。あと、ぶっちゃけすぎじゃないかな」


「真摯にならないと、この先が信じてもらえないかなっておもったにゃん」


「そんな荒唐無稽な話になるのか?」


 明が首をひねる。しゃべる猫やら黒い靄を受け入れる下地がある私がそんなわけないだろうとでも言いたげな表情である。


「自分の目で見てない事柄も入ってくるにゃん。だから一応前振りだけでもしとこうかと思ったにゃん」


 その言葉に合点がいったと頷く明。それをみて、コタロウは続ける。


「……おそらくにはなるにゃんけど、今後明は黒い靄にたくさん狙われるにゃん。向こうはこちらに来られないから、虚構空間に迷い込まされるといったほうが正確かにゃん。気付かず素で迷い込むレベルで現実と本来見えもしない虚構との境があやふやな人間が、昨日虚構を確実に認識したにゃん。鴨葱このうえないにゃん」


「いや、狙われるっていう理由がわからないんだけど?」


「虚構空間の怪物は人の思念で生まれ、人の思念で育つにゃん。人の思念が存在そのものを支えてるにゃん。本来であれば、現実世界から漏れ出てきた思念を啜るしか出来ない怪物の前に、生の思念を吸える可能性がある人間が現れれば何が何でも狙うにゃん。それも、」


「ただでさえ、迷い込みやすい体質持ちとくればってことか」


「そうにゃん。体質どうかは何とも言えないし、そもそも向こうから体質まではわからないにゃん。けれど、虚構空間を認識した人間ってのは向こう側からも認識されるにゃん」


 明はベットに倒れ込み、そのまま天井を大の字で仰ぎ見る。


「そんなに目立つのか」


「目立つにゃん。遠目で気付けるくらいには、例えるならイカ釣り漁船くらいにゃん」


「それは凄い目立ち様だな。マイケルも真っ青だぞ」


「そんな目立ってて襲われないと思うにゃん?」


 コタロウの台詞に、明は肩を竦めて諦めたように言う。


「想像以上に面倒事じゃんか。昨日も思ったけど、アニメの主人公の方がよっぽど美味しい思いしてんじゃね?ヒロイン寄越せ!何処ですかー?私のヒロイン」


「清々しいにゃんね。けど安心するにゃん。私という美少女がついてるにゃん」


「猫基準の話持ち出されてもな」


 はぁとため息をつきながら明は言う。


「どこまで本気にするかは悩むけど、備えるに越したことはない……か」


「そうおもうのが自然にゃん。じゃあ明どうやって備えるつもりにゃん。明は脳力のことも知らない、怪物のことも知らないにゃん」


 明は口ごもる。そして、コタロウをきっと見つめる。そんな様子に、コタロウは慌てて言葉を続ける。


「どうどう話は最後まで聞くのが吉にゃん。それで明に提案があるにゃん。私は明の身を守るという目的の為に手を貸すにゃん。知識も経験も技も出し惜しみしないにゃん。その代わりに、明も私の目的の為に手を貸してもらうにゃん」


「そのサポートはありがたいんだけどね。わざわざひよこ同然の僕に時間を割いてまでする提案とは思えないんだよね。そこまで駆り立てる目的って何なの、コタロウ」


「ただ私はこの袋小路から抜け出したいだけにゃん。虚構空間に迷い込むような変な人間と関われば何か変わるんじゃないかって、それだけにゃん」


 コタロウは、小声でぼそぼそという。その姿は、明がコタロウを初めて見た時より弱って見えた。


「それは目的って言えるのか……ええい、元より僕に選択肢なんか用意されてないんだ。いいよ、コタロウその提案うけるよ。ただ、今は夏休みだからいいとして僕は高校生なんだ。そこに影響が出ない範囲でたのむよ」


「助かるにゃん。怪しい提案を受けてよかったと思うぐらいに鍛えるにゃん。正直、私のは荒事に向かないから余計に自衛力という面なら重要度高いにゃん」


「あれで荒事に向かないは無理があると思うんだけど。体よく攻撃を僕任せにする口実つくりにしてないよね?」


 体を起こした明とコタロウの目が合う。

 コタロウは何のことかわからないといった表情をする。

 二人の間に無言の空気が流れる。

 そしてコタロウは諦めたのか、とても朗らかな笑顔を明へ向ける。


「やっぱそうじゃねぇか」


「だって、私の脳力燃費がとっても悪いのにゃーん。兎も角、私という指南役が居る以上労せず、自衛能力自体はつくはずにゃん。大船に乗った気でいるにゃん」


「いや、今のところ不安しかないんだけど?」


「案ずるより産むが易しにゃん。ひとまず今日近くの黒い靄を狩りながら試すにゃん」


 だから私は寝るとでも言うようにコタロウは大口を開け、伸びをする。そして流れる勢いで明のベットの中央で丸くなり寝始めた。


 寝床を取られ、手持ち無沙汰になった明は諦めたように、先程までコタロウが乗っていた机に突っ伏す形で仮眠を取ろうとする。


 苦虫を噛み潰したような表情のまま机に突っ伏す明は夢ならばどれほど良かっだろうかとでも考えいるのであろうか。

 彼の心中は、分からないが穏やかな眠りには到底なりそうもないある日の早朝なのであった。

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