ラストソング
ケテル北側に設営された野外ステージでは、ミューゼスのライブが佳境を迎えていた。ステージの周囲ではケテル兵とミューゼス親衛隊がアディシェス兵の猛攻を必死の形相で抑え込んでいる。戦場に破滅をもたらす必殺のスキルが【手加減】を乗せて乱れ飛び、吹き飛ばされたアディシェス兵が無傷で起き上がって再び戦線に復帰してくる。敵の弓兵が射角を上げ、直接ステージのミューゼスたちを狙った。ダンスに紛れて矢を躱し、カリオペイアたちは笑顔を返す。逸れた矢が照明を砕いた。破片が降り注ぐステージに木製の大型盾を持ったスタッフが袖から飛び出し音響機材を守る。乾いた音を立てて盾に矢が刺さった。
「次の曲に行く前に、少しだけ聞いてください」
一つの曲が終わり、カリオペイアは両手でマイクを握った。軽く息を乱し、額には汗が滲む。エラトーとウーラニアは優雅に一礼する。バックバンドのベース担当が床に刺さった矢を踏み砕いた。ほうきを持ったスタッフが身を低くしてステージに上がり、手早く破片を掃き清める。拍手も声援もない。戦いの怒号と剣戟が響くライブ会場にカリオペイアは語り掛ける。
「メジャーデビュー以来、私たちはずっと走り続けてきました。振り返ることもなく、前だけを見て」
マカロン君のハルバードが敵兵を吹き飛ばし、陣形を崩す。しかしアディシェス兵はまるで一個の生物のように陣形の綻びを修復し、機械のように正確に攻撃を再開する。
「想いが届かないことがあった。自分の未熟さに腹が立った。もっとできたはずだって何度も後悔した。なにもできないかもしれないって、怖かった。それでも走り続けてきたのは――」
マカロン君の隣にいたミューゼス親衛隊の隊士が敵の槍を肩に受けて苦悶の呻きを上げる。マカロン君が掬い上げるようにハルバードを振るい、敵の槍の柄を断ち切った。怪我をした隊士が後ろに引っ張られる。生じた隙間を埋めるようにマカロン君はハルバードを大きく振るった。
「――歌で世界は変わるって、信じてるから」
アディシェス兵はミューゼスの歌を聞かない。カリオペイアの言葉も聞いてはいない。ここは戦場で、戦場はアイドルの歌を聞く場所ではないからだ。だが、耳を塞がなければ歌は聞こえてしまう。恋心が、望郷が、聞こえてしまう。アディシェス兵は槍を突き出す。弓に矢をつがえる。その瞳がわずかに揺れていた。
「今、振り返って思います。私たちはきっと、今日、この時のために歌ってきた。皆さんに歌を、想いを届けるために。そのために新しい曲を用意しました」
アディシェス兵が槍を振り下ろす。その軌道がわずかにぶれる。アディシェス兵は目を血走らせ、荒く息を吐く。それは極限の緊張がもたらす興奮でも肉体の疲労でもなく、理性と闘争本能の葛藤だった。『戦場に立つアイドル』という狂気が、『戦争』という狂気とせめぎ合う。歌がアディシェス兵を『日常』に引きずり込もうと襟首を掴み、剣と鎧と血の臭いが『戦場』に留めようと足に絡んでいる。その狭間で引き裂かれようとしているかのように、圧倒的に優位なはずのアディシェス兵の顔は一様に歪んでいた。
「私たちはきっと、ずっとこれを歌ってきた。これを歌うための力を得るために走り続けてきたんだと、そう思います。新曲――たぶん、これが最後の『新曲』です。聞いてください」
最後の新曲、というカリオペイアの言葉に、マカロン君がはっと目を見開く。アディシェス兵の幾人かの槍を突き出すタイミングが遅れた。カリオペイアが両隣りにいるエラトーとウーラニアを見る。二人は艶やかに微笑んだ。カリオペイアはバックバンドを振り返る。皆が楽器を掲げ、大きくうなずいた。舞台裏にいるスタッフが小さく「行け!」とつぶやく。これが俺たちの信じるエンターテイメントだと、そのスタッフたちの熱がステージに集まっていく。プロデューサーがわずかに身を乗り出し、拳を強く握った。カリオペイアが大きく息を吸い、全身で新たな曲の名を叫んだ。
『やっぱ愛しかねぇだろーーーーっ!!』
ステージの両脇からパンっと乾いた破裂音が上がり、赤、青、黄、白の細長い紙テープが勢いよくステージに飛び出す。ピンク色のスモークが噴き出し、シューと鋭い音を上げた。剣戟を、怒号を塗りつぶし、カリオペイアの絶叫が広がる。気圧されるように、一瞬だけ、アディシェス兵の動きが止まった。バックバンドがエレキギターを掻き鳴らし、疾走するようなイントロダクションを奏でる。ミューゼスはこの戦いの結末を、ロックに託したのだ。
アディシェス兵はすぐに戦闘を再開し、整然と作業のように槍を振るう。ギリリと奥歯を噛み、マカロン君は怒りを瞳に宿して天に吠えた。
「ミューゼスの歌を聞けぇーーーーっ!!」
マカロン君の祈りがアディシェス兵を打ち、ほんのわずか、数人が怯えたように肩を震わせる。マイクを右手で握り直し、左手を軽く掲げて、カリオペイアは口を開いた。
愛を歌うにゃまだ早いって? そりゃ聞いてから言ってくれよ旦那




