不運と推測
真夏の朝は早い。まだ新聞が届き終わらないうちから、大地を照らし始める。障害物に遮られない限り何処へでも明るく暖かく照らす。
それは極度の疲労で倒れるようにベットに横たわった結果、窓もカーテンも開いたままであった明の部屋も例外ではなかった。
太陽は瞼を透過し明へ光をを伝え、肌へ熱を伝える。少年は不快さを払うように腕を振るが当然なんの効果もありはしない。
そうこうしているうちに本格的に意識が覚醒したのか、明はのっそりと身体に起こした。
明は寝起きの上手く回らない頭で何かを考えているようであった。
「昨日のことは夢だったのだろうか?あの黒い靄もしゃべる白い奇妙な猫のことも……」
明はボソリと呟く。その声に答えるものは居ない。明は溜息を着くと、若干の疲れの残る体でベットの上から降りる。そして、まだら所ではすまない塩の痕跡を残した服を脱ぎ捨て、目覚める原因となった光を部屋の外へ追いやる。
「まぁ、あれは現実なんだけども」
昨日体験したことは現実である。それは身体の気だるさと、服についた白い抜け毛が証明していた。
「ひとまず風呂だな」
服はもう湿ってはいないものの、あれだけの汗をかいたあとである。こんなに朝っぱらからシャワーを浴びたとてバチが当たるなんて事はないだろう。
お湯張りをします。聞きなれた音声をきき、明はそのまま浴槽に寝そべる。程なくしないうちに、暖かいお湯が体を徐々に水没させていく。
お湯が間もなく腰上まで満たそうかという所で、明の背後から声がかけらる。
「なんでそんな間抜けな格好してるにゃん」
明の声にならない悲鳴が響いた。明は大慌てで体操座りのような体勢で体を抱え込むと、後ろの声の主に咎めるような声で言った。
「浴槽入ってくるなよ。デリカシーどこ置いてきたんだ。急に声をかけないでくれ、心臓に悪い」
「にゃん?別に狭くないから問題ないなくないかにゃん?」
ぽかんとした、ほんとうに何が問題なのか分からない様子のコタロウに明は言う。
「問題あり、大あり、オオアリクイだよ」
「何が問題か分からない上に、面白くもないにゃんね」
明の眉間にシワが寄る。明は静かに両の手をお湯に浸すと、手の内のお湯を背後へと吹きかける。
ゔにゃと変な声がして、ぼちゃんと大きな音が浴室に響いた。驚いた拍子に浴槽に滑り落ちたようである。大慌てで浴槽の縁へと這い上がるコタロウに明は、怒りの籠った声で言う。
「どつかないだけマシと思えよ?」
「悪かったにゃん。けどそんなに驚く?怒るとは思わなかったにゃん」
「まじかお前」
「まじにゃん。起きたのならなるべく早く教えてあげようって思っただけにゃん」
ブルブルと体を振り、雫を吹き飛ばしながらコタロウは言う。飛んでくる冷たい雫を桶で明は防ぎながら言う。
「タイミングってもんあるだろ。しかも、こちとら全裸なんだよ。良かったな性別逆じゃなくて!逆だったら壁のシミだったね」
「気をつけるにゃん。別にシミにはならないにゃんけど」
いつまで経っても雫が飛び出てくるコタロウの体。明はタオルで体を隠しながら、バスタオルを掴み脱衣所に広げる。
「雫が飛ぶんだよ。それで先拭いとけ、後でドライヤーしてやっから」
「分かったにゃん」
と、コタロウ浴室から飛び出ていく。そんな様子に明は、ぼく組むやつ間違ったかなと小さく呟いた。
浴室での一悶着の後、明の部屋で2人はベットと机に座る形で向き合っていた。部屋はカーテン越しであっても証明がいらないくらいには明るくなっていた。
「おめでとうにゃん。明、君は選ばれし人間にゃん」
コタロウはその部屋に負けないくらい明るく言い放った。もちろんそれを打ち消すくらい明の顔が曇ったのは言うまでもない。
「なんでだよ胡散臭い。それで説明終わらす気ならどつくよ?」
「にゃははー。まぁ当然そうなるにゃんね」
器用に困り顔で、前足で頭を掻きながらのコタロウが答える。
「最初から丁寧に話すにゃん。昨日、黒い靄は人の思念の塊だって言ったにゃん。覚えてるかにゃん?」
