【ネキ】001話:~生きるために。帰るために。迷宮へ~
自称女神の迷宮攻略に関する解説を聞いた。
業腹だけど今はあの自称女神の力が地球へ帰るために必要なんだ、一時の感情で無視することはできなかった。
そしてそれは間違いではなかったと知ることにもなる。
自称女神の解説のあとこの都市を治めるらしい領主が私たちの前で挨拶をしたのだ。
「異世界からの攻略者のみなさん。まずはようこそ。そして、ご愁傷様です。この都市が内包する迷宮に挑まれるとのことですが、今回はいったい何ヶ月持つことやら……」
体格のしっかりした、ペンよりも剣が似合いそうなその領主の言葉に、この場が凍り付く。
……今回、は?
それはどういう……いや、まさかそんなこと、あるわけ……。
前を向くと決めたばかりなのに、早速突き出されたような現実に目眩がする。
その領主の悲痛な顔と、発言。
それらの意味することとは、つまり──。
「隠すつもりもありません。私たちもまた同じ運命で繋がれた同志ですから。──はっきり言いましょう。この迷宮都市は、戦士の墓場です。これまでも数多の異世界より攻略者が招かれ、散った。そういう場所なのです」
それは、決定的な言葉だった。
聞いた瞬間倒れる者まで周囲にはいた。
私も前を向きつつもその瞳は動揺で揺れていることだろう。
私の耳にすすり泣く声が聞こえる。
私の目に壊れたように笑う者が見える。
当然だ、この場に誘拐された者の中にこの状況を望んでいる者など……いや、そういえばさっき1人いた。
あの跳ねてしゃがんでと喜びを露わにしていた私と同年代くらいの少年。
彼はどうしたろうと視線を泳がせる。
なんでこの状況で彼を探そうと思ったのかはわからない。
もしかしたら絶望の姿で埋まるこの視界に、あの彼の希望に満ちたような姿を入れたかったのかもしれない。
だが彼はこの場のどこを探してもいなかった。
おかしいな、さっきはすぐ見つかったのに……と疑問に思う。
まさか自称女神の解説だけ聞いて領主の挨拶は無視して迷宮に……は流石にあり得ないか。
どんなメンタルをしていたらこの状況で領主からの情報提供を無視できるというのだろう。
姿が見つからなかったのは不思議だったが、それでもさっきの彼の元気な姿は不思議と思い出すだけで絶望が薄れた気がする。
やはり気の持ちようだ。
負けるな、私。
帰るんだ、私は。
地球に、家族の下に。
よし! とパンッと頬を掌で叩く。
痛い、今更だけどやっぱり夢じゃない。
ならばこそ私は前を向けるんだ。
夢かもなんて誘惑で迷いを持つな、夢かもなんて堕落で私の幸せを諦めて堪るか。
領主は嘆くこの場の攻略者たちが落ち着くのを待っていたようだけど、それもある程度しか意味がないのをわかっているからか、私が前を向いたのを確認して頷き、続きを話した。
「迷宮に挑まれる攻略者のみささま。どうか挑む際は1人で行こうなどと決して思わないでください。この世界には魔境や大樹海と呼ばれる危険地帯は数あれど、迷宮ほど性質の悪いものは存在しない。準備に準備を重ねたうえで準備するくらいのつもりで挑んでください。私たち住人の中から仲間を募ってもいい。ご武運を。以上です」
領主は最後に深く頭を下げてこの場を後にした。
結局、自称女神がここに私たちを招いたことに対しては受け入れる姿勢ということか。
これまでも数多の世界から誘拐して迷宮で散らさせてきたのだろうな、あの自称女神は。
私はそうはならないぞ。
女神ちゃんねるでは最初からある程度の迷宮ポイントが貯まっていた。
ムカつくデフォルメ自称女神が準備期間に必要な分だと解説してくる。
まるで簡単に死んでくれるなよ、とでも言っているようで、この自称女神の掌の上で転がされることに私は画面をきつく睨みつけた。
それでも時間は進む。
この異世界に来てから15日。
領主の用意した家で迷宮ポイントを消費しながら準備を重ね、私は攻略を共にする仲間たちと共に迷宮入口の前に来た。
地面に向けてずっと続くその階段。
先は暗がりで見通しが悪く、松明が等間隔で置かれているのにこれはどういうことなのかと首を捻る。
そんな私の視界に急に配信画面が表示された。
これまでは見てもコメントを追えるはずもないとずっと閉じていたのに、なんで今……。
〈コメント〉
:階段のラスト1段から踏み抜くんじゃないぞ
:階段の終わりは落とし穴だ、覚えおくんだぞ!
:その先も大きな扉を潜るまで落とし穴だらけだからな! 松明持ってけ!
:松明で地面の窪みに注意してゆっくり進むんだ。焦るんじゃないぞ
:間違っても走ればなんとかなると思うなよ? コンティニューなんて普通はないんだ
:松明はなんか取っても復活するみたいだから遠慮なく持ってけ!
急に読める状態になったコメントの数々。
そこに埋め尽くされる、落とし穴で3日間足止めをくらわない方法という、やけに生々しい実感の籠った意見たち。
女神のほうで抜擢するコメントを選んで送っているという吹き出しに、それならあの自称女神のことだからどうせ両親たちの声は届けないんだろうなと思いつつ。
先を行っていた別のパーティーが、ふっ……と地面の下に落ちて潰れる音を、聞いて、見てしまった。




