↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
300/302

超える

 激しい剣戟が戦場に響き渡る。ゴブリンの部隊が前に出てアディシェス兵の槍を受け止め、押し返す。攻勢を促す太鼓が打ち鳴らされ、己を鼓舞する咆哮があちこちで上がった。ニヨベラピキャモケケトス神の加護を失ったケテル西側は『戦争』の顔を取り戻している。


「ま゛っ!」


 ドラムカンガーFが【手加減】を乗せたロケットパンチを放ち、アディシェス兵を吹き飛ばす。ガートンパパが己のスキルを駆使して敵の猛攻に耐えている。どこかで見た光景――これは、カイツールとの戦いの再演だ。


「来て、【タイタン】!」


 ミラの呼びかけに応え、アディシェス兵のど真ん中に光が立ち上り、煮えたぎった土鍋が姿を現す。召喚獣【大根と厚揚げの炊いたん】は取り出した椀に器用に具を盛り付け、周囲のアディシェス兵に配り始めた。戸惑い、受け取りを拒否するアディシェス兵に【炊いたん】は叫ぶ。


『お残しは許しまへんでぇーーーっ!!』


 お母ちゃんを思わせるその迫力に、アディシェス兵の一部が足を止めた。




「……何か、違う」


 魔法で風を巻き起こし、飛来する矢を払いながら、ミラは小さくつぶやいた。ケテル兵が己の限界を超えて【手加減】を貫き、敵は『戦争』を止めず、追い込まれ――これでは何も変わっていない。午前中はエバラが、ニヨベラピキャモケケトス神がその神聖性によってカイツール兵の戦意を折った。しかし神は去った。超常の力に頼ることはもうできない。私たちは私たちの力で。でも、『私たちの力』って?


『――ギャオース!』


 ニヨベラピキャモケケトス神の咆哮を思い出す。戦いの神が祈りと共に残したのは、戦いの果てに残った一つの問いだ。


『戦うこと――傷付けること、壊すこと、殺すこと――それは本当に必要なことなのか?』


 ミラは迫りくるアディシェス兵を見る。高度に統率された彼らは、少なくとも表面上、感情を殺したような無表情をしている。戦うことに疑問を持たない。殺すことをためらわない。なぜならこれは『戦争』だからだ。『敵』を『殺す』のが戦争だからだ。練度の低いカイツール兵には【手加減】が精神攻撃として奏功した。しかし、アディシェス兵にそんな隙は無い。【手加減】は戦争を超えられない。

 ミラの目の前で、ゴブリンがアディシェス兵の槍を受けて膝を突く。ミラは風を巻き起こして敵を吹き飛ばし、陣形の崩壊を防ぐ。隣のゴブリンが動いて隙間を埋め、負傷したゴブリンが後ろに引っ張られていった。

 敵は焦ることも逸ることもなく、淡々と、間断なく攻め立てる。派手な大技で蹴散らしても、魔法で吹き飛ばしても、冷静に陣形を立て直し、隙を見せない。兵の前後を入れ替え、兵を休ませつつケテルには休む隙を与えない。彼らは、遠からずケテルの陣が崩壊することを知っている。


「……何も、変わらない――」


 ミラが唇を噛む。【手加減】しても、剣を振るい、槍を突き出すことに変わりはない。相手に恐怖を与え、心を折ろうとすることに変わりはない。どれほど高邁な理想を説こうと、手段が暴力であることに変わりはない。


「暴力は、『戦争』を超えられない――!」


 怒声が響く。血の臭いが風に混じる。でも、どうすればいい? 戦場にあって、暴力以外の何かで、私たちにできる何かで、どうやって『戦争』をねじ伏せることができる?


「――!」


 誰かの名を呼びそうになり、ミラが口を開き、すぐに閉じる。『戦争』をにらみつけ、青白くなるほどに杖を強く握ったミラの耳に、


「キュー!」


 力強い鳴き声が届いた。




ケテルの外壁の歩廊から無数の影が飛び降りる。その数はおそらく一万を超え、怒涛の如き勢いでケテル兵とアディシェス兵の間に割って入った。まったく想定のない新手の出現にアディシェス兵の注意が逸れる。


「ドラムカンガー!!」


 ミラの叫びに応え、ドラムカンガーFの左右の拳がアディシェス兵を吹き飛ばす。その動きに呼応するようにケテル兵が力を振り絞って槍を振るい、勢いに押されたアディシェス兵を後退させた。ミラの巻き起こした風がさらにアディシェス兵を押し戻す。ケテル兵とアディシェス兵の間に生まれた空隙を埋めるように小さな援軍がなだれ込み、ミラたちを背に庇って気勢を上げた。先頭で援軍を率いているのは、黄金に輝く美しい毛並み――


