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アルスレア  作者: ゆきつき
第五章 フルーヴェル

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勘違いが暴いたもの

翌日。

宿を出た時には、陽はすでに高く昇っていた。

石畳は日差しに温められ、行き交う人々の声と、店先の呼び声が通りに広がっている。

その中を、二人は並んで歩いていた。


「いってぇ……あんの暴力女……」


サグロスは片手で頬を押さえ、恨めしげに顔を歪める。


「覗きなんてしようとするからだよ……」


ロイは呆れたようにため息をついた。


「お前は潔く逃走していたなぁ。この裏切り者め」


「俺、何もやってないもん。全部サグロスの自業自得でしょ。あの後、ライナが出てくるまで、怖くて部屋に戻れなかったんだから」


「知るか」


「もー」


軽口を叩き合いながら歩いていると、通りのあちこちから声が飛んできた。


「おう! 兄ちゃんたち、大活躍だったな!」


「本当にありがとうね。噂にあった魔物が退治されたおかげで安心して暮らせるよ」


「エルディオ様は自らの力を過信なさらず、周囲の者とも力を合わせて最善を尽くされる。そのようなお方が次期当主とあらば、この街も安泰だ!」


次々と向けられる称賛に、ロイは引きつった笑みを浮かべた。


「あははは……どうも……」


横でサグロスは、にこやかに手を振っていた。まるで本物の英雄のような顔で。


ロイは小さく声を落とす。


「ねぇ、サグロス……」


「あ?」


「すごく罪悪感があるんだけど……実際、俺何もやってないっていうか、おとといのことって半分俺のせいでもあるよね?」


サグロスは一瞬だけ目を細めたが、すぐに肩をすくめた。


「別にいいんだよ。こういうふうにしといたほうが得なやつがいるからなー」


「え? 誰が?」


「もう済んじまったことだ。今はこの“英雄様扱い”を楽しもうぜ」


「なんだかなぁ……」


「あんたほど厚かましくいられるわけないでしょ」


後ろから、冷たい声が差し込んだ。


ロイが振り返る。


「あ、ライナ」


いつの間にか、ライナが二人の後ろにいた。

頭には、昨日ミーオが汚してしまった布を被っていた。


「昨日、君が言ってた意味、よくわかったよ……」


ロイは困ったように笑った。


「昨日はよくもボコボコにしてくれたな」


サグロスは振り返りざまに、じろりと睨む。


「どっかのバカがクズなことするからでしょ」


負けずにライナも睨み返す。


「会った瞬間に喧嘩しないでよ……」


背後で火花を散らし始めた二人をよそに、ロイは小さく肩を落とした。


ロイの頭の上では、三人の間に漂う空気に落ち着かない様子で、ミーオが耳をわずかに動かしていた。


 ◇


やがて、街の外へ続く門が見えてきた。

その前には人だかりができており、人々の視線は中央に立つ一人の男へ集まっていた。


整えられた衣服に身を包み、余裕を感じさせる立ち姿のまま穏やかな笑みを浮かべる――エルディオ・グランヴァル。

民衆に囲まれながらも、気さくに言葉を交わしている。そのすぐ後ろには、控えるように衛兵たちが並んでいた。


その男の視線が、ふとロイたちの方へ向いた。

ゆるやかに手を上げる。それだけで、人垣がざわめきながら左右に割れていった。


エルディオは、その中央をゆったりと進み出る。一歩一歩、確かめるように。

やがてロイたちの前で足を止めた。


「お待ちしておりました」


その声音は柔らかく、どこまでも落ち着いていた。


「先日は、私どもに力をお貸しくださり、この街を救ってくださったこと、改めて心より感謝申し上げます」


ロイは少し戸惑いながら視線を泳がせる。

その隣で。


「いえ、とんでもありません。当然のことをしたまでですよ」


サグロスが、爽やかに微笑む。


「またまた、ご謙遜を」


エルディオもまた、笑みを崩さない。


(下賤な小僧に、無礼極まりない小僧、砂漠の野蛮人……忌々しい輩どもめ。貴様らのせいで屋敷は半壊し、真の英雄になり損ね、我が私財も無くなった)


「男爵家の方自ら、わざわざお見送りにお越しいただき恐縮です」


(何しにきやがった豚野郎。お前の茶番に付き合う気なんてねーんだよ。とっとと消えろ)


穏やかな空気の裏で、二人の間に、見えない火花が散る。

衛兵たちはその空気に気づきながらも、何も言わず静かに控えていた。


エルディオはゆっくりと振り返り、周囲の人々へと声を張る。


「皆の者も安心してほしい。森の魔物はすでに討伐された。これより先もフルーヴェルは安泰だ」


歓声が上がる。称賛の声が、波のように広がっていく。

ロイはその様子を、どこか不思議そうに見ていた。


そして――


「ああ!」


ぽん、と手を打った。


「あなたはあのエルディオさんのお兄さんですか?」


「……は?」


エルディオの口から、間の抜けた声が漏れた。


周囲に、ざわりとした戸惑いが走る。


「あの子は、何を言ってるんだ……?」


「エルディオ様ご本人だろ……?」


サグロスとライナは、同時にロイを見た。

――お前、何言ってんだ?

