勘違いが暴いたもの
翌日。
宿を出た時には、陽はすでに高く昇っていた。
石畳は日差しに温められ、行き交う人々の声と、店先の呼び声が通りに広がっている。
その中を、二人は並んで歩いていた。
「いってぇ……あんの暴力女……」
サグロスは片手で頬を押さえ、恨めしげに顔を歪める。
「覗きなんてしようとするからだよ……」
ロイは呆れたようにため息をついた。
「お前は潔く逃走していたなぁ。この裏切り者め」
「俺、何もやってないもん。全部サグロスの自業自得でしょ。あの後、ライナが出てくるまで、怖くて部屋に戻れなかったんだから」
「知るか」
「もー」
軽口を叩き合いながら歩いていると、通りのあちこちから声が飛んできた。
「おう! 兄ちゃんたち、大活躍だったな!」
「本当にありがとうね。噂にあった魔物が退治されたおかげで安心して暮らせるよ」
「エルディオ様は自らの力を過信なさらず、周囲の者とも力を合わせて最善を尽くされる。そのようなお方が次期当主とあらば、この街も安泰だ!」
次々と向けられる称賛に、ロイは引きつった笑みを浮かべた。
「あははは……どうも……」
横でサグロスは、にこやかに手を振っていた。まるで本物の英雄のような顔で。
ロイは小さく声を落とす。
「ねぇ、サグロス……」
「あ?」
「すごく罪悪感があるんだけど……実際、俺何もやってないっていうか、おとといのことって半分俺のせいでもあるよね?」
サグロスは一瞬だけ目を細めたが、すぐに肩をすくめた。
「別にいいんだよ。こういうふうにしといたほうが得なやつがいるからなー」
「え? 誰が?」
「もう済んじまったことだ。今はこの“英雄様扱い”を楽しもうぜ」
「なんだかなぁ……」
「あんたほど厚かましくいられるわけないでしょ」
後ろから、冷たい声が差し込んだ。
ロイが振り返る。
「あ、ライナ」
いつの間にか、ライナが二人の後ろにいた。
頭には、昨日ミーオが汚してしまった布を被っていた。
「昨日、君が言ってた意味、よくわかったよ……」
ロイは困ったように笑った。
「昨日はよくもボコボコにしてくれたな」
サグロスは振り返りざまに、じろりと睨む。
「どっかのバカがクズなことするからでしょ」
負けずにライナも睨み返す。
「会った瞬間に喧嘩しないでよ……」
背後で火花を散らし始めた二人をよそに、ロイは小さく肩を落とした。
ロイの頭の上では、三人の間に漂う空気に落ち着かない様子で、ミーオが耳をわずかに動かしていた。
◇
やがて、街の外へ続く門が見えてきた。
その前には人だかりができており、人々の視線は中央に立つ一人の男へ集まっていた。
整えられた衣服に身を包み、余裕を感じさせる立ち姿のまま穏やかな笑みを浮かべる――エルディオ・グランヴァル。
民衆に囲まれながらも、気さくに言葉を交わしている。そのすぐ後ろには、控えるように衛兵たちが並んでいた。
その男の視線が、ふとロイたちの方へ向いた。
ゆるやかに手を上げる。それだけで、人垣がざわめきながら左右に割れていった。
エルディオは、その中央をゆったりと進み出る。一歩一歩、確かめるように。
やがてロイたちの前で足を止めた。
「お待ちしておりました」
その声音は柔らかく、どこまでも落ち着いていた。
「先日は、私どもに力をお貸しくださり、この街を救ってくださったこと、改めて心より感謝申し上げます」
ロイは少し戸惑いながら視線を泳がせる。
その隣で。
「いえ、とんでもありません。当然のことをしたまでですよ」
サグロスが、爽やかに微笑む。
「またまた、ご謙遜を」
エルディオもまた、笑みを崩さない。
(下賤な小僧に、無礼極まりない小僧、砂漠の野蛮人……忌々しい輩どもめ。貴様らのせいで屋敷は半壊し、真の英雄になり損ね、我が私財も無くなった)
「男爵家の方自ら、わざわざお見送りにお越しいただき恐縮です」
(何しにきやがった豚野郎。お前の茶番に付き合う気なんてねーんだよ。とっとと消えろ)
穏やかな空気の裏で、二人の間に、見えない火花が散る。
衛兵たちはその空気に気づきながらも、何も言わず静かに控えていた。
エルディオはゆっくりと振り返り、周囲の人々へと声を張る。
「皆の者も安心してほしい。森の魔物はすでに討伐された。これより先もフルーヴェルは安泰だ」
歓声が上がる。称賛の声が、波のように広がっていく。
ロイはその様子を、どこか不思議そうに見ていた。
そして――
「ああ!」
ぽん、と手を打った。
「あなたはあのエルディオさんのお兄さんですか?」
「……は?」
エルディオの口から、間の抜けた声が漏れた。
周囲に、ざわりとした戸惑いが走る。
「あの子は、何を言ってるんだ……?」
「エルディオ様ご本人だろ……?」
サグロスとライナは、同時にロイを見た。
――お前、何言ってんだ?
