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コズミック・ドリフター②欲望の摩天楼(商業ユートピア "アルカディア・ネクサス")  作者: naomikoryo


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第五話:鉄屑の記憶

ジャバへの「おつかい」を終えた帰り道、陸は意図的に、リフトを使わず歩いて帰ることにした。

先ほどの任務で得た、わずかばかりの達成感が、彼を少しだけ大胆にさせていた。

この街をもっと知りたい。

リラのフィルターを通さずに、自分の目で、この世界の本当の姿を見てみたい。

そんな、ささやかな冒険心だった。


彼は貨物ターミナルの喧騒を背に、巨大なビルが林立するメインストリートへと続く裏道を歩いていた。

表通りの、あの洪水のような光と音は届かず、ここは驚くほど静かだ。

高いビルの谷間に空は細く切り取られ、昼間だというのに、常に薄暗い。


道に迷ったのかもしれない。

データパッドの地図を見れば、すぐに現在地は分かる。

だが、陸はあえてそれをしなかった。

この静かな迷路に、もう少しだけ身を委ねてみたかったのだ。


どれくらい歩いただろうか。

ふと、空気が変わったことに気づく。

これまで漂っていたアルカディア・ネクサス特有の、どこか甘く浮ついた匂いが消え、別の匂いが鼻をつき始めた。

それは、彼が決して忘れることのできない匂いだった。

オイルと、錆と、そして貧しさの匂い。


路地を抜けた先、彼の目の前に広がっていたのは、信じられない光景だった。

ほんの数百メートル先には天を突く摩天楼がきらびやかに輝いているというのに、そこだけが、まるで別の惑星ほしであるかのように異質な空間だったのだ。


光が届かない。

頭上を、幾重にも重なった上層階のハイウェイが覆い尽くし、太陽の光も街のネオンサインも、ほとんど遮断されている。

唯一の光源は、剥き出しの配管から漏れ出す蒸気が放つぼんやりとした光と、家々の窓から漏れる生活の灯りだけだった。


人々は、みなうつむき加減に、ゆっくりと歩いている。

衣服は汚れ、擦り切れ、その目にはアルカディア・ネクサスの住人たちが浮かべていた欲望の光はない。

あるのはただ、生きることに疲れ果てたような、鈍い諦めの色だけだ。


壁際には、壊れた機械の義手や義足を、慣れた手つきで自分で修理している老人がいる。

路地の奥では、正体不明のどろりとしたスープを、数人の子供たちが一つの器から黙々とすすっていた。


ダウンサイド。

リフトの中に表示されていた、下層階の区画名。

アルカディア・ネクサスの、光の届かない影。

この都市の胃袋であり、同時に排泄腔でもあった。


陸は、その場に立ち尽くした。

デジャヴ。

この光景を、俺は知っている。

ここは、ウロボロスだ。

規模や、そこにいる人々の姿は違えど、この場所に流れる澱んだ空気は、あの鉄屑の星とまったく同じだった。


脳裏に、あの記憶が鮮やかに蘇る。

飢えと渇きに苦しみ、汚水をすすった、あの屈辱。

なすすべもなく暴力に蹂躙された、あの絶望。

そして、自分にスキルチップを託し、静かに死んでいった名も知らぬ老人の、皺だらけの顔。


目の前で義足を修理している老人の姿が、あの老人と二重写しになる。

もし、あの時、彼に出会わなければ。

もし、彼がスキルチップを俺に託さなければ。

俺は、ウロボロスでとっくに死んでいた。

あるいは、もし惑星渡りの暴走が、このダウンサイドに俺を運んでいたら。

俺は今頃、あの子供たちのように正体不明のスープをすすって、ただ空腹を紛らわしていたのかもしれない。


リラに拾われたことは、幸運だったのだ。

彼女の態度は冷たく、理不尽に感じることも多い。

だが少なくとも、彼女は屋根のある寝床と安全な食事を、俺に与えてくれた。

彼女に「道具」として扱われる今の状況は、決して最悪などではなかった。


陸は、自分の立っている場所が、いかに危うく、幸運なバランスの上に成り立っているのかを痛いほど理解した。

この世界の天国と地獄。

その、ほんのわずかな境界線の上に、自分は立っている。


彼はダウンサイドの光景から、目をそらすことができなかった。

同情や哀れみではない。

これは、俺だったかもしれない、もう一つの現実だ。

その事実が、ずしりと重い楔のように胸に打ち込まれる。


陸は静かに踵を返し、光の差す上層階へと続く道を探し始めた。

もう、道に迷うことはなかった。

足取りには、先ほどまでの浮ついた冒険心は、もうどこにも残っていなかった。

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