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コズミック・ドリフター②欲望の摩天楼(商業ユートピア "アルカディア・ネクサス")  作者: naomikoryo


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第四話:最初の「おつかい」

惑星渡りの訓練が失敗に終わった翌日、隠れ家の空気は鉛のように重かった。

リラは、いつも以上に雄弁に沈黙し、ただひたすらコンソールに向かっている。

その背中からは、「役立たずは視界に入るな」という無言の圧力が、びしびしと放たれているようだった。

陸は部屋の隅で息を殺し、支給された栄養バーをかじることしかできなかった。


悔しい。

情けない。

そして焦り。

様々な感情が胸の中で渦巻いていた。

せっかく手に入れた、この世界で生き抜くための唯一の力。

それを自分の弱さのせいで、まったく使いこなせない。

リラに失望されるのも当然だった。


そんな重苦しい沈黙を破ったのは、意外にもリラの方からだった。


「おい」


彼女は椅子を回転させ、こちらを向く。

表情は相変わらず、能面のように無表情だ。


「いつまでも、そこで体育座りをしている暇があるなら、少しは借金を返す努力をしたらどうだ?」


リラはそう言うと、指先で小さなメモリーチップをつまんで見せた。


「簡単な仕事だ。これを指定の場所に届けるだけ。成功報酬は三百コズモ。もちろん、そのうちの九割は私の仲介手数料と、あんたへの投資分として私が貰う。あんたの取り分は三十コズモ。栄養バー三本分だな」


あまりにも、ふざけた配分だった。

だが今の陸に、文句を言える立場ではない。

それどころか彼は、その提案に一筋の光明を見出していた。

初めて、自分の力で金を稼ぐチャンス。

たとえそれがリラへの借金返済にしかならなくても、彼女に「役立たず」ではないと証明するための、小さな――しかし重要な一歩になるかもしれない。


「……やる」


陸は即答した。


「やらせてくれ」


「威勢だけはいいな」


リラは鼻で笑い、チップと、相手のいる場所が記されたデータパッドを陸に放り投げた。


「場所は第七層の貨物ターミナル、Dブロック三番倉庫。相手は『ジャバ』って名の爬虫類人レプティリアンだ。合言葉は『西の空に、三番目の月』。それ以外のことは、一切しゃべるな。チップを渡したら、すぐ戻ってこい。惑星渡りは、まだ使うなよ。あんたが倉庫ごとどこかの星に跳ばれても、迷惑だからな」


陸はデータパッドを手に取り、頷いた。


公共リフトを乗り継ぎ、第七層へ向かう。

そこは、アルカディア・ネクサスの物流を支える巨大な貨物ターミナルだった。

巨大なコンテナが山と積まれ、大型の輸送船が轟音を立てて離着陸を繰り返している。


Dブロック三番倉庫は、ターミナルの最も奥まった薄暗い場所にあった。

倉庫の前には、リラの言った通り、爬虫類のような緑色の鱗に覆われた大男が腕を組んで立っている。

目は蛇のように縦に細く、感情が読めない。


陸は緊張で渇く喉を、ごくりと鳴らした。


「……西の空に、三番目の月」


震える声で、なんとか合言葉を告げる。


男――ジャバ――は縦長の瞳孔で、じろり、と陸を睨んだ。


「……ずいぶんと、ひょろい使い走りが来たもんだ。リラの奴も人が悪い」


しゃがれた声でそう言う。

砂利を擦り合わせたような声だった。


「ブツは、どうした?」


陸は言われた通り黙って、懐からメモリーチップを取り出し、差し出した。

ジャバはチップを受け取ると、矯めつ眇めつ眺め、やがて自分の端末に差し込み、中身を確認し始める。


その沈黙の時間が、陸には永遠のように長く感じられた。

相手は、リラの言った通り一筋縄ではいかない裏社会の人間だ。

もし、このチップに何か問題があったら。

もし、ここで因縁をつけられたら。

ウロボロスでの、あの暴力の記憶が再び脳裏をよぎる。


やがてジャバは端末から顔を上げ、にやり、と薄い唇を歪めた。


「……ククク。なるほどな。確かに受け取ったぜ、坊主」


そう言うと彼は、陸の肩を巨大な手で、ばしん、と強く叩いた。

陸の身体がよろめく。


「リラの奴によろしくな。『次は、もっとマシな使いをよこせ』ってな」


ジャバは高笑いを残し、倉庫の中へと消えていった。


陸はその場に、しばらく立ち尽くしていた。

全身から、どっと汗が噴き出す。

緊張で足が、かすかに震えていた。

ただチップを渡すだけ。

それだけのことが、こんなにも神経をすり減らすとは思わなかった。


だが同時に、胸の奥には確かな達成感が、じんわりと広がっていた。

初めて、この世界で「仕事」を成し遂げた。

たった三十コズモ分の働きかもしれない。

それでもこれは、紛れもなく彼が自らの足で踏み出した、最初の小さな一歩だった。


隠れ家に戻ると、リラはちらりとこちらを見ただけで、すぐにコンソールへ視線を戻した。


「……遅かったな」

「道に、少し迷っただけだ」


陸はぶっきらぼうに答え、自分の寝床であるマットへ向かった。


リラはそれ以上、何も言わなかった。

だがその日、陸に支給された栄養バーは、なぜか三本に増えていた。

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