――いや、どう見ても本人でしょ。何その発想。

言葉にはしないが、その表情がすべてを語っている。


「はは、何を言っている。私はエルディオ・グランヴァル本人だよ」


「えっ? 本人?」


ロイは目の前の男を見つめた。


「……まさか! だってエルディオさんってひどいことばっかり言ったり、女の人をすごくバカにしたりしていたじゃないですか! お兄さんとエルディオさんはそっくりですけど、全然違うと思いますよ」


その場の空気が、異様に固まった。


エルディオは真顔のまま動かず、背後の衛兵たちは引きつった表情を浮かべる。

サグロスとライナは目を見開き、周囲の人々はぽかんと口を開けたまま、言葉を失っていた。


「……え?」


「今の、どういう意味だ……?」


周囲から、戸惑いの声がぽつぽつと漏れ始めた。


「……なっ……なっ」


エルディオがプルプルと小さく震え出す。


「何を言っている貴様ァ!! 余計なことを口にするなッ!! この下賤の小僧が!!」


穏やかな笑みが消え、顔を真っ赤にして、怒鳴り散らした。

周囲が再び静寂に包まれる。衛兵たちは一斉に青ざめ、エルディオから目をそらした。


「あ……本当だ。エルディオさんだ。俺、勘違いしてたみたいですね。ごめんなさい」


張り詰めた空気の中で、ロイの場違いな謝罪だけが響いた。


周囲にざわめきが一気に広がった。


「え……?」


「何……あの豹変ぶり……」


「今まで俺たちが見ていたエルディオ様は偽りだったのか……?」


人々は戸惑いを隠せないまま、視線を交わし合う。


エルディオは、はっとしたように視線を泳がせた。


「……ち、違う。今のは……」


サグロスは口元を押さえ――


「ぶふっ」


耐えきれず吹き出した。


ライナは頭の布を少し引き下ろし、俯いた。だが、肩は小刻みに震えていた。

ロイだけが、状況を飲み込めずにきょとんとしていた。


その背を、サグロスが軽く押す。


「ほら、行くぞ」


ライナも無言で歩き出す。


「えっ? う……うん」


ロイは戸惑いながらも、その流れに押されるように歩き出した。


三人はそのまま振り返ることもなく、門をくぐった。

その後ろで――


「静まれ!! 今のは誤解だ!!」


ざわめきの収まらない人垣の中、必死に取り繕うエルディオの声だけが、虚しく響いていた。


 ◇


少し歩いたところで、サグロスがケラケラと笑い出した。


「お前……やりすぎだろ……っ」


「そんなに……笑うこと?」


「あんだけ取り繕っていたのに自爆しやがった!!」


サグロスは腹を抱え、笑いすぎて息も絶え絶えになっていた。


「なんか……まずいこと言ったかな……」


「ロイ、あなたが気にすることじゃない。それにしても、公衆の面前で化けの皮剥がされて、いい気味」


ライナは鼻で笑った。


「なんだよ。珍しく意見が合うじゃねーか」


「安心して。その次に嫌いなのはあんただから」


「なるほどなぁ。そんなに俺のこと意識してくれてるってことか」


サグロスは満足げに頷いた。


「はぁ?」


ロイは、左右から飛んでくる軽口と苛立ちの板挟みにされたまま、どうしていいかわからず視線を落とした。


「俺を挟んで喧嘩しないでよ……」


「ぴゅっ、ぴゅっ」


頭の上で、ミーオが小さく体を揺らしながら楽しげに鳴いた。


サグロスの軽い笑い声と、それに噛みつくライナの苛立った声、そしてロイのため息まじりのぼやきが混ざり合う中――それでも足並みは、不思議と乱れなかった。


騒がしさを引き連れたまま、王都へと続く道を、三人は並んで進んでいった。


第五章「フルーヴェル」を読んでいただき、ありがとうございました。


この章では、これまでとは違い、人との戦いや駆け引きが中心となる物語でした。

そして、新たな仲間も加わり、二人と一匹の旅は三人と一匹の旅へ。


次章では、そんな三人へのご褒美も待っています。

引き続き、お付き合いいただければ嬉しいです。


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