「ハム隊長!?」

「キューッ!」


 ミラの上げた驚きの声に、ハム隊長は肩越しに笑みを浮かべて応えた。超次元要塞ケテルを起動させた三万匹のハムスターたち、その内の動ける一万を率いて、ハム隊長は駆けつけてくれたのだ。もう大丈夫、よく頑張った、あとは任せろ。そう言うように一声鳴いたハム隊長は、厳しい表情でアディシェス兵をにらみつける。


「キューッ!」


 よくもやってくれたな。だがこれ以上は許さない。ここから先は俺たちが相手だ。そう言うようにハム隊長は毛を逆立ててうなる。周囲のハムスターたちも威嚇するように「キューッ!」と鳴いた。一万匹のハムスターの威嚇にアディシェス兵が戸惑いを浮かべる。助けを求めるように、アディシェス兵は一斉に指揮官に顔を向けた。指揮官は苦々しい顔でハム隊長を見る。


「キュー?」


 指揮官を見据え、ハム隊長は挑発のような鳴き声を放った。どうした。来ないのか。我らの威容に恐れを為したか。そう言うようにハム隊長は侮りを顔に浮かべる。だがアディシェスの指揮官が挑発に乗ることはない。なぜならハム隊長も、駆けつけてくれたハムスターたちも、見て分かるほどに満身創痍だったから。


「キューッ!」


 音に聞こえしアディシェスの兵とはこんなものか。お前たちの剣は幼い少女に向けることしかできぬか。真の勇士を前にすれば怖くて動くこともできぬか。そう言うようにハム隊長は鳴き続ける。しかし超次元要塞ケテルの主砲、ケテルハンマーのエネルギーチャージのために限界を超えて回し車を回し続けたその身体は、もはや戦いに耐えるだけの力を残してはいないようだった。だがそれでも、ハム隊長と一万匹のハムスターたちは立ち向かうことを止めない。決して譲ってはならないものがあると、知っているから。


「キューッ!」


 来ないと言うならこちらから行くぞ。戦士という言葉の意味も知らぬ卑怯者めが! 真の勇気を知る我らが、貴様ら如き蹴散らすなど容易い! そう言うようにハム隊長は前足を一歩踏み出す。その意志の力に気圧され、アディシェス兵が一歩下がった。ハム隊長の背を見つめ、ミラは小さくつぶやく。


「……真の、勇気――」


 ギリリと奥歯を噛み、指揮官は兵たちを割って前に進み出る。道を譲りながらアディシェス兵たちは動揺した瞳で指揮官を見る。本当にハムスターを斬るのか? いや、この場合、斬ることが正解なのか? 『戦争』というルールが、かすかに揺らいでいる。ハム隊長の前に立ち、指揮官は毛を逆立てるゴールデンハムスターを憎らしげに見下ろした。


「キューッ!」


 ようやくのお出ましか、と言うようにハム隊長は不敵な笑みを浮かべる。さあ来い。貴様の惰弱な矜持(剣)ごと嚙み砕いてくれるぞ! そう言うようにハム隊長は後ろ足で立ち上がった。前足は力なく下がり、身体はわずかに揺れている。もはや立って姿勢を維持することも苦しそうなハム隊長は、ただ烈火の如き双眸で指揮官を見据えた。


「そうか――」


 ミラがハッと何かに気付いたように声を上げる。


「相手を『折る』んじゃない。こちらが『折れない』ことを示すんだ」


 戦争の本質は相手を屈服させること。暴力の本質は相手の意志を無視して従わせること。自分の思うように相手を変えること。相手を変えようとする限り、暴力という地平から逃れることはできない。ケテルが、私たちが目指すべきはそこではない。暴力という手段では目的を達成できないと、戦争に膝を折ることはないと、『お前たちの思う通りにはならない』と、理解させること――


「キューッ!」


 ハム隊長の鋭い鳴き声が響く。戦場にあって無力な小動物の覚悟だけが、統率された軍隊という暴力装置を威圧している。それはほんのわずかな揺らぎで簡単に壊れてしまうような危うい均衡であり、ほんのわずかに灯った希望の光でもある。暴力に打ち勝つ、暴力でない何か――ミラは手に持った杖を離し、一歩を踏み出した。

 アディシェス兵に緊張が走り、ミラに周囲の視線が集まる。ミラに追従しようとしたケテル兵を手で制し、ミラは静かに、穏やかに、背を伸ばして、ハム隊長の許に向かった。戦場の空気は辛うじて形を保ち、皆がミラの意図を計るように見つめる。ミラは屈んでハム隊長を両手に乗せ、アディシェスの指揮官を見上げて――土埃にくすんだ顔で美しく微笑んだ。一瞬だけ指揮官の顔に逡巡が浮かぶ。しかしそれをすぐに収め、指揮官は剣を抜いた。アディシェス兵が小さく息を飲む。指揮官が剣を振りかぶった。逃げるなら、逃がしてやる――そう言うように振りかぶった手が止まる。ミラは怯えることも絶望することもなく、微笑んだまま指揮官を見ている。感情を封じ込めるように息を吐き、指揮官が剣を振り下ろし――