――いや、どう見ても本人でしょ。何その発想。
言葉にはしないが、その表情がすべてを語っている。
「はは、何を言っている。私はエルディオ・グランヴァル本人だよ」
「えっ? 本人?」
ロイは目の前の男を見つめた。
「……まさか! だってエルディオさんってひどいことばっかり言ったり、女の人をすごくバカにしたりしていたじゃないですか! お兄さんとエルディオさんはそっくりですけど、全然違うと思いますよ」
その場の空気が、異様に固まった。
エルディオは真顔のまま動かず、背後の衛兵たちは引きつった表情を浮かべる。
サグロスとライナは目を見開き、周囲の人々はぽかんと口を開けたまま、言葉を失っていた。
「……え?」
「今の、どういう意味だ……?」
周囲から、戸惑いの声がぽつぽつと漏れ始めた。
「……なっ……なっ」
エルディオがプルプルと小さく震え出す。
「何を言っている貴様ァ!! 余計なことを口にするなッ!! この下賤の小僧が!!」
穏やかな笑みが消え、顔を真っ赤にして、怒鳴り散らした。
周囲が再び静寂に包まれる。衛兵たちは一斉に青ざめ、エルディオから目をそらした。
「あ……本当だ。エルディオさんだ。俺、勘違いしてたみたいですね。ごめんなさい」
張り詰めた空気の中で、ロイの場違いな謝罪だけが響いた。
周囲にざわめきが一気に広がった。
「え……?」
「何……あの豹変ぶり……」
「今まで俺たちが見ていたエルディオ様は偽りだったのか……?」
人々は戸惑いを隠せないまま、視線を交わし合う。
エルディオは、はっとしたように視線を泳がせた。
「……ち、違う。今のは……」
サグロスは口元を押さえ――
「ぶふっ」
耐えきれず吹き出した。
ライナは頭の布を少し引き下ろし、俯いた。だが、肩は小刻みに震えていた。
ロイだけが、状況を飲み込めずにきょとんとしていた。
その背を、サグロスが軽く押す。
「ほら、行くぞ」
ライナも無言で歩き出す。
「えっ? う……うん」
ロイは戸惑いながらも、その流れに押されるように歩き出した。
三人はそのまま振り返ることもなく、門をくぐった。
その後ろで――
「静まれ!! 今のは誤解だ!!」
ざわめきの収まらない人垣の中、必死に取り繕うエルディオの声だけが、虚しく響いていた。
◇
少し歩いたところで、サグロスがケラケラと笑い出した。
「お前……やりすぎだろ……っ」
「そんなに……笑うこと?」
「あんだけ取り繕っていたのに自爆しやがった!!」
サグロスは腹を抱え、笑いすぎて息も絶え絶えになっていた。
「なんか……まずいこと言ったかな……」
「ロイ、あなたが気にすることじゃない。それにしても、公衆の面前で化けの皮剥がされて、いい気味」
ライナは鼻で笑った。
「なんだよ。珍しく意見が合うじゃねーか」
「安心して。その次に嫌いなのはあんただから」
「なるほどなぁ。そんなに俺のこと意識してくれてるってことか」
サグロスは満足げに頷いた。
「はぁ?」
ロイは、左右から飛んでくる軽口と苛立ちの板挟みにされたまま、どうしていいかわからず視線を落とした。
「俺を挟んで喧嘩しないでよ……」
「ぴゅっ、ぴゅっ」
頭の上で、ミーオが小さく体を揺らしながら楽しげに鳴いた。
サグロスの軽い笑い声と、それに噛みつくライナの苛立った声、そしてロイのため息まじりのぼやきが混ざり合う中――それでも足並みは、不思議と乱れなかった。
騒がしさを引き連れたまま、王都へと続く道を、三人は並んで進んでいった。
第五章「フルーヴェル」を読んでいただき、ありがとうございました。
この章では、これまでとは違い、人との戦いや駆け引きが中心となる物語でした。
そして、新たな仲間も加わり、二人と一匹の旅は三人と一匹の旅へ。
次章では、そんな三人へのご褒美も待っています。
引き続き、お付き合いいただければ嬉しいです。




