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【ネキ】002話:~命の恐怖~

 目の前で人が死んだ。

 同じ攻略者が今、目の前で。


「ハッ、ハッ、ハッ──!」


 呼吸が荒くなる。

 この15日間でできる準備は全部やったつもりだ。

 パーティーでの連携確認から個々のジョブや【固有】の確認。

 街中での情報収集だって欠かさなかった。

 迷宮は新たな異世界人が招かれるたび形を変えるから一番知りたい迷宮内部のことはなにもわからなかったけど、それでも戦闘ド素人の私たちが迷宮ポイントの許す限りの付け焼刃を研いだはずだった。


 なのに──。


 視線が落とし穴から外せない。

 耳に残る肉の潰れる音が頭の中で何度もリピートされる。

 まだ、迷宮の入り口でしかないのに……私はもう、命を賭けることの意味を理解してしまった。


 簡単に死ぬんだ。

 命を賭ける以上、簡単に死ぬか、なんとか生きるか。

 この、2択だけだった。


「あ、あああああ!?」

「こんな罠まであるのか……? こんなのどうやって進めってんだよ……」

「もうイヤ……もうイヤよぉ! 地球に帰してぇ!」


 私の仲間たちが絶望の声を挙げる。

 この3人とパーティーを組んだのは同じ境遇の攻略者だったからだ。

 領主は街の住人を仲間に募ってもいいとは言ったけど、実際彼らはいざ迷宮から魔物が溢れたときに対処するだけで、自分からこんなところに来るなんで自殺志願者はいなかった。


 この世界の住人たちは理解しているのだ。

 度重なる攻略者たちの配信で、迷宮が人が踏み込んで生存できるような優しい場所じゃないという、現実を。

 領主の言っていた、あの今回は何ヶ月持つかという言葉。

 街の中でも10日迷宮内で生き残れれば英雄の素質があると言われていた。


 泣きじゃくる仲間たちを見ながら、私も少しずつでも落ち着こうと深呼吸をする。

 ここで自分も泣いて感情を吐き出せばもしかしたら少し楽になれるのかもしれない。

 けどダメだ。

 1回泣いたら私はその時点で絶望に呑まれる、呑まれることに慣れてしまう、縋ってしまう。

 だから私は唇をキュッと引き締め、前を向いて手近な場所の松明を4本抜き取った。


「みんな。これを1人1本持って。コメントの声が確かなら、ここは既に先駆者によって開拓されている。攻略法通りに進めばちゃんと生き残れる。だから──行こう」


 私の声に泣いて絶望していた3人が顔を上げて松明の光を見る。

 眩しいだろう、松明の光は。

 けどこの光こそが私たちの希望。

 この落とし穴の情報なんて一番始めに挑んだ人はそれこそ命を落としたのかもしれない。

 この松明の攻略法を見つけ出すまで、一体幾度の死が攻略者を襲ったのかわからない。


 勇敢な先駆者に最大級の感謝と、敬礼を。


 あなた達の拓いた道を、私たちは進みます。

 情けないとも、卑怯者と言われてもいい。

 私は生きて帰るために、利用できる情報も準備もすべてを受け入れる。


 ただ前を向く私の眼差しに、仲間たちも無言で松明を受け取った。

 私は彼らより前に立って地面をその光で照らす。


 ……確かに、言われてみれば少し窪んでる地面がある。


 思わず唇を噛む。

 こんなの、初見でわかるはずがないじゃない……ッ!

 先駆者に最大限の感謝と敬礼?

 そんなものじゃ足りない、この未開の死地を進む勇気は、今の私にはないと言い切れる。

 いったいここを開拓した者は、どれだけの恐怖に打ち勝って進んだというの……?


 ──負けていられない。


 地面に四つん這いになってじっくり観察して着実に進む。

 コメントも確認して、「そこ確か落とし穴だったぞ」「もうちょい右寄りが進みやすい」という声に従ってゆっくり、慎重に進む。


 冷や汗が止まらない。

 1回間違えれば私は簡単に死ぬ。

 私の後ろをビクビクしながら仲間たちがついてくるけど、そんなの全然構わない。

 私だって先駆者の恩恵に与っている最中で文句なんか言う資格があるか。


 ただ……コメントの、視聴者の声だけがすごく軽くて、それだけが少し不快だった。

 いえ、助けられているのは確かで、感謝だってすごくしてる。

 けど、コメントには「あっちのほうは落とし穴15連地面で笑った」「あれは紛うことなきクソ迷宮」と人が死ぬのを面白がって笑う声も多い。

 なんでこんなのを自称女神はわざわざ抜粋して見せてくるのか、本当に性格が悪いったらありゃしない!


 でもそんな声の情報ですら今の私は縋りついてでも受け止めるしかなくて。

 それが私のこの状況を少しでも生かすことに繋がるんだってわかるから、悔しさと怒りで唇を噛みしめるしかできなかった。


 そうして四つん這いで地面を進むこと1時間。

 距離にしたら歩いて5分もないはずなのに、こんなに時間がかかったのは命の恐怖があったからだ。

 いつ死んでもおかしくない中を進むのは、本当に気が狂いそうだった。


 けど、ようやくこれで目の前には迷宮内部へと繋がる扉がある。

 この先は石畳の通路型になっているらしく、既に先駆者による完全に罠を全把握したルートが確立されているらしい。

 だからそこを進むのは生きるために絶対の前提だと、コメントで視聴者たちが熱く語っていた。

 本当に、なにも知らないまま罠のある道を行くのは命が4500個あっても足りなかったらしい。

 なにか具体的な数字だけど、それほどまでに危険な罠が溢れているということだろう。


 改めて扉の前で先駆者に敬礼し、私たちは迷宮内部へと突入した。



〈コメント〉

:敬礼はいいけど、別にニキは死んでない

:なんか俺たちの龍郎ニキに関する情報女神にシャットアウトされてね?

:攻略情報だけが謎の先駆者の遺産として語られていく

:まぁ死んでると言っても間違いじゃないからいいのかな?(笑)

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