「そこまで!」


 横から伸びた手が、指揮官の剣を持つ手首を掴んだ。




 振り下ろされた刃が、ミラの頭上わずか数センチの位置で止まる。指揮官は激しい怒りの表情で手首を掴む男をにらんだ。指揮官を制したのは、彼が誰よりも信頼する副官の男だった。


「これ以上はなりません。これ以上は、アディシェスの剣ではない」


 そんなことは分かっていると、指揮官は副官をさらに強くにらんだ。副官は冷静に首を横に振る。


「周りをご覧ください」


 促され、指揮官は周囲を見渡す。アディシェス兵が縋るように指揮官を見つめている。今、ここで、何をするのか正しいのか――その回答を求めている。彼らはこう問うているのだ。『ハムスターを抱えた幼い少女を殺すことが、本当に今、ここでの正解なのか?』と。彼らはプロフェッショナルだ。「そうだ」と言ってもらえさえすれば、一瞬でハムスターもケテル兵も蹂躙するだろう。だから言ってくれ。決断してくれ。兵士たちの視線が指揮官に突き刺さる。


「私には息子がおります。この少女と同じくらいの歳です。戦から帰ると、私を質問攻めにします。『今度はどんな悪者を退治したの?』と」


 小さく喉の奥で唸り、指揮官は声を荒らげた。


「これは、戦争じゃ!」

「違う!」


 副官は指揮官の声を打ち消すような大声を上げた。


「こん戦が終わっせぇ、おいはむしこにないち言えばよか? たくさんのハムスターば斬ったと、わいと歳ん変わらん可愛らしかおなごん子ば殺したと、そうゆとな? そげんバカな話があっか! ハムスターは戦場におりらぬ! 幼か少女が戦場におってはならん! 目ん前におっ者を無差別に殺戮すっとが戦争なら、我らはただん凶賊と変わらんじゃらせんか!!」


 故郷の言葉に感情を託し、


「ここはもう戦場じゃなか。こんたもう戦争じゃなか! ハムスターが、幼か少女がおっ場所を戦場としてはならんど! それこそが――」


指揮官の目をまっすぐに受け止め、副官は叫んだ。


「我らアディシェスん矜持(剣)じゃ!!」


 アディシェス兵の持つ槍の穂先が下がる。子を持つ者たちが目を伏せる。指揮官は奥歯を強く噛み、副官の手を払って彼を突き飛ばした。


「将軍!」


 副官が後ろによろける。指揮官は再び剣を振りかぶった。それは今、ここにおける正解を示す行為だ。『殺すことが正しい』と兵たちに伝える行動だ。指揮官がミラを見下ろす。ミラは指揮官を見上げている。指揮官の振り上げた剣が、その感情の在り処を示すように止まる。ミラは透明な瞳で言った。


「私は、あなたたちを恨まない」


 指揮官の目が大きく見開かれる。あらゆる葛藤を覆い隠すように意味を為さぬ大声を上げ、指揮官は剣を振り下ろした。




――ガツッ!


 固いものを抉る音が戦場に広がる。副官が目を見張り、アディシェス兵が息を飲んだ。小さく土煙が上がり、風にさらわれて消える。指揮官の剣はミラを引き裂く直前にその軌道を変え、足元の地面を深く穿っていた。


「ひとつ、教えちくぃや」


 剣を振り下ろした姿勢のまま、指揮官がミラに問う。


「おいは、ないに負けたんじゃ?」


 ミラは小さく首を横に振る。


「何にも負けてない。ただ、心があっただけ」


 指揮官は呆れたように吹き出した。


「……戦場に、一番いらんもんじゃ」


 指揮官の呟きにミラははっきりとした口調で答える。


「必要ないのに手放さなかったなら、それはきっと、すごいこと」


 指揮官はハッと顔を上げ、ミラを見つめる。


「……おいたちは、凄かか」


納得したようにうなずき、指揮官は姿勢を正し、剣を納めると、全体に聞こえるように声を張り上げた。


「ここに我らの戦場はなかった! 戦場でない場所に戦士は要らぬ! 撤退するぞ!」


 副官が安堵の表情を浮かべ、アディシェス兵が胸に手を当てて息を吐く。ハム隊長が「キュー」と鳴いた。指揮官はハム隊長を見つめ、厳つい顔をほころばせる。


「いっか、互いに酒を酌み交わそごたっもんじゃ」


 ハム隊長は同意するように鳴き声を返す。うなずきを返し、指揮官は踵を返した。彼に従いアディシェス軍が整然と、誇りを持って撤退していく。


「ありがとう」


 ミラが去っていく指揮官の背に声を掛ける。その言葉に答えることなく、アディシェス軍はケテルの視界の向こうに姿を消した。




――ケテル西側防衛戦、ミラ&ハム隊長&ハムスター義勇兵&ケテル兵 VS アディシェス軍


 勝者、KAWAII。


この戦いは世界で初めて『可愛いは正義』を実証した事実として歴史に刻まれることになりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
KAWAII最強説( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。