「うん、覚えてる」
「あれ見える人と人以外の生物、それにに私は会ったことがないにゃん」
「会ったことがない? 僕以外に? 昨日まで?」
「そうにゃん。明だけ見える理由も検討がつかないにゃん。だから、選ばれし人間って言う他ないにゃん」
やれやれとでも言いそうな顔で顔を振るコタロウ。そのセリフを受け、顎に手を当て考え込む明。
「まぁでもぶっつけ本番、半分やけくそもいいとだったけどどうにかなってよかったにゃん」
「おい、それどういうことだ?」
あ、しまったとでも言いたげな表情のコタロウの首根っこをつまみ上げ明はどういうことだ?と詰問する。
「にゃははー。黒い靄が人の思念てのは想像だし、それの攻略法が人の思念・想像力ってのは当てずっぽうにゃん。けど勘違いしないで欲しいにゃん。一人でさまよってる間、色んな黒い靄を色んな場所で見てきたにゃん」
コタロウは無言になった明へ自身の過去の経験を語り出す。親に叱られた子供が怯えながら弁明するようなそんな様子であった。
「あの明が迷い込んだ空間、私は虚構空間って呼んでるにゃん。その虚構空間と現実空間の座標は一致してるにゃん。これは絶対にゃん」
「確かに、全く同じ風景だった。別空間と言われて疑うくらいには」
あきらは昨日の事を思い出したのかそうコタロウに相槌を打つ。コタロウはそれには答えず続ける。
「そしてその数と規模は人の多い所の方が例外なく多かったにゃん。そして、繁華街や歓楽街ほどその傾向にあったにゃん」
「だから、人の思念から生まれる化け物だと考えた訳か……まぁ筋は通るか」
「そしたらあとは目には目を歯には歯を戦法にゃん」
「死んでたら祟るとかじゃ済まさないレベルで祟ったよ?」
あんまりな理論に明はツッコム。実際にあの場面を切り抜けてはいるから文句はあまり言えないが、あまりにもさしたる根拠なしにやらされた事を知った明は思わずそう口に出した。
「で、でも結果生還できたにゃん?という訳でそろそろ下ろして欲しいにゃん」
そのセリフに、自分がコタロウつまみ上げたままであったことを思い出したのか慌てた様子で明はコタロウを解放する。
「んで?他に渡せる情報は?」
「……おそらくにはなるにゃんけど、今後明は黒い靄にたくさん狙われるにゃん」
「面倒事しか今のところ聞いてないね。んで、理由は?」
明はベットに倒れ込み、そのまま天井を大の字で仰ぎ見る。
「黒い靄は大きくなる前にに共食いをしてたにゃん。そんなのの前に、無限に思念を作り出す明を置いたらどうなるかは分からないけど、きっと襲われそうだと思わないかにゃん?」
「あぁ、思うよ。ろくな事にならなそうだなって」
「だから黒い靄と戦う為に鍛えるにゃん。私は生憎そういうのに向かないにゃんけど……」
「俺任せってか?」
体を起こした明とコタロウの目が合う。
コタロウは小さく頷く。
二人の間に無言の空気が流れる。
そして、コタロウはとても朗らかな笑顔を明へ向ける。
「くそったれー。今のところ面倒事しかないんだけど? アニメの主人公の方がもう少し美味しい目見てると思うんだけど?」
「私という指南役が着いてるにゃん。だからそこまで弄せず自衛能力自体はつくはずにゃん。大船に乗った気でいるにゃん」
「いや、今のところ有能な片鱗塵ほども見えてないんだよ?」
「案ずるより産むが易しにゃん。ひとまず今日近くの黒い靄を狩りながら試すにゃん」
だから私は寝るとでも言うようにコタロウは大口を開け、伸びをする。そして流れる勢いで明のベットの中央で丸くなり寝始めた。
寝床を取られ、手持ち無沙汰になった明は諦めたように、先程までコタロウが乗っていた机に突っ伏す形で仮眠を取ろうとする。
苦虫を噛み潰したような表情のまま机に突っ伏す明は夢ならばどれほど良かっだろうかとでも考えいるのであろうか。
彼の心中は、分からないが穏やかな眠りには到底なりそうもないある日の早朝なのであった。




