【ネキ】000話:~自由から不自由へ。あなたは勇者~
※ネキ視点です※
私は恵まれている。
そう思っていた。
お父さんもお母さんも優しくて、決して裕福な暮らしではなかったけど、小さなお家で弟と妹にも囲まれて。
中学を卒業したら働くって言ったのに、お父さんもお母さんも泣いて怒って「高校も大学もお金のことなんて気にするな」と私を抱きしめて。
高校に入学した私は少しでも恩返しするんだって、近所でお世話になってるお爺さんにバイトを紹介もしてもらって。
高校でも友達ができてみんな私のことたくさん応援してくれて。
あぁ、なんて恵まれているんだろうって実感する、私の幸せな生活。
生きることは楽じゃないけど、生きることが楽しい毎日だった。
あの忌まわしき声が、天から降ってくるそのときまでは。
名前:雪原咲夜
ジョブ:勇者
固有:【英傑覚醒】
効果:ピンチを超えるたび力が覚醒し、ピンチのときほど力が増す。
私の眼前に浮かぶ半透明のウィンドウにはそんな文字が書かれている。
ふざけるな……。
私の身体を包むのはお父さんたちがプレゼントしてくれた大切な服じゃない。
騎士みたいな鎧に盾に剣、鎧の下には動きやすさを重視した布の服。
綺麗に装飾もしてあるけど、それでもこれは私の大切なあの服じゃない。
ふざけるな……っ。
自称女神が言った言葉にウィンドウを見れば、そこには確かに配信されているのだろう、今の私を見る人類の総数と、夥しい量のコメントが色んな言語で書かれてる。
白々しくも言語自動翻訳機能があるよと自称女神が言ってくる。
ふざけるな……っ!
それでもこの状況に両親や弟妹、近所のお爺さんに学校の友達の声はないかと震える口を食いしばって凝視する。
でもそんな私の耳に届いたのは、この異世界で迷宮を攻略するにあたる自称女神のする解説の1つ。
『この異世界であなたたちはこの女神ちゃんねるを通して手に入れた物しか食すことも使うこともできません。まぁ無理やりベッドに寝るとかそういうことができないとは言いませんが、こと食べ物なんかはわかりやすくて、私から買った物しか食べてもお腹が膨れないんです! わ! 困ったねぇ~!? だから迷宮をいっぱい攻略して迷宮ポイント稼いでね? そこで買えるものの中には〝特定人物とのメール機能〟とかもあるからぁ! ね?』
ふざっ……けるなっ!!
いくら配信画面を凝視しても見つかるはずもない両親たちの声。
こんな何千万と流れるコメントの中でたった1桁の声だけを見つけるなんて、できるはずもなかった。
そんな私の視界に、「これがオススメ!」と自称女神のデフォルメ画像と一緒に購入可能一覧表が現れる。
そしてその中にある『特定人物とのメール機能』や『通話機能』、『夢の中で1回だけ会える』なんてものまでをこれがオススメだと見せつけてくる。
……ふざけるな。
私は幸せだった。
例え周りの誰がなんと言おうと、私はあの生活が大好きで、その生活の象徴たる家族や恩人、友達たちが大好きだったのに。
全部、この自称女神の勝手な力で奪われた。
弱肉強食とか、上位存在の特権とか、そういう理屈はまるで頭の中に入らない。
私はただ、唐突に、別れの言葉も交わせずに奪われた幸せに無気力に唇を震わせた。
「お父さん……お母さん……みんな……ごめんね」
涙が静かに頬を伝う。
視界の端で大きな喜びの声を挙げる人がいたけど、正直になんでそんなはしゃいでいられるのかわからなかった。
あの人は地球での生活に思い残すことや未練が欠片もなかったというのだろうか?
この見知らぬ世界に放り込まれて、迷宮とやらに行って攻略しろと強制される現実があの人のこれまでより幸福だとでもいうの?
見れば私と違って凄く簡素な布の服で、周りと比べても自称女神からのプレゼントとやらがとても質素に見えるのに。
跳んでしゃがんでと大げさすぎる喜びを露わにする彼に、私は凄く冷めた視線を送っていた。
全部、ああいう人だけ選んで誘拐すればよかったのに。
自分の中で出た毒舌に思わず唇を嚙みしめる。
よくない、今の思考は悪い思考だ。
あの人が喜んでることは置いといても、今の言葉には棘があった。
ふぅぅぅ、と落ち着いて息を吐く。
そうだ、この配信は私の両親だって、弟妹だってお爺さんだって友達だって見ていてくれるかも、いやきっと見てくれているんだ。
今は私のほうからその声を聞けなくても、私の姿は、声はあの人たちに必ず届く。
なら、情けない姿なんて見せられない。
私は頬を伝っていた涙を腕でごしごし拭って、無理にでもキリッとした、前を向いた顔をする。
自称女神のためじゃない、私は私と、私の大切な人たちのために生きる。
生きるために迷宮に行くんだ。
そんな私の視界に、再度デフォルメ自称女神が現れて「これもオススメ!」と腹が立つ馴れ馴れしさでウィンドウを出してきた。
そこにあったのは──。
「……え?」
【地球へ帰還する権利】、だった。
驚愕に目を見開いた私の目が、スッと、無理でもなんでもなく自然と前を向く。
──行こう。
私は私のために。
私は私の大切な人たちにまた会うために。
私はあの幸せな生活をまた取り戻すために、迷宮に行く。
私は──勇者だ。
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